第五話


               五

 


 次に神希成魅が登場したときは、さすがにマスクはかぶっていなかった。

 ジャージからオフホワイトのワンピースに着替えている。

 植木は依然として着席したまま、その様子を眺めている。さきほどの一人コントを見せられたときには、もう帰ろうと思ったのだが、せっかくチケット代を払ったのにここで離脱するのも業腹だと思い直したのだ。

 神希は、「フルートで、世界一美しい音色を奏でま~す」と高らかに告げ、左手に持っていたフルートを口元に添えると、しばらくの間を空けた後、おもむろに演奏を始めた。

 ところどころ音を外したり、失敗した場所に戻ってもう一度繰り返すなどをしながら、不屈の精神力とでも言うべきか、「星に願いを」、「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」、「アメージンググレイス」の三曲を披露に及んだ。

 続いて、料理コーナーに移ると、「ふわっふわっの世界一おいしいオムライス、作っちゃいます!」と自信満々に宣言したが、具材はすでに調理済みで、要はチキンライスを卵でくるめば完成という状態で始まった。

 あぶなっかしい手つきでフライパンに卵を流し込み熱した後、半熟状の卵の上にチキンライスをのせ、卵の下に差し込んだフライ返しをゆっくりゆっくりと持ち上げてチキンライスにかぶせていくのだが、案の定というべきか、卵は破けてしまった。

 すると、まったく慌てる素振りもみせず、卵とチキンライスを分離。新しい卵をフライパンに注ぎ、しばらくして半熟になった卵をそのままチキンライスにかけて、一言。「とろっとろっの世界一おいしい半熟オムライスの完成で~す」

 来場者の注視を浴びる中、出来上がったオムライスを一人でたいらげると、「ごちそうさまでした!」と行儀よく両手を合わせながら満足そうに言って、再び深く一礼した。

 演奏や料理をしながら、アイドルがドジを繰り返す。これだけなら、巷のバラエティー番組でよく見かける光景だ。

 だが、神希が普通のアイドルと一線を画しているところは、そう、確かにマスクは装着していないものの、顔面がストッキングに覆われていた(ご丁寧にも、口の周りだけ、くりぬかれてある)。

 後ろに控える黒子姿のスタッフがそのストッキングを吊り上げているから、顔の皮膚が全体的に引きつりひどく不格好である。

 その格好のまま、演奏と料理を続けた神希は、終始ストッキングを持っていた黒子と一緒にステージ袖へと退場していった…

 植木の全身を猛烈な虚脱感が襲い、もはや立ち上がる気力さえ失われていた。

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