45 参拝
結局、あの秘密の部屋はなんだったんだろう……
親父と話した疲労感で、このままアパートに戻ろうかと思ったが、あまり距離は変わらないので、そのまま神社を目指すことにした。
歩くペースがゆっくりなので、どうしても時間を持て余し気味になる。
その大半は、ネボコとの会話で費やされたが、それがふと途切れた時に、あの部屋のことを思い出した。
見つけたのは昨日の夕方だった。
アパートの部屋にあった不自然なタペストリー……っぽい、何だかよくわからない布飾りをめくると、隣の部屋に繋がる通路が出てきた。
見つけるまでは、そんなものがあるとは想像もしていなかったのに……
何とも不思議な話だが、俺はその存在を知っていた。
たしか邪魔になった大きな棚を動かした時に見つけたもの……だったような気がする。都合がいいからと使わせてもらっていた……はずだ。
秘密の部屋って感じだったが、ただ単に隣の部屋と繋がっていただけだった。その証拠に、トイレやキッチンはもちろん、ちゃんと玄関もあった。
俺の私物ってわけじゃないと思うが、かわいい猫柄のマットやローテーブル、バランスボールや蚊取り線香立てなど、見覚えのあるものが置かれていた。
どれだけ記憶を掘り起こしても、俺は隣の部屋を借りた覚えはない。だけど……
寝具が無く、あまりにも生活感が無い部屋だけに、俺が勝手に物置にしていると考えるのが自然だろう。
だとしても、不可解なのは、なぜか調理器具だけがやたらと充実していることと、数少ない小物類のデザインが女性向けってことだ。
俺だって簡単な料理ぐらいはするが、自分の部屋にもキッチンがあるのに、わざわざ隣の部屋を借りてまで、本格的な料理をしよう……なんてことを思うはずがない。
とにかく、不思議なことだらけだ。
今にして思えば、なぜ部屋の存在を忘れていたのか不思議だった。それに、部屋の存在を思い出したのに、何のための部屋なのか分からないのも不思議だ。
たぶん、一連の騒動で記憶が混乱しているのかもしれない。
他にも何か、肉体や精神に悪影響が残ってたりしてたら怖いが……
ネボコの見立てでは大丈夫らしいけど、一度しっかりと鈴音にも調べてもらったほうがよさそうだ。
……なんてことを思っていると、なんだか前方で騒ぎが起こった。
「どうやら、盗人のようだな。栄太よ、備えよ。向かって来るぞ」
ネボコの言葉通り、女物のカバンを手にした男が必死に形相でこちらに向かって走ってきた。
昔の俺なら黙って道を譲るところだが、今は……足が思うように動かないので、避ける事すらできない。
「ふむ、仕方あるまい」
そう、ネボコが呟いた思ったら……
俺の身体は、向かって来る相手の腕を取ると当時に足払いを掛け、相手を空中に跳ね上げて背中から歩道タイルに叩きつけた。
周りから拍手が送られる中、宙を舞っていたステッキを掴むと同時に身体をひらりと翻してポーズをキメる。
そんなネボコに、小声で話しかける。
……いや、声は出なかったが、その言葉は伝わったようだ。
「ちょっ、ネボコ、何をした!?」
「ちと身体を借りたぞ。あのままでは怪我をしそうだったのでな」
「ああ、確かにな。助かった……って、そんなことができるのか?」
「いやまあ、緊急事態だったからな。ほれ、身体を返すぞ」
「いや、まてまて。騒ぎになったら困る。急いでこの場から離れてくれ」
「ふむ、そうだな」
俺の身体を支配したネボコは、転がっているバッグを拾い上げると、ゆっくりと近付いてきたお婆さんに返した。
その時に名前を聞かれたが……
「名乗るほどの者ではござらんよ。では、ご婦人、今後も重々用心召されよ」
そう言い残して、颯爽とその場を去った。
その後、身体の制御を返してもらった俺の足は、羞恥のせいか、ほんの少しながらも速く動くようになっていた。
一礼して鳥居をくぐる。
ここへ来ると、何だか安心する。
そんなことを思いながら静熊神社の境内をゆっくり歩いていると、鈴音が尻尾を揺らしながら走り寄ってきた。
「よう、鈴音、元気そうだな」
「エイ兄、おかえり」
三藤さんが居ないので、美晴たちが学校に行っている時間帯だと、ここは時末さん一人だけになってしまう。
だからなのか、鈴音も退屈していたのだろう。
今は参拝客がいないからか、出迎えに来てくれたらしい。……のはいいが、ジャンブして俺の胸に飛び込んできた。
慌てて杖を放り出して受け止める。
「ホントに元気だな。ずっと一人だったから、寂しかったんだな」
「まあ、ちょっとね」
なぜか杖は倒れずに宙に浮かんでいる。
少し驚いたが、ネボコの仕業だった。
「もう杖は不要のようだから、折り畳んで腰に吊るしておくぞ」
空中に浮かんだまま、杖は三つに折り畳まれ、バンドでしっかりと固定されたうえで、俺の腰のベルトに吊るされた。
なかなか便利な能力だが、他人には絶対に見せられない。
「エイ兄、足は大丈夫?」
「そう思うなら、飛び込んでくるなよ」
苦笑しながら鈴音を撫でる。
「この通り、立ってる分には問題ない。歩くことにも慣れてきたから、ちょっと散歩に行ってみるか?」
「うん、行こ、行こ!」
尻尾を振って大喜びの鈴音だが、その動きが止まる。
ここに立つと、どうしてもそちらに視線が向いてしまう。それは鈴音も同じようで、期せずして二人して同時にそちらを見つめていた。
破壊された祠は、少し形が変わったものの修復されていた。
時末さんが一人で作ったらしい。何とも器用なものだ。
中には修復済みの水霊石が安置されている。
「今日こそ平和でありますように。ミズトヨ、ミズタチ、頼んだぞ」
あの双子の蛇神を思い浮かべ、鈴音を抱えたまま手を合わせて祈りを捧げる。
不思議なもので、二人のことを知っているからか、少し緊張した表情で「がんばります」と言っているミズトヨと、満面の笑顔を浮かべながら「私に任せてね♪」と言っているミズタチの姿が見えた気がする。
「まあ、せっかくだし、祭神にも挨拶しておくか」
財布から五円玉を出し、拝殿前の賽銭箱に入れて、お参りをする。
カバンを肩に掛け、鈴音を抱きかかえたままだが、誰も怒ったりはしないだろう。
拝殿の向こうには、
なんとも大所帯になったものだ。
「静熊神社に集う神々に、魔界から無事生還したことを報告いたします。また、その為に力をお貸し下さった神々に感謝いたします」
「ふむ、この様にして念が届けられるのだな」
「シズ姉とユカ姉も喜んでるよ」
なんだか、神様から直接答えをもらうってのも、妙な気分だ。
「それは、栄太さんの霊感が高まっている証拠なのですよ」
あー、なんだか幻聴が……霧香さんの声まで聞こえてきた。
「幻聴ではありませんよ。こちらで分祀して頂いたので、私にも声が届くようになったのです。そして、私の声が聞こえるのは、栄太さんの霊感が高まったからですよ」
「それってつまり、俺の心の声が駄々洩れってことですね?」
「うふふ……。気を付けて下さいね」
ネボコも鈴音も、クスクスと笑っている。
なんとも恐ろしい話だ。
一応……と言っては失礼だが、時末さんに挨拶をし、鈴音が退屈そうだから散歩ついでにアパートに連れて行くと伝えて神社を出た。
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