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 週が明けて月曜日の朝。

 いつもの電車のいつもの車両で彼女が乗車して来る駅に到着する。

 日埜の不死殺しが完了したのが木曜日。すぐに伊那さんと会って喜んでもらいたかったけど、日埜に襲われてから俺たちに相談するまでの数日間でやつれてしまった自分を戻したい、と言われたのでまだ会えていない。

『お礼は直接言いたいから、また月曜日ね』

 と、メッセージをもらったと言うわけだ。だから、駅のホームに入って降車して行く人々を見ながら、どんどんと緊張が高まっていく。

 れっきとした彼氏彼女の関係なのだが、なんだか一方的に一目惚れした時に戻ったような気持ちだ。

 そして、次々と乗車してくる学生もしくは労働者の方々。

 その中に、彼女がいた。


「おはよ、禍津君」

「お、おは、おはようごじゃいまひゅ」

「なんでそんなに噛み噛みなのよ。まだどこか変?」

「いえ! いつも通りお綺麗です!」


 俺の声が大きかったのか視線が集まってしまう。やばい、と思った俺は謝るも、


「電車内ではお静かに」


 純然たるマナーを彼女から言われ、俺は黙ってしまった。

 そして、電車が動き出す。

 隣のつり革に掴まる伊那さんは文庫本に目を落としている。いつものラノベだろうか。

 そんなことを気にしたり、後でどう謝ろうかと色々考えていたら、もう電車は目的の駅に到着した。

 先に降車する伊那さんの背後を歩き、ホームから改札へ向かうエスカレーターに乗っている間も伊那さんは振り向いてもくれない。

 あまり目立ちたくない伊那さんに対してあんなことをしてしまったのだから、相当怒っているのかもしれない。

 しかし、改札を抜けてやっと彼女は振り返ってくれた。


「おいで」


 女神のような微笑み。

 ワンワン! と、尻尾を振る犬のように俺は伊那さんの後ろに続く。

 そして、いつも話していた駅構内の端にある壁の前に着いた。


「さてと、禍津君」

「は、はい!」

「ありがとう。大好きよ」


 感極まるとはこのことだろう。


「俺も大好き――、わぷっ!」

「また大きな声で恥ずかしいこと言おうとして……」


 気持ちが昂り過ぎたところを伊那さんの綺麗な手で口を覆われた。

 いい匂いがする……。

 なんて俺が思っていることなんて露知らず、俺が落ち着いたと判断してくれた彼女が手を離した。


「今回は嘘じゃなかったね。ニュースでも確認したし」

「うっ……、前は仕方なく……。今回はちゃんと……」

「わかってるよ。からかっただけ」


 えへへと笑う彼女がいつも以上に可愛いと思ってしまう。大人びた美人で可愛いなんて、世界を征服できるのではないだろうか。などと、隣で一緒に壁にもたれ掛かっている彼女の美貌に、心の中で賛美を送る。

 伊那さんが言ったニュースとは、連続殺人犯である日埜が不死殺しによって死亡した、と言うものだ。

 日埜を殺した後、俺はその灰をいくらか持って機関へ提出した。その灰の鑑識結果で日埜のものであることが確定し、世間にも日埜の名前と事件が解決した旨が伝えられたと言うわけである。

 もちろん、伊那さんが不死者であることは母さんと雨乃さんと炭櫃さんと千代しか知られていない。……名前を列挙すると多そうだけど、『不死者であることを家族にバレたくない』という願いは守られている。

 そのついでに『正気を失うのが怖い』と言う彼女の懸念についてだが、まだ成功例は少ないけど、不死者が正気を失う原因となる脳で分泌される成分を抑える薬が開発されたそうな。それはまだ機関の極秘情報なので、伊那さんであっても教えてあげることはできない。しかし、近い将来そのことで安心してもらいたいと思っている。そうすれば『不死者を迫害する鴻家』も軟化してくれるかもしれない。あくまでも希望的観測だけど。


「そういえば、学校の期末テスト休んじゃったけど禍津君は大丈夫?」

「ああ、母さんが家の都合と言うことにしてくれたから追試を受けることになりました。だから今日はテストを受けて帰るだけです」

「ふーん、ちゃんと勉強はした?」

「ま、まあ、それなりには……。伊那さんは大丈夫なんですか?」

「私は見込み点で評価されるみたい。まあ仕方ないかなって」


 先週学校を丸々休んでしまった彼女だが、事情が事情だからな。かと言って、それを先生方に言うわけにもいかず、体調不良で休んだと言うことになっているらしい。


「じゃあ、そろそろお互い学校に行かないとね。あと、禍津君」

「なんでしょう?」

「今週の土曜日と日曜日の予定を空けておいてね」

「もちろんです!」


 一瞬でデートのお誘いと判断して俺は即答した。それが可笑しかったのか、伊那さんは笑顔を見せ「また明日ね」と挨拶をしてから乗り換えの改札の方へ行ってしまった。


 ♢


 帰り道。

 テストは午前中で終わるので割と好きな期間だ。特段勉強が苦手で赤点課題をしなければならないというわけでもないし。

 そんないつもと違う時間帯だと言うのに、この人は当たり前のように言う。


「やあ、聖君。偶然だね」

「こんにちは、タチバナさん」


 いつも通りのチャラそうな金髪の青年。端から見たら俺がカツアゲされいるように思われるかもしれないな、と今更ながら思う。


「調子はどうだい?」

「……一人、殺しました」

「そっかー。残念だけど、キミの境遇を考えると仕方ないね。どんな不死者を殺したんだい?」

「連続殺人犯の不死者です。なかなかに苦戦しました」


 そう言うと、先ほどまで残念そうにしていたタチバナさんが大笑いする。


「あははは! そうなんだ! それは、心次郎君なら絶対受けない依頼だねえ」

「どうでしょう……。俺は大好きな彼女を守るためにその不死者を殺したので。たぶん、父さんも母さんを守るためなら俺と同じことをすると思います」

「うーん、それもそうだね! 禍津家はそういう子たちばかりだから」


 千代も言っていたが、先祖代々お人好しの家系と言うことだ。不死殺しだけでなく、そういうところも脈々と受け継がれているのは本当らしい。


「またタチバナさんに会えたら訊きたい事があったのですが」

「うん、良いよ。何でも訊いてくれ」


 大雑把で適当な性格なタチバナさんだけど、今の世の中に色々思うところがあるのはこの間の会話で知れた。その延長の話をする。


「不死者を増やすことは止めないんですか?」

「んー、それは自分に『死なないんですか?』って言っているのと同じだね」

「えっ、いや、そういうつもりじゃ……」

「わかってるよ。でも、そういうことなのは本当だ。『不死者を生み出す神』が不死者を生み出すのを止めたら、それは自分の存在意義が失うということだから現世に留まれなくなってしまう。すなわち、人間で言うところの〝死〟だ」


 タチバナさんはタチバナさんで俺は好きである。見た目はこんなだけど良い人――、良い神なのだから。そんな方に死んで欲しくない。だから、それ以上何も言えなくなってしまう。


「すみません、変なこと言っちゃって」

「良いよ、気になったことは何でも訊けば良い。聖君になら答えられることは何でも答えるよ」


 いつの間にそんな信頼されてしまったのか。嬉しいことではあるけど。


「じゃ、じゃあもうひとつだけ質問良いですか?」

「どうぞどうぞ」

「不死者が生まれるのはタチバナさんがいるからですけど、不死殺しはどうして存在するんですか?」

「ほほう、いい質問だね」


 感心したように頷いてくれた。神様に褒められるのは良い気分だ。


「それも自分のせいだろう。不死者がいるから不死殺しもいる。コインに表があれば裏もあるようなものだよ。そんな感じかな」

「は、はあ……」


 わかったようなわからないような。まあ、こちらはふと思った疑問なので、後々理解すれば良いだろう。


「じゃあ、お仕事頑張ってね。いや、ほどほどに頑張ってね、ということにさせて欲しいかな」

「はい……、少しずつ頑張ります」


 俺がそう答えると、タチバナさんはにこりと笑顔を見せてから、どこかへ歩いて行った。


 ♢


「ただいまー」

「あっ! ひーちゃん、早く来て来て!」

「えっ、どうしたの?」


 帰宅して早々、リビングから母さんが俺を呼んだ。言われた通り玄関に通学鞄を置いて靴も適当に脱ぎ散らかし急いで向かうと、スマホを片手にした母さんが俺に画面を見せてくれた。


「あっ、父さん」


 そこに映っていたのは世界を巡る旅に出ている父さんの顔であった。どうやらテレビ電話で繋がっているらしい。


「おー、聖。久しぶり。大きくなったか?」

「そんな三ヶ月やそこらじゃ変わらないよ」

「『男子三日会わざれば刮目して見よ』って言うだろ? 父さんにはわかるぞ。お前はすごく成長している」

「……母さんに聞いたんでしょ」

「あっ、バレたか」


 楽しそうに笑う父さん。元気そうで何よりだ。


「じゃあ、バレたついでに言うとな、聖の好きなように生きれば良い。禍津家のことは気にするな。子孫が絶えたとしても問題ない。俺も、母さんや聖に無茶を言ってこんな好きなことをさせてもらっているぐらいだしな」

「まあ、それはまだまだ先の話だけど……。そうなるかもしれないって言うのを知っていてもらえたら……」


 不死者は繁殖ができない。

 だから、このまま伊那さんと結婚できたとしても子供を授かることはないという話だ。


「ああ、気にしなくても良いぞ。父さんはな、色んな不死者の人たちと関わって思ったんだ。やれることはやれるうちにやっておかないとな、って。だから、聖も後悔しない人生を生きてくれ」

「うん、また父さんが帰ってきてくれた時にもっと話がしたいかな。〝代理〟から〝正統〟な不死殺しとしての心得とか」


 俺がそう言うと、何故か父さんのみならず、母さんも涙ぐんだ目になる。


「そうだな……。それまでにたくさん経験を積んでおくんだぞ」

「わかったよ。いつ父さんが帰ってきても良いようにしておくから」


 そうして俺は自室へと向かう。母さんのすすり泣く声を耳にしながら。


 ♢


 で、自室の扉を開けると、


「おかえり」

「……ただいま」


 当たり前のようにブランド服に身を包んだ幼女の千代がくつろいでいた。今日はテレビの前ではなく、俺のベッドで寝ころんでスマホをいじっている。


「今日はどうしたんだ?」

「別に――、ああ、そうそう! この前、聖が引いてくれたキャラが今回のイベントで大活躍してるの! 時には引いてもらう相手を変えてみるのも手ねー」


 またあの日のように千代が興奮する。

『最高レアリティのキャラが引けなければ私を殺せ』とまで言われ、俺は仏にすがりついてガチャを引いた。その結果、千代がやっているソシャゲ内で新規の最重要キャラを俺は引いたらしい。抱きつかれて頬にたくさんキスされたぐらいだ。余程嬉しかったのだろう。

『まあ、どっちにしろ出るまで回すつもりだったけどねー』と冷静になられたのは結構心にダメージを負ったけど。

 でも、今日も感謝されているぐらいだし、喜んでもらえたのは確かなのだろう。


「なあ、千代。俺があの時、ガチャで良いのが引けなかったらお前は本当に死ぬつもりだったのか?」

「はあ? あんなの嘘に決まっているじゃない」

「なっ⁉」


 あれだけ感動的なセリフを吐いておいて、腹の中ではそんなことは微塵にも思っていなかったのか! と、言おうとしたが、


「でも、殺されるなら聖が良いかな。禍津家も終わりみたいだし」

「……その話はさっき下の階で父さんと電話で話したけど、好きにしろって言われたよ」

「そりゃ、心次郎ならそう言うでしょうね。だから〝終わり〟って言ったのよ。それともその大好きな彼女とは別れるつもり?」

「全く以ってそんな気持ちはこれっぽっちも微粒子レベルでも存在してない」


 キッパリと言ってのけてやると、幼女にため息を吐かれる。


「まあ、熱々で良いんじゃないの。だから、聖が不死殺しを辞める時、最後の相手は私にしてね。予約しておくわ」

「……うちは予約できないから」


 そう言って誤魔化すのが精一杯であった。俺が千代を殺したくないことなんて、当たり前のように見抜かれているのだろうけど。

『不死者には不死者の感覚があるからそれを汲み取ってあげることが大事』と、炭櫃さんに言われたことを思い出す。

 自分の部屋のようにくつろいでいるこの幼女にも、不死者特有の感覚があるのだろう。不死者の中でも一癖も二癖もある千代の気持ちを理解できる日なんて来るのだろうか。

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