熟蜜柑

暁目和暉

第1話

 着物の下駄が少しだけ痛い、そんな祭りの夜。



彼と私は祭りのざわめきに共に紛れた。



……私たちはいつも学校では特段話すことはないのだが、なんとなく過疎った委員会でよく二人きりになる。



だからか、一緒に帰ることもあったし、たまに昼も一緒に食べることだってあった。



私はなんにも感じることなどない。



が、そんな学校生活もしばらく続くと彼の方が少しよそよそしくなった。



なんとなく理由はわかるんだよなー。



だけど、それを口にしてしまったらきっと、私と彼は同じ関係ではいられなくなってしまう。



恥ずかしいことだが私には友達という友達があまりいないので、どうにもこの関係に居心地のよさを感じていたらしい。



本当に、恥ずかしいことだけど。



そうして過ごしていくうちに、やがて彼は私に対して少しずつ行動が活発になっていった。



顔がいいわけでもない。とはいえ嫌いなわけでもなかったので行動には乗ってやることにしていた。



例えばあんまり彼が言わないような話の振り方をしているのを感じたことがある。



あーこれ、あの恋愛相談とかするYoutuberが言ってたテンプレートのまんまだーとか。



そんなことに気付いてしまったら、なんだかおもしろくて、騙されて乗ってやったり。



はたまたこっちから色々からかってみたり。



そういうことをしてた。



そんなことをして日々を過ごし、知らないうちに、私はYoutubeやらTwitterやらで『恋愛 片思い』と調べていた。



いやいや、別にそういうわけじゃないよ?



彼のことをどういじってやろうかって考えてただけだから。



彼が焦って耳を赤らめてるところや、目線が定まらなくておろおろしてるとこだって、考えちゃうとすごいおもしろいの。



考えてるだけでおもしろくなることってそんなないじゃない?



だからこれは、私の暇つぶし。



そう思ってた。



ある日、委員会で少し焦った状況になった時、彼がいつもの優柔不断さを感じさせない的確な指示をしているところを見た。



私はいつも彼が優柔不断な感じでいるところが印象的だった。私と話してる時とかはそういうのしか私には見せてなかった。



不意なやつって、大したことなくてもキュンってきちゃうことあるよね。



いや自分がそうなるとは思ってなかったけどさ。



それからは、なにか変なものが取り憑いたようだった。



違うことやらなきゃいけない時に、あの時の姿がフラッシュバックしちゃって、手がつかなくなるなんてこともあった。



LINEひとつ送ることに変にドキドキしてみたり。



電話も割としてたけど、今は通話開始が押せなかったり。



返信のひとつひとつが気になったりもしてしまった。



多分だけど、この感じにはひとつの言葉が当てはまると思ってしまった。



一昔前の私ならきっとこんなことを考えるなんてことは無かっただろうけど。



でも、きっと、そうなんだと思う。



ときめき、というとちょっとまた違う気がするけど。



そういう思いが私の中で起きていた高二の夏、彼から夏祭りに一緒に行かないかってLINEがきた。



嬉しさもあった。でも怖さもあった。



変なこと言っちゃったらどうしよう、変なことしたらどうしよう、それで疎遠とかになったりしたら……。



完全に過剰な思い込みだと思う。杞憂のはずなのに、何度もそんな妄想をしてしまう。



これもまた症状のひとつなんだなと感じてしまう。



そんな気持ちを織り込みながら、お母さんに着物を着付けてもらった。



集合時間よりもちょっとだけ早く着いた。彼も同じ考えだったのか、先に待つつもりだったのにほぼ同時だった。



なんだか、おかしくて笑った。



それから先は楽しかった。そうとしか言えない。



射的ができなかったり、金魚すくいが妙に彼がうまかったってことだったり。



あと、花火もエモかったかも。とにかく、とにかく楽しかった。



その後、街道の喧騒から逃れて私たちは二人で途中まで帰った。



家が分岐するところで、じゃあ、って別れようとした。



そんな時、私の中のいじわるな部分がひょっこりと顔を出して私を誘惑してきた。



もう終わり?



それじゃ、つまらないよ。



そう思ってしまった私は、これからもう金輪際やらないし、言わないことを考える。



はずかしい。やばい。無理かも。だけど、



「家まで……送って」



今夜だけ



今夜だけ、満たされたい。



上手な誘い方なんて私は知らない。



別に変なことがしたいわけじゃない。



大事にされて、ぎゅっと抱きしめて欲しいだけなの。



欲張りかもしれないけど、ごまかすようにキスをして欲しい。



求められたい。



ああ



もっと激しく。




私を。





もっと。








ひどく濡れて、熟れて、爛れて、淫らな、そんな一夏の夜だった。

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熟蜜柑 暁目和暉 @1301095

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