第21話 夜の街は情報の宝庫

 トムとジュリと合流した後、俺達は宿泊するための宿へと向かう。

 ただ馬車に荷物が積んであるため、少し値ははるが警備の者がいる宿に泊まることにした。


 そして暗闇が拡がってきた頃、フローラの部屋にて


「つ、疲れましたぁ。早くベッドで横になりたいです」

「今日の鍛練のノルマが終わってないぞ」

「エーっ! 今日もやるんですか!」

「もちろんだ。日々の研鑽の積み重ねが大事だからな」

「ユウトさんは鬼ですか!」

「何と言われようとノルマはこなしてもらう」


 俺の元にいるということは危険が多い。

 いつか自分の力が足りなくて後悔する⋯⋯そのような未来を歩んで欲しくないからな。


「わかりました。でも少し休ませて下さい」

「意外にものわかりがいいな」

「それは⋯⋯同年代にあんなすごい人を見ちゃいましたから」


 オルタンシアのことを言ってるようだ。


「今は無理でもいつか勝てるようにがんばります」


 どうやらオルタンシアの存在が良い刺激になったようだ。さっきの戦いを見ていたかいがあったな。


「それなら俺は、フローラが休んでいる間に夜の街に繰り出してくる」

「何だかその言葉、少しエッチですね」

「バカなことを言ってるんじゃない」

「あいたっ!」


 俺はおバカな発言をしたフローラの頭を軽く小突く。


「で、でも⋯⋯普通に言葉の意味を捉えたら、大人の店に遊びに行くと思われておかしくないですよ」

「アルコールは口を饒舌にする。夜の街には情報が溢れているからな」

「オルタンシアさんのことを調べに行くんですよね?」

「わかっているじゃないか。あの人材を逃す手はない。幸いオルタンシアは街の有名人だから、色々なことが聞けそうだ」

「それでしたら私も行きます」

「やめておけ。補導されるぞ」


 俺は12歳にしては身長が高いから外套で顔を隠せばいいが、平均より低いフローラの身長では厳しいだろうな。


「ひどいです! 私はユウトさんよりお姉さんですよ!」

「たかが数ヶ月早く生まれただけでお姉さんぶられてもなあ」


 それに俺は前世の記憶もあるからその分も足すと、明らかにこちらの方が年上だ。

 それに子供っぽい容姿も悪いことだけではない。相手がこちらを侮って油断してくれるからな。


「とりあえずフローラは休んでおけ」


 俺はフローラの頭をポンポンと軽く手をおいてから部屋の外へと向かう。


「⋯⋯気をつけて下さいね」


 そして少しふて腐れた声が耳に入り、俺は夜の闇へと消えて行くのだった。


 俺は少年だとわからないようにするため、外套を着てフードを被り、夜の酒場へと向かう。

 やはりこの姿は楽でいいな。子供の振りをする必要がないため、素の自分を出すことが出来る。ただ声で子供とばれる可能性があるので、低い声を意識して出さなければならないのが難点だ。


 そして俺は夜の世界が広がる歓楽街へと向かい、一軒の酒場へと入った。


「いらっしゃい。こちらへどうぞ」


 中年のおばさんの案内で俺は席に座り、エールを一杯頼む。

 さすがにここでノンアルコールを頼むと、年齢を疑われそうだからな。


 そしてエールが来る間、俺は周囲の会話に耳を向ける。


「かあ~っ! 仕事終わりの一杯はやめられねえな!」

「お前の彼女の友達を紹介してくれよ」

「神武祭を観るのは楽しみだけど、人が多すぎると観覧席がなくなっちまうよ」


 様々な声が聞こえるが、どれも俺が望むような情報ではないな。

 まあそんなに都合よくオルタンシアの話が聞けるとは思ってはいない。このまま気長に待つか、それともこちらから話しかけて情報を引き出すか。だが無駄な会話はしたくないので、話しかける人物は選びたい所だが⋯⋯。


「さっきオルタンシア様が男達に因縁をつけられてたな」

「もうオルタンシア様じゃないだろ? 貴族から除籍されたからな」


 三つ後ろの席にいる二人の男達から話し声が聞こえてくる。


「バカダ家の当主を殺しちまったからな。仕方のないことじゃねえ」


 これは当たりかもしれないな。


「お待ちどうさまでした~」


 そして店員が頼んだエールを持ってきた。


「申し訳ない。友人がいたのでそっちの席に移らせてもらってもいいか?」

「大丈夫ですよ」

「それと三つ後ろの席にエールを二つ、後適当につまみを持ってきてくれ」

「喜んで~」


 店員が去った後、俺はエールを手にオルタンシアの話をしていた男のテーブルへと向かう。


「どうもお疲れ様です」

「誰だお前は?」

「フードで顔を隠して怪しい奴だな」


 普通の感性を持っているなら、二人の会話は当然のことだ。だが俺は構わず席に座る。


「まさかあんなに屈強な男達を倒すなんて、あの女の子はすごく強かったですね」

「勝手に話を進めるなよ」

「楽しく飲んでたのに邪魔すんじゃねえ」

「まあまあそう言わずに。そのオルタンシアさんのことをもっと教えて下さいよ」


 俺はフレンドリーに話しかけるが、男達はこちらを睨みつけ、敵対心を露にしてくる。


「お待たせしました~。こちらエール二つと枝豆、焼き鳥になります」

「これは俺からです。それと今日のここの勘定は全て持たせてもらいます」


 そう言うと男達は先程の敵視した顔は嘘のようになくなり、笑顔で俺の肩を組んできた。


「中々話がわかるやつだな。あっ、お姉ちゃん。後卵焼きと焼き魚、それとエールをもう一杯」

「何が聞きたい? 何でも聞いてくれ」


 現金な人達だ。だが余計な駆け引きもなく情報を聞けるのはありがたい。


「さっき見た子がとても強かったから気になってね。彼女は元貴族なのか?」

「五年程前までな」

「当時男爵家だったオルタンシアの父親が、子爵家のバカダ家の当主を殺害しちまってな。そして父親は死罪になりオルタンシアの家、ハージェス家は貴族から除籍になったんだ」

「何故男爵は子爵を殺害したのでしょうか?」

「わからねえ。二人は仲が良いと言われてたから俺達も驚いたよ」


 表面上は仲が良いように装って実は憎んでいたなどよくあることだ。それは俺が身を持って知っているからな。


「実は子爵を恨んでいたのでしょうか?」

「そうかもしれないな。だが加害者である男爵はずっと無罪を訴えていたらしいぜ」

「それは正当防衛だから?」

「いや、自分は気絶していただけで殺してないと言っていたそうだ」

「だけど子爵の息子達とメイドが部屋に入った時、男爵の手には地塗られたナイフが握られていたということで、結局死罪になった」


 何だかそれは怪しい状況だな。

 誰かが男爵にナイフを握らせた可能性もあるだろうに。

 ずさんな捜査にため息しか出ないな。


「それでオルタンシアさんは家の再興をするために、神武祭で優勝を狙っているらしいぜ」


 確かにこの神武祭で名を上げて出世し、最終的に貴族になった者がいる。


「でも今年はバカダ家の当主の弟が神武祭に出るらしいぞ」

「もしかしたら因縁の対決ってやつが見れるかもしれん」

「その子爵家の方の強さはわからないが、オルタンシアさんなら勝てるのでは?」

「確かにそうだが⋯⋯」


 何か歯切れが悪いな。言いにくいことでもあるのだろうか。


「さっきも言ったけどここは俺のおごりですから。それにここで聞いたことはけして他言しません」

「あ、ああ。本当にここだけの話にしてくれよ」


 そう言って男は俺の側に来て耳元で呟く。


「今のバカダ家からは悪い噂ばかりでな。暴行、強姦、殺害など犯罪を犯しても貴族の権力を使ってなかったことにしているらしい」

「それに今日オルタンシアさんを襲ったゴロツキ達も、たぶんバカダ家の差し金だと思うぜ。俺はあいつらがバカダ家に出入りしているのを見たことがあるからな」


 なるほど。神武祭に出る前にオルタンシアを潰してしまおうという算段か。


「ただでさえバカダ家は父親を殺害されてオルタンシアを恨んでいるから、お前さんも関わらない方がいいぜ」

「ご忠告ありがとうございます。他にも何か面白い話とかありますか?」

「他にか⋯⋯それなら――」


 だがこの後男達から聞いた話は俺の役に立ちそうなものはなかった。

 そして一時間程経った後、俺は酒場を出て宿屋へと戻るのであった。

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