10 契約者
全てを聞き終わったユカヤは、笑みを浮かべてフェイトノーディアを見つめると、恐怖に顔をひきつらせた陰鬱の魔女は、両手をわたわたさせながら後ずさる。
「……だ、だからっ、……その顔、やめてってば……」
ユカヤの表情には、まだ抜けきっていない狂気が残っていて、なんとも形容しがたい邪悪な笑みになっていた。
「あら、ごめんなさい」
可愛らしく口元を押さえて取り繕おうとするが、すでに遅く、恐怖を携えてフェイトノーディアの脳裏に焼きついてしまった。
とはいえ、フェイトノーディアもユカヤの……
彼女の狂気は、自分にではなく首謀者に向けられたもの。もちろん、それに利用された自分にも代償を払う必要があるけど、今まで通り、ほんの少し頼みごとを聞いてあげるだけで許してもらえるはずだ。
つまり、借りひとつというわけだ。
とはいえ、契約者を巻き込んでしまったのは非常にマズい。
ここで言う契約者とは、現世に顕現できる神様が、その役目を補佐させるために正式な手順を踏んで契約を結んだ精霊や魂のことだ。だから、悪魔が戯れに行うような従属契約などは含まれない。
近頃は知らないが、契約者は、大昔なら現世に神の真意を届ける者として重要な役割を果たしていた。それを害せば、たとえ管理者であっても強く罰せられる。
「ほ、本当に……悪かったわ。まさか、その……ノーラのせいで、そんなことになってたなんて……知らなかったから」
「あの狂乱の魔女が首謀者だったなんて、私も驚きましたよ」
狂乱の魔女と呼ばれているフェイトノーラも、ユカヤとフェイトノーディアの古馴染みだった。
フェイトノーディアとフェイトノーラは、名前こそ似ているものの姉妹とか同族などではなく、何の所縁もない全く別の個体なのだが、同世代……と言っていいのか分からないけど、ヤンチャをしていた時期や活動範囲が重なっていた為に、よく顔を合わせていた。
名前が似ているだけで、性格や嗜好が真逆と言っていいほどかけ離れていた二体の悪魔は、互いを罵倒しつつも内心では実力を認め合うという、なんとも不思議な関係が成り立っていた。
ヤンチャと言えば、パルメリーザも相当なもので、破壊のフェイトノーラ、誘惑のパルメリーザ、謀略のフェイトノーディアとして活動し、三体で手を組むことも珍しくなかった。
そして、今回の事の起こりは……
フェイトノーラがフェイトノーディアを訪ねてきたことから始まった。
どうしてもやらなくてはならないことがあるから、どうか協力して欲しいと、そんな感じで頼まれたのだ。
その協力というのは、決まった時間にあの場所へ行くこと。もし土地神が出てきたら時間稼ぎをし、それが無理なら逃げてもいいという、たったそれだけの指示のみ。
もちろん、謀略に長けたフェイトノーディアだけに、自分は囮だと理解していた。それに、詳しい事情を教えてくれないのは、自分を巻き込まないためだろう。だから、危険なことをするのではないかと思い、フェイトノーラの身を案じていた。
「でも困りましたね。このままだと、ノーラは本当に天界に消されてしまいますよ。せめて兄さまが無事に戻れば……」
「……え? 兄さま? リーザに親族なんて……いたの? 聞いたことがないんだけど……」
「あっ、契約者のことですよ」
つい口が滑ってしまったと、慌てて口元を隠す素振りをするユカヤだが、それもどこか芝居めいている。
面白いことが聞けたと一瞬だけ喜んだフェイトノーディアだが……
「へ、へえ……、それがアンタの……交換条件…ってわけね」
「そんなこと、ないですよ。でも……、もし兄さまが害されるようなことがあれば、私は……」
その瞬間、洞窟部屋の空気が凍り付く。
言葉にしなくても、その刹那に漏れ出た狂気を見れば明白だった。
「……ア、アタシも協力させて、もらうわ……。そ、その、だって……共犯者と疑われたら、たまらないもの……」
「ホント!?」
それを聞いたユカヤは、パンと両手を打って小躍りせんばかりに喜ぶと、満面の笑みを浮かべてフェイトノーディアの両手を握る。
「わあ、ありがとう! ノッティーが昔のまま友達でいてくれて、すっごく嬉しいわ! 頼りにさせてもらうからね、ノッティー」
全ての条件が整っていなければ、この状況は生まれなかっただろう。
楽しかった過去、ちょっとした負い目、ノーラを救いたいという願い、天界に消されるという恐怖、変わらぬ友情……。それに加えて、あの
そんな思いが、フェイトノーディアを自発的に動かした。
それはつまり、ユカヤが魅了を使わずして、フェイトノーディアの心を掌握した瞬間だった。
頬に何かが当たる感覚がして、ゆっくりと目を開ける。
「うおっ!」
目を開けると、子供が至近距離で俺の顔を覗き込みながら、頬をペチペチと叩いていた。
「よ~やっと起きよったか。よくこの状況で、呑気に寝コケておられるもんだ」
「………?」
一瞬、何を言われたのか分からなかったけど、どうやら俺は眠っていたらしい。
で、なぜか子供が、俺の上で馬乗りになっている。
「いやいや、眠りコケてたのは、お前も一緒だろ? こっちは、お前が眠っている間にこの密室から脱出する方法を探してたんだからな。まあ、それが無理だと分かったから、少しでも体力を温存しようと休んでたんだけど」
眠っている時は可愛げがあったのに、何だか生意気そうな子供だ。
とはいえ話が通じるようだし、態度はともかく俺に好意的な感じがする。
そこでふと気付く。この子供が、平気で俺に触れていることに。
「あれ? ここって精神世界だよな? なんで、普通に触れられるんだ?」
俺の問いかけの意味が分からないっといった感じで、子供は首を傾げる。だけど、すぐに理解したようだ。
「あーなんだ。もしかしてお主、幽霊か?」
「ん? 違うが? あー、まずは自己紹介からだな。……でも、その前に、俺の上から降りてもらってもいいか?」
「おお、そうだな」
さして重くはなかったが、馬乗りになられたままだと話しづらい、
椅子にできそうな物が他にないので、俺たちはベッドサイドに並んで座った。
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