転勤族の転校生
織田都合
第1話 20回目の転校生
「緊張してる?」
引き戸の取手を掴んだ先生は、心配そうにこちらを振り返った。
俺の転校歴を見ればそんな言葉は出てこないはずだが、会話によって少しでも緊張をほぐそうとしてくれているのかもしれない。
「いえ、慣れてるので」
「……そう。じゃあ、開けるわよ?」
扉の前で先生との短い最終確認を終え、いざ扉が開かれる。
ザワついていた教室の雰囲気は瞬時に静かになり、多くの視線と目が合った。
先導する先生に追随し、黒板の中心で立ち止まる。
先生は黒板にチョークで俺の名前を書き始めたので、自動的に全視線が俺に集まる。
名前が書き終わる間のこの静けさと気恥ずかしさはいつになっても慣れない。30人近くいるクラスメイトの興味津々の視線に俺はゾクッと体を震わした。
先生のチョークが置かれたのを確認して、俺は初めて口を開く。
「今日転校してきました。羽切成です。よろしくお願いします。」
少し緊張した笑顔を作り、軽く会釈する。
何度転校してもこのパターンは変えない。
転校生としての第一印象は“普通”が重要だと知っているから。
「高校生活始まったばかりですが、新しい仲間です。皆さん楽しいクラスにしましょうね」
高校生活が始まって2カ月が経過していた。
早い時期に転校できたのは、ラッキーだったと言えるが、それでも2カ月という時間が既に経っている。2カ月あれば、多くのグループはでき始めてる頃だし、部活動をやってる人ならクラス外の生徒との関係や先輩との関係も築き始めている頃だろう。
「それじゃあ、羽切君の席はあそこね」
先生は窓際の一番後ろの空席を指さす。
争奪戦が激しそうな席がポツリと空いていた。それを見るに、このクラスではまだ席替えというものは行われていないのかもしれない。
俺は多くの視線にさらされながら、まっすぐその席へと移動し座る。
すると前に座る男子が振り返って、「よろしく」と話しかけてきたので「よろしく」と返した。
恒例のご近所挨拶のようなもの。
重要なのはこの朝のホームルームが終わった後。
間違いなく俺の周りに人だかりができて、色々聞いてくる。
高校生活、俺はどういうキャラで行くかはもう決めている。そのために必要な答弁の脳内シュミレーションを開始した。
「久しぶり、羽切君」
――ん?
しかしすぐに脳内にエラーコードが割り込んでくる。
原因は隣の席に座る、少女のささやき声。
――久しぶり?
脳内の意思決定コードが“確認しろ”と“確認するな”を交互に出力している。
そのコードに従って、首がギコギコと隣を確認しようと1mm動いて、1mm戻るを繰り返す。
しかし最終的に“確認しろ”の意思決定が優勢になり、俺はその決定に従って、首と視線を移動させ、隣に座る人影をその視界にとらえ、その姿を目で確認した瞬間――。
「う、うわぁぁぁぁっ?!」
がたんという大きな音と共に俺は地面に転げ落ちた。
やってしまった。
転校生が一番やってはいけない事。
目立つこと。
目下のところ、俺はそれどころではなかった。
隣にいたのは、見覚えのある少女の姿。
教室内は爆笑に包まれていたが、俺の脳内ではエラーコードが乱発していた。
何故なら俺は、彼女を知っているのだから。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
俺――羽切成は転勤族だ。
小学校の時に13回。中学校で6回。
そして高校生になり、1学期の途中で早くも1回目。
単純計算にして半年に1度、親が転勤している。
その都度、俺も転校することになった。
多分、日本で一番転校を経験してる学生だと思う。
小学生の時の俺は、何度転校しても頑張って友達を作る努力をしたり、先生に目を付けられないような模範的な行動をしたり、女子と仲良くしたりとなんとか新しい環境に馴染むようと心掛けていた。
しかし、中学生になりその努力が無駄であることに気づいた。
積極的に友達を作っても、女子と仲良くしても、先生と良い関係を築いても、半年たって転校したら全てが無駄になる。
――どうせ、何をしても半年で終わる。
それに気づいた時、俺は一つの目標を立てた。
それは“1転校1キャラづくり”というものだ。
例えば、中学1年生の時は軽音部に入り、バンドマンキャラだった。
中学2年生の時は不良グループに所属して、不良キャラをしてみたり。
中学3年生では受験が近いこともあって、丸眼鏡のがり勉キャラ。
どんなキャラでも半年で終わり。
いくらでも失敗できるし、いくらでもやり直せる。
そうやって色んな仮面を被って、転校生人生を上手く送ってきた。
そんな学校を転々とする生活を送ってきて、ある日奇妙なことに気づいた。
それはいつどこに転校しても似たような女子がいるというもの。
雰囲気は毎回違うが、何となく見たことがあるくらいの感覚。俺みたいに何度も転校して色んな人と関わっていれば1人や2人似たような人はいると割り切っていた。ネットで調べたところ、心理学でこういうのをデジャブ現象というらしい。
これはただのデジャブ現象。
俺はそう思っていた。
思っていたのだが……。
「なあなあ、転校生君。さっき転げ落ちたのは、隣に座る鹿沼さんが原因かい?」
朝のホームルームが終わると、案の定すぐに俺の周りに人だかりができていた。
やはり男子の転校生には男子が興味津々に話しかけてくる。
ここでの受け答えは適切に言葉を選ばなければならない。しかし俺の意識はクラスメイトではなく、隣に座る女子にあった。
何が起きているのかがわからない。
似てるだけだと思っていたあの子は、全部同一人物だったの?
今まで話したこともないのに、なんで今回は話しかけてきた?
てか、あっちは俺の事ずっと認識してたの?
頭の中にクエスチョンマークが浮かびすぎて、まともに思考ができない。
「いや、その、ちょっと驚いただけで……」
これは事実だ。俺は本当に驚いただけ。
この時の為に昨日の夜から考えていた受け答えのシュミレーションが破綻してしまい、俺は行き当たりばったりの返答しかできなくなってしまった。
何の計画もない転校初日は小学生以来の事で手汗が噴き出てくる。
「あーんな転げ落ち方する奴初めて見たよ。でも、その気持ちもわかるぜ?」
うんうんと周りの男子は頷く。
どうやら隣に座る彼女は、クラスでも相当な人気者らしい。
確かに整った顔つきで愛想もいいし、華奢だが制服を押し上げる胸も結構あるし、黒髪に銀色のインナーカラーもまた斬新的で魅力的だ。
というか、インナーの銀が本当の髪色でアウターの黒が染めている色なのだが。
校則の関係で表面上は黒髪にしているのかもしれない。
その後、クラスの男子と色々な情報交換をしていたら朝のホームルームの終了を告げるチャイムが鳴った。
1限の授業は理科。メインの黒板の横の小さな黒板には第一理科室と書いてある。
クラスメイトはぞろぞろと理科室への移動を始めていた。
「そういや、羽切は教科書とか持ってるの?」
話しているうちに自然と転校生君から羽切へと名称が変わっていた。
「職員室に取りに行かなきゃだな」
「1限は第一理科室だぜ、教室わかるか?」
「多分大丈夫」
「オッケー、それじゃまた後でな!」
そう言って、八木は仲間を連れて廊下へと消えていった。
教室が一気に静まった。
残されたのは俺と、隣の鹿沼さんだけ。
非常に気まずいので、俺は早めに立ち上がり廊下に出る。
授業開始が近いせいか、廊下に出歩く生徒は誰一人いない。
そして職員室までの道のりを歩き始めたとき、
「ちょっと待って、羽切君」
呼び止められた。
振り返るとそこにいたのは鹿沼さんだった。
右手で左の肘あたりを掴み、こちらをじっと見つめていた。
しばし目が合う。
10秒経っても何も起こらない。
時間が経つにつれて鹿沼さんの目が泳ぎ始める。
「ちょっと、二人で話せないかな……?」
1限の始まるチャイムが鳴った。
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