39 懐かしのマイルーム
充電器を借りて、復活したケータイをチェックすると、会社からの連絡が山のように入っていた。
まさか、仕事の依頼を達成できなかったからクビ、とか言わないよな……などと思いながら、おそるおそる内容をチェックする。
その結果、俺の杞憂は未遂に終わったが、別の杞憂が生まれてしまった。
どうやらマスコミから会社に、俺への取材申し込みが殺到していたらしく、こちらの状況を知りたいという問い合わせだった。
正しくは、意識不明で入院している
会社へは親父が連絡したらしいのだが、親父にはロクに連絡先を教えていなかったので、俺のケータイから掛けたらしい。美晴が操作をするフリをして、鈴音がロックを解除したのだ。
さすが神様といったところだが、個人情報も何もあったもんじゃない。まあ、そのおかげで会社に連絡してもらえたわけだが。
マスコミも、意識不明で入院している者に対して取材申し込みとか何を考えてるんだって話だが、とりあえずツバを付けておく程度の初期行動なのだろう。
生還すれば本人にアポを取ってもらい、死ねばあれこれとエピソードを掘り返す、そのための布石だ。
「……なんだかな」
ニュースをチェックして盛大にため息を吐く。
「なんや、兄さん。えらい景気悪そうな顔して」
「こっちば病人……いや、怪我人か。とにかく、退院したばっかだからな」
「せやったら、もっと退院を喜ばんと」
確かにその通りなんだが、とりあえず、見ていたニュース記事を美晴に見せる。
そこには、俺のこととは明記されていないものの、
さらには、
「兄さん、すっかり有名人になってもうて……。遠い人になったんやねぇ……」
よよよって感じでシナを作った美晴が、ハンカチで涙を拭うフリをする。間違いなく、親父の悪影響だ。
まあ、それはそれとして、夜霧夏の息子とあるが、それ以上の情報が出ていないのは、情報統制が効いているからだろう。
そうでなければ、間違いなく病院にまで押しかけてきていたはずだ。
「勘弁してくれ。それで神社や会社が潤うなら別にいいけど、おもちゃにされて捨てられるだけだからな」
まあ心配されて悪い気はしないが、必要以上に騒がれるのは迷惑だし、本当に俺のことを思ってくれてるのなら、そっとしておいて欲しいと思う。
俺は覚悟を決め、無事に目覚めて退院したという内容をしたためて、会社にメッセージを送る。
……と、待ち構えていたかのように、間髪を入れずに通話の呼び出し音が鳴った。もちろん、会社からだ。
仕事の話になるかもしれないので、できれば部屋を出て地下倉庫あたりに行きたかったのだが、素早く動けない身はつらい。
美晴に、外向けの応対を聞かれるのは恥ずかしいが、仕方がない。
断りを入れて通話に出る。
「はい。繰形です。……はい。あっ、その……はい。ご迷惑をおかけしました。………いえ、それは大丈夫です。あっ………はい。そうですね……」
会話の内容は、送られてきていたメッセージと大差がなかった。
とにかく、連絡がつかなくて心配していたことや、無事でよかったということ。気になるのはマスコミ対応のほうだが、そちらは解決したらしい。
話を聞いた限りでは、どうやら裏で母さんが手を回したようだった。
その母が、姉と一緒に家に来た。
……というか、父と一緒に、ここで厄介になっているらしい。
そして、まだここに残ると愚図る父を引っ張って、これから忙しくなるからと言い残して母は去って行った。
父も会社の仕事を放りだしてきていたらしい。
なんともドライな関係に思えなくもないが、二人は忙しい身だ。こうして様子を見に来てくれただけでも感謝しなければならない。
「風姉は戻らなくていいの?」
「ええ、私はここで巫女体験をすることになるはずだから。そろそろ栄太にも、会社から連絡が入るはずよ」
「なんだそりゃ……」
風姉が巫女体験することが、俺の会社にどう関係するのか不思議に思っていると、その言葉の通り、会社から通話の呼び出しが……
…………。
何がどうなったら、こうなるのか……
会社からの通話を切って、俺は特大のため息を吐いた。
退院して十日ほど経ち、松葉杖の扱いに慣れた俺は、階段も難なく登れるようになった。
なので、学校帰りの美晴に付き添われて、アパートの前まできた。
神社の住居で何度も練習したとはいえ、鉄製の少し頼りない階段は緊張する。
「美晴、そんな心配そうな顔をするなって。このぐらい余裕だ」
自分で言ってて「これって、落ちるフラグだよな……」と思いつつ、慎重に一段ずつ杖と右足の感覚を確かめながら登っていく。
少しでもバランスを崩せば……特に後ろへ倒れるようなことがあれば、成す術なく後頭部を痛打することになりそうだ。そんな恐怖に襲われる。
左足が動かないというのは思ったよりも大変で、とっさの時に踏ん張ろうとしたのに全く動いていない時なんかは、冗談抜きで「あっ、死ぬな……」と何度となく思った。おかげで転び方は、かなり上達したと思う。
「ふぅ……。ほら、大丈夫だったろ?」
「よう
まあ、美晴は笑っているので、合格だと思っていいだろう。
後から上ってきた美晴は、俺の横を通り過ぎて、玄関扉を開けてくれた。
「……なんで美晴が、俺の部屋のカギを持ってんだ?」
「そら、父さんから預かってきたからに決まってるやん」
「そういや、入院の荷物とか全部やってくれたんだってな。助かった」
「どこに何あるんか分からんかったから、ちょっと散らかしてもうたけど、だいたい元に戻ったんちゃうかな。
たしかに、あの散らかしようは酷かった。
そう思って中に入る。
「あー、兄さん、ちょお待ってや。すぐ椅子持ってくるから。バケツと雑巾って、どっかあるん?」
「それなら、洗面の下だ。椅子は……押し入れに踏み台があった気がするけど、別になくても構わんぞ」
そんなことを言っていると、俺の目の前に光の粒子が舞い踊り、犬耳を付けた人型の鈴音が現れた。
「よう、鈴音……って、なんだその格好は?」
「この姿を見たら、エイ兄、元気が出るかなって。それより……」
部屋のほうへ走っていく鈴音の尻尾……ではなく、後ろ姿を見送る。
何だかんだと、この部屋のことは鈴音がよく知っている。
「キャー、鈴音ちゃん、めっちゃカワイイやん。触らせてもらって、ええ?」
「ミハ姉、それより、踏み台はここだよ。ボクが持っていくね」
なんだかドタバタしながらも、ようやく俺は懐かしの我が部屋に入った。
あれだけ散らかっていたのに、ちゃんと片付いていた。
それどころか、ベランダには洗濯物が干してあった。
それに、壁には何やら大きなタペストリーらしき物が飾られてあった。
「美晴、壁のコレ、どうしたんだ?」
「ん? 壁のって、何のこと?」
洗面所で雑巾やバケツを片付けている美晴が、不思議そうに問い返す。
「でっかいタペストリーみたいなもんがあるだろ?」
「えっ? なに
「あれ? そうだっけ?」
いまいち記憶がはっきりしない。
……って、今はそんなことをしている場合じゃなかった。
「あの公開って、そろそろだよな?」
「うん、そうだよ」
部屋の中を松葉杖で歩くって、思った以上に不思議な感じだ。
鈴音に見守られながら椅子に座って机に向かうと……
俺は久しぶりにパソコンの電源を入れた。
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