40 母の秘策

「よう、アリスティア、久しぶりだな」


 デスクトップ画面の女神アリスティアに挨拶をする。

 俺が作ったデジタルフィギュアを利用したバーチャルアシスタントだ。

 天気予報は晴れ。雨の確率はゼロパーセント。……と、手にしたボードに書かれている。

 それよりも……


 ブラウザを立ち上げて、動画サイトを表示させる。

 まあ、動画を見るだけならケータイでも事足りるのだが、どうせだったら大きな画面で見たい。

 その為に、わざわざ部屋に戻ってきたと言っても過言ではない。


「美晴、そろそろ始まるぞ」


 それは、うちの会社のアカウントで公開される、神社支援プロジェクトの宣伝映像……つまり、PV(プロモーションビデオ)だった。




 暴走した車が少年を巻き込んで事故を起こす。

 その場面に居合わせた母親は、血を流してグッタリを横たわる少年に駆け寄ると、半狂乱になって助けを呼ぶ。

 そこへ救急車が到着し、救急隊員になだめられた母親も一緒に乗せて走り去る。

 緊迫した手術の映像と、悲痛な表情で電話をかける母親。


 ここで場面は神社に変わる。

 電話を受けた巫女姿の女性は、弟が事故に遭って命が危ないと聞いてショックを受ける。

 くずおれた姉の頬を、一粒の涙が伝い落ちる。だが、頭を振って毅然とした表情で立ち上がると、治癒のお守りを握り締めて拝殿に向かい、神様に弟の無事を祈る。

 鳥居に向かう途中で足を止め、木々の間にある小さな祠にも祈りを捧げる。そして、巫女姿のまま神社を出て走り出した。


 病院では母親が一心不乱に祈っていた。

 その祈りが届いたのか、犬の姿をした神の御使いが現れて「その願いに命を賭ける覚悟はあるか?」と問いかける。

 それに「たとえこの命が無駄に散ることになっても、息子が助かる可能性が少しでもあるのなら、それに賭けます」と強い意思で即答した母親は、息子を救うために黄泉の世界へと旅立った。


 病院に到着した巫女姿の姉は、待合所でぐったりしている母親を見つけて抱きしめる。そこへ現れた神の御使いから事情を聞くと、涙を堪えて母親の手にお守りを握らせて無事を祈った。

 黄泉の世界では、母親は息子を見つけたものの、魑魅魍魎に囲まれて大ピンチとなっていた。その母親の手に、現実世界で握らされたお守りが出現する。

 そのお守りからは、静熊神社の祭神たち──秋津静奈姫アキツシズナヒメ秋津結茅姫アキツユカヤヒメ秋津狛音姫アキツコマネヒメが現れて、悪鬼を退けながら、母子に向かうべき道を指し示す。

 ピンチにさりげなく豊矛神が助けに入り、迷わず進めとエールを送る。

 そして……

 寄り添うように眠っていた二人が目覚めると、手術中のランプが消えた。


 病院のベッドで横たわる少年が、母と姉に向かって不思議な夢を見たと元気に語っている。その横には静熊神社のお守りが置かれており、その光景を秋月様と犬の御使いが見守っていた。

 そして、神社応援プロジェクトのロゴや、ロケ地、出演者などのスタッフロールが流れて終わった。




 なんというか、見覚えのある場所ばかりなので正当な評価は下せないが、低予算の突発ロケにも関わらず、しっかりとした映像作品になってたと思う。

 ただ、シナリオが突飛すぎて、かなりファンタジー寄りになっているので、神社やプロジェクトの宣伝になるのかと言われたら微妙だろう。

 それに、少年や神様役はどこかの劇団員だが、母親役が夜霧夏で、姉役が夜霧風音だったりする。さらに言えば、神の御使い役の犬は鈴音だった。もちろん、声はアテレコだが……

 とにかく、これでは、正当な評価など下せるはずがない。


「なんや、兄さん。そないに感動したん?」

「……えっ?」


 なんだろう……

 自分でもよく分からないうちに、涙が流れていた。

 いやいや、身内の演技に感動したとか、そんなことは無いはずだが……

 森の中に佇み、小さな祠に祈りを捧げる巫女の姿が鮮烈に頭に焼き付いて消えない。なんだか、前にも同じ場面を見たような……

 いや、それよりも……


「本当に、これで誤魔化せるのか?」

「どやろか……。ネットの反応はええみたいやけど……」


 そもそもの発端は、母と姉の行動をマスコミが嗅ぎ付けて騒いだことだった。

 このままだと、俺のことをネタにして、面白おかしく書き立てられかねない。

 もし、そのまま死んでいれば、同情を誘うような記事に仕上がる可能性もあったが、なまじ生還したことで、好き勝手に書いても許されると考えるモノが現れないとも限らない。それに、低迷している芸能誌にとっては格好のエサだ。

 その餌食にならないように考えられたのが、今回の企画だった。

 母が仕組んだことだが、全てはマスコミを巻き込んだプロモーション活動だったという形で収めるつもりらしい。

 実際に、神社応援プロジェクトの仕事として行われ、PVも第五弾まで続く予定になっており、好評ならば更に続く可能性もある。


 ちなみに、養成所に戻るはずだった三藤さんは、この話を聞いて面白そうだからと、休暇の延長を申請して、ちゃっかりエキストラとして参加している。

 そのおかげで、ちゃんと挨拶をして、お礼も言うことができた。


「せやけど、ラッキーやったわぁ。まさかかざ姉さんだけやのうて、夏姉さんの演技まで、目の前で見られるやなんて思わんかったからなぁ」

「それは、良かったな」


 夏姉さんとは、俺の母のことだ。いくら姪の美晴でも、面と向かって伯母さんと呼ぶ勇気はない。

 ちなみに俺は、ずっと家の中で養生してたから、撮影現場を全く見ていない。

 いやまあ、別に見たいとも思ってないが……


「とりあえず、これでどうなるか、しばらくは様子見だな」

「あーせや、兄さん、アタシ買い物行くけど、なんか要るもんある?」

「数日分ぐらいの食料はあるはずだから、大丈夫だと思うけど……」


 そう言って立ち上がろうとして、ひっくり返りそうになる。

 身体は元気だし痛みも感じていないから、ついつい左足が動かないことを忘れてしまう。

 二人に支えてもらって、なんとか転倒は免れた。

 謝りつつ松葉杖を手に取って、食料のチェックを行う。


「おっ、皿うどんがある。美晴も食っていくか?」

「なにうてんの? 貴重な食料やねんから大事にせな。アタシは帰って食べるからええよ。それより、急ぎで必要なもん、ある?」

「いや、特にないな」

「せやったらアタシ、このまま帰るわ。もしなんか必要なもん有ったら、メッセージでも飛ばしたって」


 そこで、ふと気付く。


「そういや俺、美晴の連絡先、知らなかったよな」

「あーせやな。今まで、どうやって連絡してたんやろ……」


 二人で首を傾げつつ、連絡先の交換をする。


「ほな、また明日の放課後に寄るから、買いもんとかあったらメッセージ頂戴」

「ああ、分かった」


 美晴が出て行くと、鈴音と二人っきりになった。

 なんだろう、松葉杖で移動してきたからか、それともやはり運動不足なのか、やけに疲れた。

 それに……


「この部屋って、こんなに静かだったんだな……」

「静かだね……」


 なぜかそんなことをしみじみと言い合って、それがなんか変な感じがして、俺と鈴音はクスクスと笑い合った。

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