第32話 バカダ家の計画

 オルタンシアの自宅を出ると夕焼けは沈み、暗闇が支配する時間が訪れた。


 さて、やるべきことはやったが、念のために悪党共の最後の晩餐を確認しに行くか。


 俺は外套を纏い、夜の闇へと姿を隠す。

 そして街の中央区画にある、一際大きな屋敷の前にたどり着いた。

 さすが英雄の子孫の家だ。周囲の屋敷と比べて倍くらい広いな。

 しかし街の中心近くに屋敷を与えられておきながら、現状はならず者としてのさばっているとは。

 やはり王族、皇族もそうだが、長く続いた権力程腐敗するとたちが悪い。

 権力に慣れ親しんでいる奴らは、自分は特別だ、何をしても許されると勘違いしている。長い年月をかけて諭せば心変わりするかもしれないが、そのようなことをやってやる義理はない。俺がやることは、これ以上バカダ家のせいで不幸な人が生まれないよう、負の連鎖を断ち切るだけだ。


 俺は暗闇に紛れて屋敷の壁を乗り越え、敷地内に潜入する。

 王城もそうだが、こういう時は広い家だと侵入しやすくて助かるな。それに警備兵も門の入口にいるだけで、敷地内に入ってしまえばこっちのものだ。


 そして屋敷へと向かうと、明かりが点いている部屋があったので、俺は気配を消して窓から覗き込む。

 ここは⋯⋯寝室のようだ。そして部屋にいるのは⋯⋯アーホともう一人いるな。顔の造りはアーホに似ていることから、クーソと見て間違いないだろう。


「兄上、予定通り決勝に進むことが出来たぞ」

「明日は私も観戦に行かせてもらう」

「どんな手を使っても必ず優勝してみせるからな」

「優勝することが目的ではないぞ。真の目的を忘れるな」


 真の目的だと? 神武祭で優勝すること以外に何かあるというのか。


「わかっている」

「この策が上手く行けば私達は⋯⋯」

「そうだな。俺達は子爵ごときで終わる訳にはいかない。そもそも街を、王国を救った英雄であるバカダ家が、子爵程度の爵位しかもらえないなんておかしな話だろ」

「それは当時のバカダ家の当主は欲がない愚か者だったせいだ⋯⋯だがそれも今日までだ」


 二人がいう策が上手く行けば、今の爵位以上に取り立てられるということか。


「そのためには始末しなければならない者がいる」

「ええ⋯⋯神武祭が


 どうやらこの二人はとんでもないことを計画しているな。

 始末と聞いて真っ先に頭に思い浮かんだのはリアだ。だがこいつらはと口にした。少なくとも二人以上を始末しようとしているようだ。

 いったい誰を殺害しようとしているのか。それとクーソ達の策とは何なのか⋯⋯


「明日はあれを忘れるなよ」

「兄上こそ」


 そしてアーホは部屋を出て、クーソは就寝するのか灯りを消すのであった。


 だが密会の内容は利用できそうだ。このまま二人を始末すれば計画を潰すことができるが、ここはあえて見逃そう。これはさらに素晴らしい最後を飾ることができそうだ。

 俺は再び闇に紛れて、バカダ家の屋敷を後にする。


 今日は会うつもりはなかったが、このような話を聞いたら伝えない訳にはいかないな。

 俺は中央区画のバカダ家より大きい屋敷へと向かう。

 その屋敷は入口も敷地内も警備兵がいたため、バカダ家のようにいつまでも窓の外にいたら発見されてしまうだろう。

 さすが子爵より重要な人物がいるだけはある。

 そして俺は警備兵の巡回を掻い潜って、聞いていた部屋の窓を叩く。


 するとすぐに窓が開き、俺の手が取られる。


「ささ、部屋にお入り下さい。すぐにお茶の用意を致しますね」


 リアはそういうと手慣れた様子で紅茶をいれる。そろそろ就寝の時間だというのに笑顔で楽しそうだな。


「何か良いことであったのか?」

「たった今ありました。ユウト様がその⋯⋯夜這いに来て下さいました」

「バカなことを言うんじゃない」


 12歳の子供が夜這いもくそもないだろう。いや、最近の若者は性が早いと言うし、おかしなことではないのか?


「申し訳ありません。悪ふざけが過ぎました。本日はどのような御用件でしょうか?」

「今日は伝えたいことがあってな」

「愛の告白でしょうか?」

「いや、違う。神武祭についてだ」


 二度目なのでもう冗談には乗ってやらない。そしてリアも俺の真剣な様子を見て、表情が変わる。


「神武祭ですか? まさか私の命が狙われているという話でしょうか?」

「そのまさかだ。バカダ家の者が何か仕掛けてくるはずだ。断定はできないがな」


 おそらく間違いないだろう。もし大会の出場者を狙っているなら、わざわざ神武祭の場で何かをする必要がない。

 その場で狙う価値がある者と言ったらリアとそして⋯⋯リシャール王子しかいない。アーホが口した奴らというのは王族の二人のことだろう。


「俺も闘技場の場にはいるが、油断するなよ」

「わかりました。ですがその場合、襲撃されるタイミングは限定された場所になると思います」

「どういうことだ?」

「実は王族がいる観覧席には、魔道具による強力な結界が張られているのです。もし神武祭の最中に狙われるとしたら」

「表彰の時か」

「はい。優勝者に褒賞を与える際には、私と兄は闘技場の舞台に降りることになっています」


 アーホが優勝者になれば、その時に二人を斬りつけることが可能だ。だが二人を斬ってどうする。アーホは犯罪者となり、王族二人を殺害したバカダ家は取り潰しとなり、一族は打ち首になるだろう。それこそ目撃者全てを殺すしかない。

 それにリシャールは武術の達人だと聞く。アーホの腕ではリシャールを殺すことはできない可能性が高そうだが。

 リアはもちろんのことだが、リシャールに死んでもらったら困る。もしリシャールが死んだら第一王子のヴェルゼリアの目がセイン王子とリアに向けられ、あっという間に潰されてしまうかもしれないからだ。


「そのタイミングが一番怪しいな」

「そうですね。警戒を怠らないよう注意します」


 襲撃されるというのに落ち着いているな。以前のリアは悲壮感が漂っていたが、今はそのようなものは全く感じられない。もしかしたら強くなったことで、心に余裕が生まれたかもしれないな。


「それと速やかに遂行してほしいことがあるんだが」

「なんなりとお申し付け下さい」

「明日の神武祭で――」


 俺は用件を口する。

 多少無理難題なことだが、今後のことを考えると必要なことだ。


「承知しました。予定は空いているはずです。すぐに手配致します」


 リアは俺の命令を実行するため、部屋を出て行くがすぐに戻ってきた。


「はあ⋯⋯はあ⋯⋯待たせしました」


 そして部屋に戻ってきたリアは何故か息を切らせていた。

 まさか走って用件を済ませてくれるとは。


「そ、それでは紅茶を飲みましょう。冷えてしまったのでもう一度入れ直しますね」

「いや、その前にいいか?」

「は、はい⋯⋯いつでも」


 俺はリアの許可を得たので、その唇に口づけをする。


「ユウト⋯⋯様⋯⋯」


 するとリアの頬は紅色に染まり、上目遣いで見つめてきた。

 そして紅茶を飲み、近況報告を終えると俺は静かにリアの部屋から退出するのであった。

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