18~24

 18/


 山の中腹部に位置する小さな広場。

 長年使われていない建物がそばにある。もちろん昔は何かに使われていたのだろうけど、今は大した手入れもされておらず廃墟のようだ。

 時刻は夕方頃。とは言っても七月なのでまだまだ明るい。

 しかし、この時間から山を登ろうと言う登山者はいないので人気がない。なので、俺にとってうってつけの場所だ。


 ※19/


 都市から車で二時間ほど離れた郊外。高い山々が連なっていて家もぽつぽつと建っているだけなので、もう田舎と言っても良いだろう。

 大した手入れもされていない山道を登る。

 ――本当にこんな所に『不死殺し』がいるのか?

 だが、不死殺しは存在が知られていても実態は明らかではない。わざわざ依頼者をこんな山中に呼び出してもおかしくないか。

 それに、あの『不死者』であるガキの言うことを疑うわけでもない。

 俺は気が触れているらしいから何度も行っているが、不死者とは言え自分の首を掻っ切るのは覚悟がいる。それを、あのガキは俺の目の前でやってみせた。


『同じ不死者として頼みたいの』


 俺の名前は出ていないが、存在はニュースで大々的に報道されている。しかし、どこからか俺の居場所を知ったあのガキは俺に懇願してきた。

〝正義の味方〟である俺に『不死殺し』を殺して欲しいと。

 俺を警察に突き出すのではなく、不死者として共通の敵である不死殺しを殺すために、あのガキは奔走していたらしい。一般人もマスコミも見つけることができない不死殺しを見つけて来るぐらいなんだから、俺の居場所を知るぐらい容易かっただろう。

 俺自身が不死者と気づいてから半年ほど経った。

 俺は子供の頃からいじめや差別が大嫌いであった。だから『不死者が迫害されるこの世は間違っている』という思いも当然持っていた。そんな俺が迫害される立場になってしまったのは、ある意味予感のようなものだったのかもしれない。

 やはり俺は特別な人間だったのだ。

 その特別な俺は〝正義の味方〟となった。

 そして、今日。

 謎に包まれている不死殺しを殺すことによって、さらに俺を語るページが増える。

 例え、国家指定ではない不死殺しであったとしても、その手で何人もの同胞を殺したのは確かだ。迫害され死を選ぶことしかできなかった不死者。そんな同胞を減らすためにも、不死殺しの数を減らしておかなければならない。そうすることによって迫害を受けた者たちが安易な死を選ばなくなり、俺の仲間となってくれるはずだ。そうして仲間を増やしていけば、やがてはこの国の根幹を変える大きな力になる。

 それを導くのが俺の役目。

〝正義の味方〟であり、不死者たちの〝英雄〟となることが、特別な人間である俺に与えられた使命なのだ。


 ♢


 そして、山の中腹部にある広場に到着する。

 そこ居たのは中学生か高校生ぐらいのガキだった。


「こんにちは。ご依頼された方ですか?」


 はっ、まさかこいつが不死殺しか。

 それを見極めるためにも話をしなければならない。


「ええ、そうです。お若いようですけど、本当に〝あなた〟なのですか?」

「ははっ、よく言われます。でも、使いの者でもなく確かに〝本人〟です。ご依頼内容が『特別隔離地区に移送されるので殺して欲しい』とのことでしたので、俺が直接出てきました。機関から発行される証明書をお持ちとのことですので、それを確認でき次第、実行させて頂きます。証明書を拝見しても?」


 証明書とは俺が不死者である証明をするためのものだ。あのガキの不死者によると、不死者であることを証明するものがないとすぐには不死殺しは動かないらしい。どうやらあのガキも長年不死者をやっていることだけあって、相手を欺くのが上手いらしい。事実としてこうして目の前に不死殺しがいるのだ。見た目は幼い女だが、参謀として俺の下に置いてやっても良いぐらいだ。


「はい、後ろポケットに入れてますので今出します」


 そう言い、俺は背中腰に手を回しながら不死殺しに近づく。

 間合いに入ったところで、俺は鞘からサバイバルナイフを抜き取って突き出した。


 20/


 山道の下から男が登って来た。

 こいつが日埜か。

 雨乃さんほどの身長はないが、元自衛官らしく体格が良い。取っ組み合いになれば勝てる要素はないだろう。伊那さんの言っていた通りだ。


「こんにちは。ご依頼された方ですか?」


 待ち構えていたのを悟られないよう、俺はそれとなく話しかけた。


「ええ、そうです。お若いようですけど、本当に〝あなた〟なのですか?」


 俺が本物の不死殺しか疑っているのだろう。そう疑問を抱くのも仕方がない。

 包み隠さず全てを知っているというように俺は言う。


「ははっ、よく言われます。でも、使いの者でもなく確かに〝本人〟です。ご依頼内容が『特別隔離地区に移送されるので殺して欲しい』とのことでしたので、俺が直接出てきました。機関から発行される証明書をお持ちと言うことですので、それを確認でき次第、実行させて頂きます。証明書を拝見しても?」

「はい、後ろポケットに入れてますので今出します」


 そう言い、日埜は右手を後ろに回しながら俺に近づいてくる。

 ――間違いなく武器を取る仕草だ。

 そして、俺を間合いに捉え、先が鋭く刃渡りの長いサバイバルナイフで俺を刺しに来た。


 ※21/


 完全に不意を突いたはずであった。

 しかし、この不死殺しのガキは俺の攻撃をいなすと、すぐさま反撃として拳を腹部に叩き込んで来た。


「ぐっ⁉」


 一撃で決まると思っていた俺は呻いてしまう。油断していたとは言え、こんなガキの攻撃に怯んでしまった。

 そこを狙われ、俺の脚にローキックを叩きこまれた。所詮はガキの力だが、格闘技の心得がある奴の攻撃だ。的確にダメージを与えられる箇所を突いて来る。


「この野郎!」


 生意気にもさらに追撃をかけてくるガキにナイフを大きく振る。それはさらりとかわされたが、元から当てるつもりで振ったわけではない。一時的にでも距離を空けるための攻撃だ。

 そして、ナイフの切っ先を相手に向けて戦闘態勢に入る。ガキも構えを取った。

 まさかと思うが、


「お前……! 俺を嵌めたな……!」


 そうとしか考えられない。いくら不死殺しと言えど、こんな簡単に俺の不意打ちを避けて反撃できるはずがない。


「何のことかわからないな」

「とぼけやがってクソガキがあ!」


 相手は見たところ武器は持っていない。ならば体格とナイフのリーチの差で俺に大きく分がある。見た目はただのガキだが、不死殺しなのは間違いない。俺は不用意に近づくのは危険と判断した。

 どうやって不死者を殺すのかはわからないが、今の一瞬で俺を殺せなかったことから考えるに、すぐに殺せるわけではなさそうだ。

 なら、この戦い方が最適である。


 22/


 逃げられることも想定していたが、〝正義の味方〟を自称するだけあってその選択肢は選ばなかったらしい。

 日埜は俺の攻撃が届かず、且つ、自身のナイフの刃が俺に届く距離を保ちながら攻撃を繰り返してくる。こちらが距離を詰めれば日埜は下がり、俺が距離を取れば詰めて来る。近接戦闘に精通しており、それを扱うための訓練を受けた者の動きだ。

 俺が不死殺しだから相手は警戒しているのだろう。そうでなければ、体格で大きく劣っている俺は今頃組み伏せられてナイフでめった刺しにされている。

 日埜の攻撃をかわした瞬間に足を狙ってみるも、瞬時にそちらにナイフを向けられて俺の攻撃は封じられていた。

 この間、炭櫃さんはナイフを持って駅前で暴れる不死者に対し、初撃で前蹴りを喰らわしていた。それがナイフを持つ者と素手で相対した時にできる最善の攻撃方法だ。しかし、もちろん日埜もそれを承知しているだろう。俺にそんな攻撃をさせる隙を一切与えてくれない。

 それでも、母さんや雨乃さんならあっという間に倒してしまうんだろうな、と思ってしまう。しかし、その助力を断ったのは俺自身であり、一人で成し遂げると誓った。

 俺は必ずこの男を殺す。


 ※23/


 確実に俺が優位に立っている。

 しかし、決め手がない。

 このまま持久戦になったとしても勝てるはずだが、こいつが俺を嵌めたとしたのなら、どこかに仲間が隠れている可能性もある。俺がナイフを出してすぐに出てこなかったので、確率としては低いかもしれないが用心に越したことはない。

 早めに目の前のガキだけでも殺してこの場から離れるのが得策だろう。

 俺はわざと隙を作るようにナイフを大きく振った。案の定、ガキはそれに乗じてそこを狙い飛び込んで来た。だが、俺の重心はまだ後ろに残っている。不意打ちを喰らったせいでこいつを買い被っていたようだ。所詮はガキだ。


「オラァ!」

「ぐふ――!」


 軸足を回転させて回し蹴りをガキの腹に叩き込んでやった。モロに入った一撃に奴は後ろに転んで胃の中のものを苦しげに吐き出している。


「うう……!」


 そうしてガキは退路を求め逃げ出した。下るための山道は俺の後ろだ。逃げるなら山中に飛び込むべきなのだろうが、あろうことか廃墟の中に逃げ込んで行く。

 先ほどの蹴りで意識が朦朧となって正しい判断もできなくなっているらしい。俺としてはありがたい話だ。

 不死殺しを殺すためにその後を追って廃墟内に入る。

 外と比べかなり薄暗い。コンクリートの床があちこちで割れており、天井は崩れ落ちていて二階の天井が見える箇所もある。

 あのガキはこの地形を利用してまた不意打ちを喰らわして来るのかとも思ったが、奴は奥の壁にもたれ掛かって座り、荒い息を吐いている。


「クックック、苦しいか? なら、〝正義の味方〟である俺が〝粛清対象〟であるお前に情けをかけてやろう」


 ナイフを逆手に持ち替えて一歩ずつガキに近づく。

〝正義の味方〟というのは慈悲深い。悪を相手にしたとしても、苦しまずに殺してやるものだ。先ほどの蹴りで咳き込んでいるガキを楽にしてやろう。


「死ね!」


 ナイフを振り下ろすために大きく踏み込んだ。『パキッ』という音が廃墟内に響いた音を聞いた後に、俺は片足を引っ張られて床に転んでいた。


 24/


 息がしにくい。

 日埜を油断させるためとは言え、まともに攻撃を喰らわないといけないと言うのは俺の力不足の証だ。

 だが――、その甲斐あって俺の作戦は成功した。


「この野郎があああああああ! くそおおおおおおおおおお!」


 日埜が手にしていたサバイバルナイフで〝己の足を縛るワイヤー〟を切ろうとしたところを、俺は素早く立ち上がってナイフを蹴り飛ばした。


「があああああああ! ぐあああああああああ!」


 猛獣のように吠えながら拘束された片足を力一杯振り回している。しかし、いくら力のある日埜であっても天井の梁に掛けられた金具が鳴るだけだ。

 俺は床で暴れる男の顔を思いっきり蹴り飛ばした。いくらか歯が辺りに散らばった。


「ぐがあ……! いてえ……! いてえよお……!」


 今、日埜を縛っているのはかなりの重量に耐えれる黒いワイヤーだ。それを巻き付けるために設置したのが『くくり罠』。母さんが狩猟に出かける際に使う物を拝借した。明るい場所なら梁に伸びるワイヤーに気づかれたかもしれないが、ここが薄暗いこともあるし、日埜も俺を殺すことだけを考えていて見事に掛かってくれた。

 これが、幼い頃から母さんに教えを受け、俺一人で日埜を倒せる限られた手段のうちのひとつであった。

 口から血を流す日埜に向かって俺は言う。


「お前に殺された人たちも同じ思いをしたんだ。いや、あんなでかいナイフで刺されないだけマシだと思え」


 本当はこいつに伊那さんと同じ目に遭わせてやりたかった。しかし、それでは俺もこいつと同等まで堕ちてしまう。


「俺は、〝正義の味方〟なんだ……! こんな所で死ぬわけにはいかないんだ! 俺は選ばれたんだ……。この世を正すために不死者となって悪を滅ぼせとな!」


 もう一度、俺は思いっきり日埜の顔を蹴る。こんな奴でも傷つけるのは抵抗があるのは、俺がまだ〝弱い〟からなのだろうか。

 鼻と口から大量の血が流し、日埜の動きが止まった。そろそろ終わらせよう。


「人が人を、迫害するなんておかしいだろ……。例え、不死者であっても……、人だ……。そいつらを、守って、何が悪い……」


 呟くように言うその声は俺を責めているのだろう。だからこそ俺は答える。


「お前の〝正義〟は間違っていないのかもしれない。ただ〝手段〟を間違えただけだ」


 仰向けに倒れている不死者の胸の上に手を置く。

 俺の手が日埜の服や皮膚、筋肉や骨を透過し『心臓を掴んだ』。


「〝滅〟」


 日埜の体があっという間に黒い灰と化す。人の形をしていたのは一瞬のことで、すぐにボロボロと崩れて服だけが残った。

 父さんから学んだ『禍津家流不死殺し』。それを俺は初めて実際に使った。

 気分としては、あまり良くない。

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