36 ヘマを悔いて現世へ

 魔剣を砕いた。

 そのことで隙が生まれたのだろう。


「エイ兄!!」


 俺の背後に瞬間移動したコマネが、飛来する黒い剣を蹴り飛ばす。

 ……いや、蹴り飛ばされる寸前、黒い剣は軌道を変えて俺に向かってきた。


 ギン……!


 コマネのおかげで俺は辛うじて反応し、粋音矛いきのねぼこで弾こうとするが、当てるだけで精一杯だった。

 そして黒い剣は、俺の左脛に吸い込まれた。


「い、いかん!!」


 ネボコが叫ぶと、俺の意思とは関係なく動き……

 粋音矛いきのねぼこが俺の左ひざ下辺りを斬り飛ばす。


「………!?」


 痛み? 苦しみ? いや、それよりも、霊力をごっそり抜き取られたような……喪失感といえばいいのか、一気に全身から力が抜ける。


「エイ兄!!」

「コマネよ、慌てるでない。栄太は無事だ」


 無事……? 俺は無事なのか?


「悪いがコマネ、栄太を向こうへ戻す。後のことは任せたぞ」

「……エイ兄」


 心配そうに俺を見るコマネの姿が、フッと掻き消えた。




 ここはどこだ……?


「栄太よ、何を呆けておる。ほれ、しっかりせい! ここはおぬしの視界だ」

「視界……?」

「そうだ。……すまぬ、栄太。とっさのこととはいえ、おぬしの精神の一部を斬り放してしもうた……」


 そうだ。俺の足……

 左足のひざ下から先が消えている。


「あし! 俺の足が……」

「落ち着け、栄太よ。ここは幽世。実際におぬしの足が無くなったわけではない。それに、時間が経てば元に戻るはずだ。……多少、時間がかかるやもしれぬが……」

「元に……戻る…のか?」

「ああ。ここは幽世。それもおぬしの視界だ。おぬしの心掛け次第で魂の有りようなど、いくらでも変化できる。だが……」


 今になってコマネが神の姿に戻っていることに気付く。

 そのコマネが、俺の足に手を添えて、申し訳なさそうに頭を下げた。


「いくらあやつの浸食を防ぐためとはいえ、断りもなく処置したのは悪かった」

「い、いや、俺こそ悪かった。危険だと散々言われてたのに油断した。ああでもしないと、危なかったんだろ?」

「うむ。あやつの邪気が全体に広がっておれば、処置するのは困難だった」

「そうか。ありがとう、助かった」


 まだ、全身を覆う怠さは抜けていないが、なんとか冷静になってきた……と思う。

 まさか、まだ黒い剣が飛んでくるとは思わなかった。

 魔剣と比べれば、明らかに小さかったし手応えも軽かった。だから、魔素を剣の形にしただけのレプリカだろう。

 それでも俺の命を奪うには十分な代物だったってわけだ。


「ちなみにコレって、現実世界の身体に影響はないのか?」

「いや、おぬしの心が足を失っておると認識しておるからな。それが癒えるまでは肉体の足にも多少の影響があるだろうな」

「そっか。元に戻るかは、俺の心掛け次第ってわけだな」

「うむ、そういうことだ。ワシも早く癒えるよう全力で努めさせてもらおう」

「それは助かる……が、無理はするなよ。こうなったのは俺の自業自得。なにもネボコが責任を感じる必要はないからな。当然コマネも」


 そうは言っても、あのコマネだけに、思いっきりしょげ返ってるんだろうけど。

 

「おぬしが助かったのは、コマネのおかげだからな。あやつが間に入らねば、おぬしは反応すらできなかっただろう。もしアレが頭や胴にでも当たっておったら、面倒なことになっておった」

「だったら、コマネを思いっきり褒めてやらないとな。教えてくれて助かった。こんなこと、言われなきゃ気付けなかったからな」


 さてと……


「ネボコ、本当に世話になった。さすがに、そろそろ戻らないとな」

「うむ。ではワシは、おぬしの修復にかかるとしよう」


 ネボコの身体が仄かに光り、粒子となって拡散すると、なぜか俺にぶつかってきた。いや、衝撃はなく、そのまま吸い込んでしまった。


「まさか、俺の中に?」

「うむ。心配せずとも良い。こうやって内側から癒すだけだ」


 どこからともなくネボコの声が聞こえてきた。

 まるで目の前から聞こえてくるようだけど、その場所には何もない。


「神様って、そんなこともできるのか……」

「どうだろうか。まあ少なくとも、ワシと栄太の相性がよほど良いのだろうな。魂に神を宿すなど、記憶にも残っておらぬからな」


 声のことを言ったつもりだったのだが、言われてみれば、神様が俺の中に入っていることのほうが異常事態だ。


「それで、よくやろうと思ったな」

「うむ、それが不思議なんだが、こうするのが一番だと自然に思えたのだ。虫の知らせ……いや、神のお告げかの?」


 なんだか分からないが、それで不都合がないなら別に構わないだろう。それどころか、これで俺を癒すと言ってくれているのだから、拒否する理由はない。

 ヘマをして迷惑を掛けたことを心の中で詫びつつ、目を閉じて意識を閉じる。そして俺は、現実世界に戻った……

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