僕のまわりのヘンテコな人たち

天宮伊佐

魔法少女の真幌羽さん

新藤しんどうくん。ちょっと話があるんだけど、いいかな?」


ある日の下校時間。

夕暮れの教室で僕が帰る支度をしていると、クラスメイトの真幌羽まほろば紗莉さりさんが声をかけてきた。


「なに? 真幌羽さん」

僕は少し戸惑いながら返事をする。今年の四月から転校してきた彼女と会話をするのは、ほとんど初めてに近い。

「実は、折り入って相談があって……」

真幌羽さんはきょろっと辺りを一瞥してから、僕の机に近づいてくる。

「最近、町に新しくできたアミューズメントパーク、知ってるよね?」

「ああ、あのボウリング場とかカラオケとかゲームセンターが詰まったどでかいところだよね」

僕も一応は男子高校生の端くれなので、それくらいの情報は耳に挟んでいる。

「そう。そこのゲームセンターの一角にね、呪われたプリクラがあるらしいの」

「呪われたプリクラ」

そんな情報は耳に挟んでいない。

「そのプリクラで写真を撮ったら、どんな人間でもものすごく綺麗な顔になってプリントされるんだって」

真幌羽さんは大真面目な表情のままだ。

「ふうん。でも今のプリクラって、大体そういう機能ついてるんじゃないの?」

自動で小顔にしたり、目を大きくしたりしてくれると聞いているけれど。

「そんなあからさまな画像加工じゃなくて。本人の特徴をはっきり残しつつ、絶妙に自然かつ最高のアングルで綺麗な顔に撮ってくれるらしいの」

「ふうん」

すぐには想像しづらいけれど、生返事をする。

「それだけ聞くと良いプリクラに思えるけど、『呪われた』っていうからには、何か落とし穴があるんだよね?」

「そう。撮った人間は翌日には必ず、フルマラソンを完走したぐらいの疲労感と、泡盛のボトルを一本空けたぐらいの嘔吐感と、39℃を超える高熱に襲われるんだって」

「えっ。コストがリターンに釣り合ってなくない?」

「それが、そうでもないの。撮った写真はSNSなんかで映えるから、自撮り用に使う人がたくさんいるんだって。点滴を打って辺りに吐き散らかしながら通う有名インフルエンサーもいるとか」

「地獄みたいな光景だね」

そこまでして目立ちたいものなんだろうか。ちょっと理解できない世界だ。

「で、その呪われたプリクラと、僕への相談にはどんな関係が?」

「うん。実はね……新藤くんに、そのプリクラで写真を撮ってきてほしいの」

真幌羽さんは地獄みたいなことを言い出した。

「ええと、ごめん真幌羽さん。それはちょっと……」

「や、やっぱり……?」

僕が答えると、真幌羽さんはしゅんとした顔になる。

「39℃超えはきつい?」

「39℃超えはきついよ。というか、どうしてそんなヘンテコな相談をするの?」

「わたし、転校してきたばっかりだから友達いなくて……女子にはお願いしにくい内容だし……新藤くんなら人が良さそうだし、話しかけやすそうだなって……」

もじもじしながら、上目遣いに僕の顔を見てくる真幌羽さん。

「いや、僕を選んでくれた理由じゃなくて」

それはそれでちょっと嬉しいけれど。

「どうして他人を、わざわざ呪いのプリクラなんかに送り込もうとしてるの?」

「それは、たぶんだから調査のために……あわわっ」

真幌羽さんはササッと口元を押さえた。

どうやら口を滑らせたらしい。妖魔?

「真幌羽さん。ひょっとして……」

僕が訊ねようとした、その時。



紗莉さりちゃん、いちいち調べなくても、あんなの妖魔に違いないカニィ』

突然、真幌羽さんが抱えている学生鞄の中から、甲高い声が漏れた。

「ひゃっ」

真幌羽さんは跳びあがった。

『あのアミューズメントパークからは強いアゴニージュエルの気配を感じるカニィ。まどろっこしいことしてないで、さっさと現場に攻め込むカニィ』

「ちょ、ちょっとカニヤン。今は人がいるんだから喋っちゃダメ!」

わたわたしながら、ばしばし鞄を叩く真幌羽さん。

「ああ、やっぱりそういうこと」

やっと事情が理解できた。

「真幌羽さん。それ、いつものマスコットキャラでしょ?」

「えっ……」

僕が指摘すると、真幌羽さんは目をぱちくりと瞬いた。

「出てきてもらっていいよ。前から、どんな姿なのか見てみたかったんだよね」

「えっ。えっ」



真幌羽さんは、いわゆる魔法少女というやつだ。



「この町を妖魔から守るために戦ってくれてる魔法少女レイディアント★シルバー。あれって真幌羽さんなんでしょ?」

「な、なんで知ってるの!」

真幌羽さんはうわずった声で叫ぶ。

「言いづらいけど、たぶん、生徒のほぼ全員が気づいてると思うよ」

「ほぼ全員!? ど、どうして……!?」

「だって真幌羽さん、顔だいたい見えてるし」

妖魔と戦うレイディアント★シルバーは、服装はセオリー通りキラキラフワフワしたバトルコスチュームだけれど、顔に関しては目元に申し訳程度のでかいパピヨンメガネを掛けただけというタイプの魔法少女なので、誰が見ても顔の造形はおおむね分かる。

「それに、レイディアント★シルバーが妖魔と戦う日は真幌羽さん必ず学校休んでるし。しかも、いつもその、鞄の中に隠れてるマスコットキャラっぽいのとコソコソ会話してるし。もう、満遍なくバレバレだよ」

「だ、誰にも指摘されたことないんだけど」

「まあ魔法少女なんて、この学校じゃ大して珍しくもないからね」

僕は鞄に教科書を詰めながら答える。


僕が通っている高校は、少し変わっていて。

どういうわけか生徒も教師も全員、必ず何かしらのヘンテコな特徴スペシャルを持っている。


『まさかバレているとは思わなかったカニ』

甲高い声とともに、真幌羽さんの鞄からマスコットキャラがひょこりと顔を出した。

『ボクはカニヤン。紗莉ちゃんのジュエルマスターだカニィ』

てらてら光る甲羅。頭部から大きく真上に飛び出た目。左右のハサミ。語尾で予想していた通り、蟹だった。

他のマスコットとキャラ被りをしないよう模索して辿り着いたのが甲殻類だったのだろう。斬新ではあるけれど、正直まったく可愛くはない。


「転校してきたばっかりの真幌羽さんは知らないだろうけど、この学校、個性的な人がすごく多いんだ」

傷つけると悪いから、『ヘンテコな連中』とは言わない。

『なるほど。たしかにこの学校は、よそと比べてアゴニージュエルの数値が異常に高いカニィ』

カニヤンは左右のハサミをチョキチョキさせる。

めんどくさいからいちいち訊かないけれど、アゴニージュエルというのが彼女たちのパワーの総称的な何かなのだろう。

「真幌羽さんみたいなタイプの人も結構いるよ。正義のヒーロー枠でいうと、ウチのクラスの緑ヶ丘みどりがおかくんは『特務戦隊コウアンジャー』のコウアングリーンだし」

「えっ、先週でっかいアリクイと巨大ロボで戦ってたやつ!」

真幌羽さんは目を丸くした。

「知らなかった。サインもらおうかな」

「ファンなの?」

「うん。巨大ロボは憧れちゃう」

「巨大ロボ好きなんだ」

「ほんとはわたしもドリルとか撃ちたいの。けど、ジャンルが違うから」

いつもキラキラしたエフェクトを発しながら可愛らしく戦っているレイディアント★シルバーの姿を思い浮かべる。たしかに、右手から超電導ドリルを発射するスーパーコウアンジャーロボとは無縁だろう。

『紗莉ちゃん。そういうのがお好みなら、新しいジュエル武器として仕入れてもいいカニよ?』

カニヤンがハサミを振る。

「ほんと?」

『紗莉ちゃんのアゴニージュエルも最近いい色に育ってきたから、ご褒美カニよぉ。ククッ』

僕はカニヤンの顔を見た。

頭の上に大きく飛び出ている蟹の目玉は、深淵のように真っ黒だった。


          ▲


「へぇ。魔法少女やってるのは去年からなんだ。じゃあまだ新人だね」

「うん。だからまだまだ慣れないことばっかりで。妖魔が元々は人間だって知ったのも最近だから、近ごろ倒すのに罪悪感あるし」

「そっか。結構えげつない世界観なんだね」

それからしばらく、僕と真幌羽さんは二人っきりで雑談をした。


「もうこんな時間」

三十分ほど経った頃。教室の壁掛け時計を見ながら、真幌羽さんは立ち上がった。

「そろそろ帰らなきゃ。……ありがとうね。ふだん誰ともこういう話しないから、ちょっとテンション上がっちゃって」

真幌羽さんは恥ずかしそうに口角を上げた。

たぶん、僕は初めて彼女の笑顔を見た。

『紗莉ちゃん、あまり他人とお喋りするべきではないカニ。孤独がゆえに研ぎ澄まされている紗莉ちゃんのジュエルの純度が落ちちゃうカニィ』

カニヤンが無機質な声を漏らした。

僕は甲殻類の顔を見た。

真っ黒いビー玉のような目からは、どんな感情も読み取れなかった。

「やっぱり誰かを犠牲にするみたいなやり方はイヤだから、例のプリクラは自分で調べてみるね」

「うん。がんばってね、真幌羽さん」

SNSの連絡先を交換し、僕は真幌羽さんと少し仲良くなれた。


          ▲


その週の日曜日。町を歩いていた僕は、大きなバスターミナルでタクシー待ちをしている真幌羽まほろばさんの後ろ姿を見かけた。


「真幌羽さん」

少し迷ったけれど、僕は声をかける。

「あっ。新藤しんどう君……」

きらきらのバトルドレスを身にまとい、顔には冗談のようにでかいパピヨン型メガネという仕上がった格好の魔法少女レイディアント★シルバーは気まずそうな顔をする。

「わー、これは恥ずかしいところ見られたなあ」

「ごめんね。話しかけないで通り過ぎたほうが良かった?」

「うん、できれば無視してほしかったかな。あと、本名で呼ばれるのはちょっと」

「そっか。ごめんね魔法少女レイディアント★シルバー」

「まあ、高二でそう呼ばれるのもちょっとキツいんだけどね」

たははと笑う真幌羽さん。

「ひょっとして、例の呪われたプリクラ?」

僕が訊ねると、真幌羽さんはこくりと頷く。

「今から戦いに行くの?」

「ううん。もう終わって、帰るとこ」

「そうなんだ。無事に解決したんだね」

「正体は画面の向こうから他人の生気を吸い取る妖魔・スペキオデモニアだったよ」

「ふうん」

ふうんとしか言えなかったので、僕はふうんと言った。


やがて、タクシーの空車が僕たちの前に停まる。

「いつもタクシーなの?」

「うん。電車は人の目線がキツいから。……トランク、お願いします」

言いながら、真幌羽さんは抱えていた大きな段ボール箱をタクシーの後部に運ぶ。

「なかなか大っきくて重そうな荷物やねぇ。中身は何なん?」

人の好さそうな運転手さんが、降ろしたパワーウインドウ越しに問いかけてくる。

「ええと、ブラウン管テレビです」

真幌羽さんは、運転手さんの目を見ずに答えた。

「そりゃ重たいやろ。おっちゃんが積むからちょっと待ちよりぃな」

車から降りてきた運転手さんは、真幌羽さんから取り上げた段ボールをトランクに押し込み始めた。

「……あの段ボール、ひょっとしてレイディアントアローじゃないの?」

僕は小声で訊ねる。レイディアントアローは、レイディアント★シルバーが携えている魔法の大型弓だ。

「……うん」

真幌羽さんは後ろめたそうに答える。

「どうしてあんな嘘を?」

「……銃刀法」

「ああ……」

最近、クロスボウの所持は違法になったんだっけ。

「ていうか、持ち運ばなきゃいけないんだね。戦うときは空からフッと現れて、終わったらフッと消えるようなものだと思ってた」

「わたしも昔はそう思ってたけど、よく考えたら物理的にありえないからね」

「衣装もそのままなんだ」

失礼にならない程度に身体へ視線を向けつつ訊ねる。同級生の女の子がきらきらのバトルドレスを纏っている姿は、正直かなり直視しづらい。

「やっぱりおかしいよね」

真幌羽さんは自嘲気味の笑みを浮かべた。

「初期は現場近くの公衆トイレで着替えたりしてたんだけど、最近はもう色々めんどくさくなっちゃって」

か細い声で呟きつつ、徐々に俯いてしまう。

「女子力低い高校生が、往来でこんなカッコして魔法少女とか言ってるの、ウケるでしょ」

「そんなことないよ」

僕は慌てて首を振る。

「町の平和を守ってくれてるんだから。誰も笑ったりなんかしないってば」

「そう言ってもらえると嬉しいな」

真幌羽さんの顔に、少しだけ光が戻る。

「ありがとう。やっぱり新藤くんは優しいね」

「優しいんじゃなくて、事なかれ主義なだけだよ」

ただまあ、他人のために頑張っている人は、それなりに報われるべきだろうとは思うけれど。


『駄目カニよ紗莉ちゃん、馴れ合いはご法度カニ!』

真幌羽さんのバトルドレスの胸ポケットから甲高い声があがった。

カニヤンだ。さっきから僕たちの話を聞いていたらしい。

『他人に心をほだされたら、鋭く尖ったアゴニージュエルの純度が落ちてしまうカニ。もっと心を凍り付かせるカニ。世界からの拒絶、精神の断絶、永遠の孤独、それこそが紗莉ちゃんを究極のよう、えっと魔法少女に導くのだカニィ!』

僕は蟹の顔を見る。

ぶくぶくと泡を吹きながら早口でまくし立てる甲殻類の眼は、暗く澱んでいた。


「待たせたなお嬢ちゃん。乗りな」

「あっ、はい」

段ボールを積み込み終えた運転手さんに催促され、真幌羽さんはタクシーに乗り込む。

「じゃあ新藤くん、また明日、学校で」

「うん。今日も活躍お疲れさまでした。……最後に一つだけ」

彼女だけに聞こえるように、その耳元に顔を近づけて。

「あのさ、レイディアント★シルバー。余計なお世話かもしれないけど」

僕は真幌羽さんの耳元でこっそり囁いた。


「カニヤン、たぶん『最後の最後に裏切るやつ』のパターンだから、気を付けた方がいいよ」

「えっ……」


タクシーが、ゆっくりと動き始める。

後部座席の真幌羽さんは、きょとんとした顔で僕を見つめている。


僕は事なかれ主義だから、あまり人の生き方に口出しはしたくないけれど。

でもやっぱり、他人のために頑張っている人は、それなりに報われるべきだろう。


僕はゆっくりと手を振った。

真幌羽さんも、きょとんとした顔のまま手を振り返してくれた。



その日の夜。SNSで、真幌羽さんから初めてのメッセージが届いた。


『カニ鍋にしました。ありがとう』と書かれていた。

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