第16話 いざ、神武祭へ
ボーゲンが裁かれてから二ヶ月が経った頃。
フローラの店とサレン商店は工事を行い、1つの大きな店に生まれ変わっていた。その間も店は営業していたが、連日客が押し掛けており、売上は上々だ。
そしてリアとフローラの鍛練も順調に進んでいるが、最近気になることがある。
「今日も二人程いました」
リアの報告によると、近頃監視されているらしい。
俺との繋がりはなるべく知られたくないこともあり、ここ一週間は日中会うことが出来ていない。
そのため最近は、深夜にリアの部屋で密会することになっていた。
「一応俺の方で後をつけてみたが、やはり第一皇子と第三皇子の手の者だった」
「そうですか⋯⋯」
世間から、一番王位の座を狙っていると噂されているのがこの二人だ。リアの継承権は高くないが、市井からの人気が高いため、二人にとっては気になる存在なのだろう。
第一王子と第三王子⋯⋯前回リアを襲撃してきたのはこの二人の手の者なのか? それとも他にいるのか? だが今監視している者達が、いつリアに襲いかかるかわからない。強くなってきたとはいえ、リア一人では不安なところもある。俺も四六時中一緒にいるわけにはいかないし、今もリアの護衛がいるが役に立たないかもしれない。それに何より、その護衛が信用できる奴かわからない。
やはりここは腕が立ち、信頼のおける者がリアの護衛をしてくれると助かるんだが。
しかしそのような者は簡単には見つからないだろう。腕が立つ者ならいるかもしれない。だがもしリアが王子達から狙われているかもしれないと知ったら、きっと尻込みしてしまうだろう。
トントン
俺がリアの護衛について考えていると、突然自宅のドアがノックされる。
そして俺はドアを開けるとそこにはフローラの姿が見えた。
「おはようございます」
「おはよう」
最近は朝にフローラが自宅に来ることが日課になっている。
「そ、その⋯⋯今日もお願いできますか⋯⋯」
そして手を後ろに回し、上目遣いになりおねだりをしてきた。
やれやれ⋯⋯こう毎日来られると俺としても困るんだがな。このままだと俺の身体が異常をきたしてしまうかもしれないな。
フローラは後ろに回していた手を前に持ってきて⋯⋯チキンを差し出してきた。
「今日こそは合格をもらいますよ」
「せめてもう少し試行錯誤してからにしてくれないか」
「ですけどユウトさんに合格をもらえないと、販売することはできませんから」
「しかしこうも毎日油っぽい物を食べると、脂肪肝になってしまうのだが」
「脂肪肝? 何ですかそれ」
「いや、何でもない」
この世界の医療では脂肪肝なんて概念はないからな。フローラが知らなくても当然のことだ。
「とにかく食べて下さいよ」
「わかったわかった。とりあえず中に入れ」
そして俺はフローラをリビングに招き入れ、テーブルに座らせる。
「さあ、今日のは自信作ですよ」
フローラが取り出してきたのは、鶏の骨付き肉を油で揚げたもので、前世の世界でも流行ったものだ。
しかし揚げるのはともかく、スパイスの配合が難しくて現在もあのケンチャッキーの味をまねることが出来ていない。
これは鶏の腰の部分か。ケンチャッキーのフライドチキンは、部位によって味わいが変わるからそれがまた魅力だ。
俺はゆっくりとフローラが持ってきたフライドチキンを口に運ぶ。
すると肉汁が口に広がるが、それだけだ。鶏肉の味は悪くないが、前世の記憶の中にあるケンチャッキーの、パンチをきかせすぎない絶妙な味が再現出来ていない。
「不味くはないけど店に出せる味ではないな」
「ダメでしたか⋯⋯私には十分美味しく感じるんですけど」
「悪いな。俺の中では満足できる味じゃないんだ」
この味で客に出したら本家に申し訳なさすぎる。
「一応うちの店にいる人達全員で作ってみましたが、これ以上の味は出せそうにないです」
食は人生を豊かにする。ケンチャッキーのチキンなら安価で作ることができるため、是非この世界の人達にも味わって欲しいのだが。
「それなら新しい人材を入れるしかないか」
「私も良い人がいたら声をかけてみますね」
だがそう簡単に俺が欲しい人材が転がっている訳ではない。出来れば核となる者が後4人は欲しい。
先程も考えていたリアの護衛ができる者。
前世の料理を再現するためにも食に詳しい者。
俺と共に悪を裁くため、裏の仕事ができる者。
そして平民の立場で、絶大な指示を集められる者だ。
王族、貴族に関してはリアやセイン王子に頼ればいいが、本当の意味で平民のことがわかるのは、同じ平民でしかないからだ。例えばケンチャッキーのチキンが完成した時など、その者が広告塔になってくれれば、市井に広がるのも容易く済むだろう。
やれやれ、前途多難ではあるが悪を根絶やしにするためにはやるしかない。
「そういえばユウトさん」
「なんだ?」
「私は明日から七日間、王都の隣にあるガルバトルの街に行ってきます」
「突然だな。何かあるのか?」
「これですよこれ」
フローラは1枚の紙を俺に差し出してきた。
「ガルバトル神武祭?」
「そうです。毎年この時期に開かれる催し物で、けっこう人気があるんですよ」
「なるほど。それでフローラは人が集まるから商売をしようという訳か」
「その通りです。せっかくのチャンスを私は逃したりしませんよ」
確かに人が集まる所で商売をするのは、基本中の基本だ。商人として行かない手をはないということか。
だが神武祭か⋯⋯。
「面白そうだな。俺も行くぞ」
「本当ですか!? では一緒に行きましょう」
翌日。
こうして俺はフローラと共に、ガルバトルで始まる神武祭のために王都を旅立つのであった。
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