47 五つの神器と空白の記憶
さっきまで、二匹で……いや、犬耳姉弟の二人でじゃれあっている微笑ましい光景が繰り広げられていたのに、鈴音が不満そうに口を尖らせて拗ね始めた。
とはいえ、喧嘩ではなさそうだ。
「どうした、鈴音?」
「エイ兄、みんなから宝具をもらったんだよね?」
「宝具? ……ああ、神器のことか? 祝福を受けた時にな」
「ずるい。ボクもエイ兄に何かあげたい!」
「気にするな。鈴音には十分に助けてもらってるからな」
鈴音からは、ひと振りの枝をもらっていた。
祝福のための神器だったが、武器として使って消耗させてしまい、最終的には神木粉にしてお守りの材料に使ってしまった。
「シズ姉やユカ姉のもあるのに、ボクだけ無いのはなんかヤダ」
そりゃまあ、ひとりだけ仲間外れにされたら、寂しいってのは分かるが……って、ちょっと待て!
「いや、俺がもらったのは、ネボコと秋月様だけだぞ?」
「でも、ここにシズ姉の力と……、こっちにユカ姉の力を感じるよ?」
鈴音が指し示したのは、右の二の腕と右の足首だった。
言われてみれば、不思議な力を感じる……ような気がする。だけど、全く身に覚えがない。
まさかと思い、視界で確認してみると、鈴音が指し示していた場所に
それにしても、俺も慣れたもので、息をするように視界に潜れるようになった。
そしてなぜか、二人は視界でも犬耳姿になっていた。
「う~む、さすがに栄太でも、霊体に何かをされれば気付くと思うんだが。そうだな……、恐らくだが、鬼神に飲まされた液体に何か仕込まれていたのではないか?」
「まさか……。見た目がヤバそうなだけで、無味無臭のただの水っぽかったけど。二人の悪戯ってことは……あるわけないよな」
「そんなことはせぬよ……とは言い切れぬが、この件に関しては何も知らぬよ」
「……いや、そこは言い切ってくれよ」
隙あらば悪戯を仕掛けるつもりなんだろうか……
「いやいや、さすがに悪戯はせぬが、おぬしの為だと思えばワシはためらわず最善を尽くすだろうよ。たとえおぬしの意思を無視してでもな」
「そう言う意味か……って、おいっ! そういう時でも、できればひと言ぐらいは相談してもらいたいんだが」
「うむ、危急を要せぬ限りは善処しよう」
まあネボコは真面目で義理堅い性格っぽいから、それでいいような気がする。
なんせ、瞬時の判断で俺の足を斬り飛ばしたぐらいだから、何が起こっても俺よりもよっぽど上手く対処するだろう。
「うん、決めた。エイ兄、コレあげるね」
大人しいと思ったら、鈴音……いや、コマネは、ずっと俺へのプレゼントを考えていたのだろう。手のひらに生み出した光に息を吹きかけ、俺のほうへと飛ばした。
その光は、左の手首に巻き付いてブレスレットになった。
「エイ兄、まだ足が上手く動かなくて困ってたから、きっと役に立つと思うよ」
「ん? どういうことだ?」
「う~ん、向こうに戻ってから使い方を説明するね」
いや、本当にどういうことだ?
そんな、簡単には言葉にできないようなものなのか?
「すっげー不安なんだが……。でもまあ、俺の為に一生懸命考えてくれたんだもんな。ありがたく頂くよ」
それはいいんだけど……
「服で隠れてるが、俺、なんかスゲーことになってるんだが。こんな神器だらけの姿でウロチョロしてたら、悪い奴に絡まれそうだな」
「いやいや、それはあるまい。物騒な奴が来たと皆は避けるだろうよ」
「物騒……なのか?」
「無論、人の魂でありながら、これほど神々に寵愛されておるのだから、手を出そうなどという考えも起きぬだろうよ。全てを使いこなせれば、悪魔をも撃退できるのだからな」
「それは、なんというか……物騒だな」
マシンガンやロケットランチャーなどで完全武装し、ひとり平和な街中に立っている姿を想像して、俺は納得したように呟いた。
現世に戻ってすぐ、鈴音に言われた通り、左手首に意識を集中させながら、頭の中でステッキを思い浮かべる。
「うお? なんだこれ!」
手の中にステッキが現れ、椅子を軋ませてのけ反った俺は、思わず取り落としてしまった。
カランと床を転がったステッキは、しばらくして消えた。
それならばと、次は松葉杖を思い描く。
壁に立てかけてある松葉杖と同じ形だが、色をメタリックブルーにしてみた。材質も金属質になっているが、握りや脇に当たる部分は柔らか素材で、先端もゴムっぽい弾力のある素材に仕上がっていた。つまり、成功だ。
「すっごいけど、これ……人の身には余る、決して手にしてはいけない力って感じがするんだが。これじゃ、まるっきり魔法だ」
「魔法……? 違うよ。霊力を物質に変換してるだけだよ?」
「いや、そうかもしれんが……こんな力、迂闊に人前では使えないよな」
「手品と一緒だよ?」
純真な瞳が「何が違うの?」と訴えかけてくる。
まあ、この世の中じゃ、いくら魔法だと主張したところでタネや仕掛けがあるんだろうと勝手に想像してくれるし、こうすれば実現可能などと言って勝手に創造もしてくれる。
ともあれ、まずは使いこなせるようになってからになるが、手品っぽく魅せる技術で偽装すれば、何となりそうだ。……たぶん。
「俺を信用して授けてくれた力だからな。上手く使えるようにがんばるよ」
なんだか、ますます人間離れしていってる気がするけど……
鬼神は、こうなることが分かってて、俺に普通の人間に戻りたいかと問いかけたのだろうか。
ドクン……
「何だ、今のは?」
「ん? 栄太よ、どうかしたか?」
「いや、なんか……こう、衝撃みたいなのに襲われた気がしたんだが」
なんだ、これは……
まさか、人にあるまじき強大な力を授かったが故に、何か副作用でも起こっているのだろうか。
なんというか……
「よく分からんが、何か負荷……? ストレスのようなもんが……」
例えが難しいが、絶対に失敗してはいけないプレゼンの直前のような……それを、何十倍にも高めたようなプレッシャーに襲われてるような、そんな感じだ。
精神的なストレスが肉体にも影響を及ぼしているようで、目眩や吐き気などの症状に襲われる。
驚いたようにキョトンとしていた鈴音は、慌てた様子で突然パソコンに近付いて、何かを念じている。
何をしているのか気になるが、それどころではない。
「エイ兄、コレ見て!」
顔をしかめつつ、鈴音が指し示すディスプレイを見つめる。
そこには、俺が作ったデジタルフィギュア、姫と妹が自由に動き回っていた。
「何か、思い出さない?」
「なにを……?」
難しい表情を浮かべた鈴音は、次々と画面を切り替えていく。
現れたのは、何かの資料。たぶん、俺が描いたものだ。
女物の服やカバン、帽子や靴など。
それに、姫と妹の裸の画像まで。
「うっ……」
錐を刺す痛みとは、このことを言うのか。頭にギリギリとした痛みが走る。
「……姫ちゃん?」
いや違う。何だこれは……
分からない、分からない……
痛い、苦しい、気持ち悪い……
なんだこの、身体の中がかき回されるような、心がミキサーにでもかけられたような不快感は……
「またか……」
……また?
前にも、こんなことが?
いつの間にか、俺は椅子から転がり落ちていた。
頭を抱えながら、床に平伏していた。
その目の前に鈴音がしゃがみこむと、俺に何かを差し出してきた。
すごく辛そうな、泣きそうな表情で。
「雫奈……?」
「そうだよ! シズ姉だよ!」
木々に囲まれた祠の前で、手を合わせて祈りを捧げている巫女の画像。
やわらかな木漏れ日も相まって、浮世離れしたような幻想的に雰囲気に包まれている。これをグッズにすれば……
この瞬間、拷問のように襲ってきていた精神の不調が一気に晴れた。まさに、心が解放をされたような気分だった。
今まで気付くことすらできなかった記憶の空白が、まるで世界が広がるように埋まっていく。
「雫奈! 優佳!」
二人の姿をしっかりと思い浮かべ、その名前を呼んだ。
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