第7話 この世界にあったら重宝されるもの

 アルミニウム、鉄、銅、プラスチックなどで作られた箱が、机の上に置かれている。

 そしてその箱にはドアノブのようなものがついており、中を開けると何も入っていなかった。


「これでお店を取り戻すことが出来るんですか? どこにでもあるただの箱のように見えますけど」


 フローラが不安そうな顔をするのも無理はない。このままこの箱を売ったとしても、買ってくれる者などほぼいないだろう。だからこの箱をさらに価値ある物へと高める。

 俺は懐から赤い宝石を取り出し、テーブルの上に置く。


「これは⋯⋯魔石ですか」


 フローラの言う通り、これは魔石という名前の宝石で、魔物に埋め込まれている石だ。強い魔物程大きな魔石を持っていると言われており、見た目だけでも赤く輝く宝石として価値があるが、本当の価値は別にある。


「もしかしてユウトさんは付与魔法が使えるのですか?」

「ああ、使えるぞ」


 付与魔法は魔石に自分がイメージした効果を持たせることができる。1度付与してしまえば、後は魔力を魔石に込めることで誰でもその効果を発揮することが出来る。

 便利な魔法ではあるが、残念ながら使い手が少ない。何故なら権力者達が魔法を使う方法を秘匿していることと、魔法を発動する程の魔力を有している者がほとんどいないからだ。


「それで今回付与するのは冷気だ」

「冷気⋯⋯ですか?」

「そうだ。冷気を付与することによって、この箱は素晴らしい商品に生まれ変わる」


 そして俺は魔石に冷気を付与すると、箱の中に取り付ける。


「冷たい、ですね⋯⋯」


 フローラは箱の扉を開けて中を確認するが、当たり前の感想が返ってきた。


「確かに冷たいだけだ。魔力を注入すれば1日はこのまま冷えた空間を作ることが出来る」

「それの何の意味が⋯⋯はっ! まさか!」


 さすがに商人の娘なだけはある。これが何か気づいたようだ。

 前世の知識がある者にとっては当たり前のことでも、この世界の住人に取っては未知の物⋯⋯そう、これは前の世界にあった冷蔵庫だ。

 それに気づくとは、少なくともフローラの頭の出来は悪くないことがわかった。

 これなら新しい商店も上手く運営してくれるだろう。


「ユウト様、フローラさんこちらにサインを」


 リアが一枚の紙とペンを渡してくる。

 この世界にも特許というものがあり、契約書と現物を女神に捧げることによって、サインした者の店以外が販売することが出来なくなる。10年経てば特許の有効期間が切れるが、もしその間に販売しようとすると女神からの天罰が下るのだ。

 最初は頭痛がする程度だが、それでも無視して特許の物を販売しようとすると落雷を食らい、死に至るらしい。

 前世の世界のどこぞの国のように、勝手に真似して作ることが出来ないから本当に良いシステムだ。


「だ、だめですよ! 私は何もしていないのに名前を書くなんて!」

「俺にはこの箱を作る伝手がない。フローラはどうだ?」

「一応ありますけど⋯⋯」

「それなら名前を書く権利はある。もし納得しないならこれから恩を返してくれればいい」

「で、でも⋯⋯」


 フローラは俺の説得に応じてくれないようだ。確かに初対面で莫大な権利が手に入るとなると躊躇するのはわかるが。


「フローラはサレン商店を取り戻したくないのか? 本当に大事なものを手に入れたいなら、使えるものはどんなものでも使うべきだ」


 例えそれが悪魔の契約書だったとしてもな。

 金もない、コネもない子供がボーゲンからサレン商店を奪い取るなど不可能な話だ。今、この手を取らなくてはフローラの願いは一生叶うことはないぞ。


「⋯⋯わかりました」

「ならばこの紙にサインをするんだ」

「このご恩は生涯をかけて返します」


 そしてフローラは力強い手で契約書にサインをする。

 これでサレン商店を取り戻すことが出来れば、俺に従う仲間が増えることになるだろう。

 裏からフローラに手を貸して、前世の商品を販売することが出来れば、莫大な資産を手に入れることが出来る。

 金はどれだけあっても困ることはない。

 悲しいことだが、どの世界でも大抵の物は金で買えてしまうのだから。


「では私が女神様に捧げて来ます」


 リアが契約書と箱を持って、部屋から出て行く。

 本来女神に捧げる祭壇は教会や神殿にしかないが、このエルスリア城の中にもあるらしい。


「では契約はリアに任せて、箱を作る工房に案内して貰えるか」

「わかりました」


 そしてフローラの案内の元、俺達は足早に城を出て、王都の南区画へと向かうのであった。


「おう、嬢ちゃん! 久しぶりだな」


 南区画にある工房へと辿り着くと、中年の男性がフローラに向かって話しかけてきた。

 気さくに声をかけているため、この男とフローラは一定以上の信頼度がありそうだ。


「お久しぶりです。ベルドおじさん」

「元気にしてたか? ボーゲンの奴にこき使われてないか?」


 ここに来るまでにフローラから聞いたのだが、このベルドという男は工房の主で父親の親友のようだ。両親が亡くなった後も自分のことを心配して親身になってくれたと言っていた。そしてボーゲンが店を奪ったことをよく思っていないらしい。

 ボーゲンが店を取り仕切るようになってからは、ベルドが作った物はサレン商店に置かれていないようだ。


「大丈夫だよ。それでベルドおじさんに作ってもらいたいものがあって⋯⋯」

「ダメだダメだ! いくらフローラ嬢ちゃんの頼みでもそれは聞けねえ。あいつは俺の親友の店を奪ったんだ。そんな奴の店に俺の作った商品を並べるなんて死んでも嫌だね」

「それなら安心して下さい。僕が出資してフローラさんは新しく店を出すことになっています」

「嬢ちゃんが店を出す!? というかお前は誰だ? 貴族か?」

「まあそのような者です。フローラさんのお父さん⋯⋯ダインさんとは知り合いで、ベルドさんは腕の良い職人だと聞いていました。どうか新しい商品を作るために、力を貸して頂けませんか?」


 胡散臭い俺のことを信じてもらうには、ダインの知り合いだと言った方が都合が良さそうなので、とりあえず利用させてもらった。もちろんこれは嘘だが、本人が死んでいるため確かめる術はないだろう。


「ダインの知り合いとはな⋯⋯嬢ちゃんはこの坊主のことを信頼しているのか?」

「は、はい! それにユウトさんのアイデアは素晴らしい物で、ベルドさんもきっと驚くと思います」

「ほう⋯⋯聞こうか」


 俺はこれからベルドに作ってもらう実物を見せ、説明する。


「なるほどな。これは凄いアイデアだ。この箱は断熱の方が望ましいのか?」

「そうですね。その方が良いです」


 すぐにこの冷蔵庫の機能に気づくとは。どうやらベルドは柔軟な考えを持っているようだ。


「地位が高い方に献上しようと思っているので、まずは豪華な装飾品がついた冷蔵庫を2つ。そしてその2つよりさらに豪華なやつを2つ作ってもらえませんか? 必要なお金は僕が出すので」


 こちらが提示できるものは全て話した。後はベルドが承諾してくれるかだが⋯⋯。

 この冷蔵庫はこの世界では画期的なものだ。もしベルドが一流の職人であるなら心が動かないはずがない。

 俺はイエスの言葉が返ってくることを確信していた。


「ここまでお膳立てされちゃあな。俺の技術で良ければ使ってくれ! だが嬢ちゃんを陥れるようなことをしたら許さねえぞ」

「大丈夫です。俺はフローラさんのことを一生のパートナーだと思っていますから」

「い、一生のパートナー! そ、そう言って頂けると嬉しいです。私もその信頼に答えられるようにがんばります」


 しかしフローラはこの1ヶ月後、予想もしなかった相手と謁見する事となり、自分が発した言葉に少し後悔するのであった。


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