我、魔王が命じる!

十五夜しらす

第一話a

 近所のクソガキたちの声で目が覚めた。こんな朝から、ワー、キャー、と騒ぎ散らしているのだから殴り飛ばされても文句を言えないだろう。そうすると奴らは文句を言う代わりに泣き喚くだろうからどっちにしろめんどくさい。


「トーポ爺さんは何やってんだ……。こういう時のためのカミナリジジイだろうに……」


 ベッドから起き上がって俺はよろよろとカーテンが閉まった窓の方へ歩く。

 最近どんどんと頭痛がひどくなっている。まあ、寝起きをピークにしばらく経つと収まるんだけど。でも気持ちよく寝た後に苦痛が待っているんだからストレスの他ない。その上子供の甲高い声で起こされたとあったらたまったものじゃない。

 俺の平和のため直々にクソガキたちを教育してやるか……。

 とりあえず一発窓から怒鳴ってやろうとカーテン勢いよく開いた。すると、


「ぐわああああああああああっ!」


 思っていた何倍以上の光量が目に飛び込んできて俺は床を転げ回った。頭痛だけでなくさらなる刺激を受けてしまい大ダメージである。

 しばらく悶えてからなんとか立ち上がってそのまま窓を開くと柔らかい風が部屋に入ってきた。


「あっ、穀潰しのサクトだ!」

「ほんとだ! こんな時間まで寝てたんだよあれ!」

「寝癖だけは一人前だー!」


 と、同時にクソガキたちが俺を指差しあざ笑う。


「うるせー! お前らも似たようなもんだろ!」


 眩しさで目を細めながらも怒鳴ってやると、クソガキたちはキャッキャッと楽しそうな声を上げながら家の前から去って行った。


「くそっ……、もう昼か。トーポ爺さんが役に立たないはずだ」


 燦燦と空で輝く太陽に向かって恨み言を呟く。遠くを見ると畑で働く大人たちの姿が見えた。


「……寝直そ」


 窓を開けたままカーテンだけ閉めて俺はまたベッドで横になる。クソガキたちがいなくなれば俺を起こす者はいない。半年前までなら夜明けとともに母さんに叩き起こされて畑仕事に行かされていたけど。


 ※


 薄暗い空間。周りには何もない。

 何故かここが夢の中だとハッキリわかる。


「サクト――、聞こえるか、サクトよ」

「⁉」


 腹の底に響くようなおぞましい声に俺はギョッとした。だが、キョロキョロと見回しても何もない空間が広がっているだけだ。


「返事をしろ。聞こえているのか」

「……聞こえている」


 正体のわからない何かの存在に本能が恐怖し冷たい汗が流れる。夢の中とわかっているけど現実と変わらない五感を持ったままなので緊張感が半端ない。

 そして、俺の返事を受けた相手は――、


「本当か⁉ やったぞ! 成功だぁ!」


 おぞましい声にとてもつもなく似合わぬ喜び方をした。俺は呆気にとられ緊張していた体から力が抜ける。


「よ、よし……。サクトよ」


 しかし、そんな俺の反応に気づいていないらしく、声の主は何事もなかったかのように再び威厳を持って俺の名前を呼んだ。


「我は魔王グレア。全ての魔族を統べ、お前たち人間を滅ぼすもの也」

「ま、魔王だと……!」

「ふふふ、そうだ! 恐ろしいだろう!」


 先ほどのこともあって恐ろしさは微塵もないのだが、とりあえずお決まりの反応をしてやると自称魔王は大変気分が良くなったらしい。もう少しお決まりを続けてやろう。


「一体魔王が俺に何の用だ⁉」

「ふはははは! 頭が高いわ! 平伏し命乞いをしろぉ!」


 テンション高いなこいつ。

 しかし本当に魔王だとしたら俺みたいな一般人は為す術もなく殺される。

 いや、夢の中だから大丈夫なのか?

 そう思うと相手の言うことを聞かなかったらどうなるのだろうという好奇心が芽生えた。


「一体魔王が俺に何の用だ⁉」

「くっくっく、お前にチャンスをやろうと思ってな」


 平伏せず同じセリフをもう一度言うと話が進んでしまった。俺の中でアリ程度の大きさには残っていた危機感が完全に消滅した。


「サクト、お前の村に勇者が訪れる。お前は我の手先となり勇者の旅を終わらせるのだ。そうすれば我々魔族が世界を掌握した後もお前だけ生かしてやろうぞ」

「俺が、魔王の手先に……」

「そうだ。何なら命を助けるだけでなく褒美もやろう。世界の半分とは言わんがのんびりと余生を過ごせる南の島をくれてやる。世話をする者が必要なら随時用意しようではないか。毎日をぐーたらに生きているお前にとって喉から手が出るほどの好待遇だぁ!」


 俺の生活スタイルが魔王に筒抜けとは世の中どうなってるんだ。でも、わざわざ俺を指名しているわけだから下調べされていてもおかしく……、いや、なんでただの人間で田舎者の俺なんだ?


「どうして俺を手下にしようと思ったんだ?」

「それはお前の村で暇そうなのがお前しかいなかったからだ」


 とても合理的な理由だった。オブラートに包むことなく教えてくれたことに涙が出そうだ。


「あとは我と波長が合いやすかったという理由もある。こうやって話すための調整に手間取ってしまったが、実際に接触したことがないことを考えればやはり相性が良いらしい。それに一度繋がってしまえば次からはすんなりだ」

「つまり……、俺に拒否権はないってわけか……」


 そもそもこいつは人間の脅威である魔王なのだ。俺が四の五の言っても、とてつもない力で洗脳なりできるだろう。目を付けられた時点でもう運命は決まっている。


「いや、嫌なら嫌で他を探すけど……。でもサクトほど波長が合う人間は簡単に見つからないから断られたら困っちゃうなーって……」

「おい、キャラを保て」


 あまりに弱気なのでツッコんでしまった。その声で女の子みたいな口調で喋られると脳が混乱する。


「ハッ、そ、そうだなしっかりしないと……。ふはははははは! さあ、額を地面に擦りつけながら首を縦に振れぇ!」


 難しいことを言いやがる。

 うーん、拒否しても無害そうだけどこの自称魔王が可哀想に思えてきた。俺が勇者をどうこうできるわけないけど、一目見てみたいしとりあえず頷いておくか。


「わかった。お前の言う通りに――」

「グレア様と呼べぇ!」

「……グレア様の仰る通りに致します」


 絶対こいつには頭を下げてやらねえと心に誓った。


「よし、では行けぇ! 従順なる我の手先サクトよ! 成果はまた夜に聞こう!」


 自称魔王が叫ぶと同時に浮遊感を得た。空間に白い光が差し込む。おそらく目が覚めるのだろう。

 段々と意識が夢の中から現実へ移って行き、


「やったー! これで勇者と戦わずに済むぞー!」


 遠くの方で大喜びしている女の子の声がわずかに聞こえたのを最後に俺は白に包まれた。


 ※


 ベッドから起き上がってカーテンを開けるとまだまだ外は明るかった。というか寝る前から大して時間が経っていないようだった。あれだけ濃厚な夢を見たというのに変な気分だ。


「……行くか」


 ただの夢と忘れても良かったが、可哀想な自称魔王と約束してしまったし。

 しかし、勇者がこんな田舎村に来るのだろうか。本当に訪れているのなら先ほどの夢は本当で自称魔王も本物魔王と考えても良いだろう。

 そうして俺は、とりあえず散歩でもしに行くか、という軽い気持ちで身支度をして家を出た。

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