03 天竜

 レイナードは恥辱ちじょく排尿はいにょうを済ませ、汚れた顔を袖で拭いてから、再び地竜の背に乗った。


 ディアナは気分良く鼻歌を歌う。レイナードはもう何も言わず、黙って前方を見つめる。


 地竜はゆっくりと歩く。背に乗れば、一歩ごとに大きく揺れ動くが、下を見ていた時よりはマシだった。しかし、緊張感で吐き気は耐えない。


ディアナ「見ろ、もうじき天竜の滝だ」


 川沿いに作られた竜の道。その先には切り立つ崖が遠くに立ちはだかる。成人のパレードを前にしたレイナードは、この地に初めて踏み込む。荘厳な自然の景色に息を呑む。


レイナード「…天竜は、本当にいるのか?」


ディアナ「なに? まだビビってるの?」


レイナード「ビビってないと言ってるだろ」


ディアナ「こんなとこにいるわけないって」


レイナード「俺をたぶらかすな。

      何度かここに来てるはずだ」


ディアナ「ひとの言葉を操り、

     竜を殺す力を持つ。

     そんな伝承なんて作り話だ。

     それじゃああなたたちの国なんて、

     あっと言う間に滅んでる。

     竜をまつる民たちが、

     いましめに作ったんだろ?

     竜に悪さしちゃダメだ、

     って具合に」


 人も踏み込めない巨大な崖から、流れ落ちる天竜の滝。瀑布ばくふが作る一本の巨大な線が、生命のようにも見え、人々は畏敬いけいの念でそう呼んだに過ぎない。


レイナード「不信心者め」


ディアナ「あのな。私はここらで

     生まれ育ったからわかるんだよ」


レイナード「こんなところで?」


 植物さえもてつくような環境で、にわかに信じがたいことを言った。


 真冬であれば、このあたりで一夜を明かすこともままならない厳しい環境。


ディアナ「それじゃあ

     竜に育てられたなんて

     言ったところで信じないだろ」


レイナード「こいつに?」


ディアナ「スピナーは私のきょうだい。

     ほかにも居たけど覚えてない」


レイナード「信じられるか…」


ディアナ「言っただろ。

     信じなくていい。

     竜と民にかしずくのが

     あんたら王族の役目だ」


レイナード「くっ…逆じゃないか」


ディアナ「あんたは成人し、これから

     数十万の民と竜たちの

     命を預かるんだ。

     天竜なんてもんは

     気休めに過ぎない。

     まあ、自分の治める土地を

     見限るんであれば別だけどな」


レイナード「好き勝手言ってくれる…」


 天竜はただの巨大な滝でしかない。見上げた滝にレイナードは白い息を吐いたが、伝承どおりの竜など存在せず、肩透かしを食う。


ディアナ「ふひひっ。

     おかげで気休めにはなっただろ」


レイナード「自分の小ささが身にしみる」


ディアナ「愚息ぐそくの話か?」


レイナード「違う! 断じて違う!」


 ディアナはレイナードを背から降ろし、竜屋を出る前に積んだ荷物を降ろす。


ディアナ「さぁ、ごはん食べたら

     さっさと帰るぞ。

     レイナード」

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