第3話狭間の世界へ到着にゃ

「さあ、到着だ。先ずはようこそ、狭間の世界へ…」

「ニャフ…!?」


 思わず驚きと感動交じりの息と声が漏れる。

 スコットは眼前に広がる未知の光景を瞳に焼き付ける。


 次元の穴を抜けた向こうは、神秘的な輝きを放つ未知の世界が広がっていた。

 空には多くの雲が流れてはいるが、常に夕焼けと宵闇が混ざり合った奇妙な色に染まっていて、実に奇妙な風景となっている。朝でも昼でも夜でもないこの景色は、時間間隔が無くなるというよりは狂ってしまいそうになるだろう。


 ここは狭間の世界。

 多くの生きるものが存在する光の世界。

 暗く闇の魑魅魍魎が跋扈する闇の世界。


 双方の世界の狭間に存在せし、白、黒、光でも闇のでもない中間の世界。


 この狭間の世界は非常に不安定であり、光と闇のバランスが拮抗しているか、どちらかに傾いては戻るかを繰り返す。このどちらかが常に起こっており、闇に傾く場合は時より闇の世界の住人達が出現し、光の世界の人々は極稀にこの世界に訪れることができる。


 そして、スコットがイアン=シドに連れられやって来たのは、比較的光と闇のバランスが取れた位置に存在する小さな惑星。この地に聳え立つ塔。不思議の塔と名付けられたこの建物に、イアン=シドは1人で住み、あらゆる宇宙や惑星の動向を見守っているのだ。


「ここが狭間の世界…」

「そう、小さな星だがな。世界の動向を見守るにはうってつけの場所だ」


 辺りを見渡す。なんてことはない草木が生えているばかりでこれといって特別変わったものはない。

 しかしふと空を見上げれば、先程から変わらないオレンジ色と紺色が同時に存在するこの奇妙な空が、やはり奇妙な感覚に陥らせる。


「あの塔が、イアン=シド様の本拠地でしょうか?」

「うむ。だが私も長年過ごしておる故…本拠地というよりは、もはや家と言っても過言ではない。さて、では参ろうか」

「はい」


 イアン=シドに案内され、そびえ立つ摩天楼ならぬ魔塔内に入る。そして最初に出迎えたのは、まるで天まで続くかと見紛う螺旋階段。


「フギニャ!? た、高い…!!」

「うむ。正直私も登るのはもう足腰に応える」


 塔に入って最初に突き付けられる、圧倒的なその高さ。

 首をこれでもかと上に向けて両の眼を左右に動かして見渡す。

 スコットの身長的にも、あまりに高く長いその螺旋階段を見上げていると、妙な感覚に苛まれる。手足の長さと体の構造的に無理があり、仕方がないので四足歩行で駆け上がることにした。


「いや、その螺旋階段は登れるが観賞用でな。このワープポイントで上まで行くのだよ」

「ニャフゥ…危うく野生に戻るところでしたよ…」


 イアン=シドが呼び止め、指し示した先には円形状の淡く光るサークルのようなものが設置されていた。

 その円形の中に立ち入ると、2人はたちまち光の粒子に包まれ、一瞬で最上階にあるイアン=シドの部屋へと着いていた。


「改めて、ようこそ我が家へ」


 そう言われて、辺りを見渡す。古めかしくも何処か不思議で安らぎを覚える部屋。設置されている数台の本棚には色褪せ気味の書物が詰まっている。

 部屋のあちこちに置かれた奇妙な形のランプ内には炎が灯され、部屋全体を適度に明るく照らしている。薄暗くも無ければ、かと言って明る過ぎるわけでもない。置かれている雑貨らしき物や家具は質素かつ飾り気のない物ばかり。特に、今にも動き出しそうな妙な箒が気になる。


 ふと、改めて先程の円形を見る。玄関から最上階まで一気に瞬間移動したわけだが、エレベーターというわけではないようで、ビーストキングダムでもこのような代物はなかった。

 スコットはよくSF映画や小説にある、転送装置のようなものだろうかと考えたが、失礼ながらここはこれといった機械的部分もしくは科学力らしき要素も見当たらないため、原理は何かと考え込む。あるいは、主流世界で通っている科学による魔法だろうかとも思い当たるが…。


「これは純粋な魔法の一種だ王子よ」

「フンニャ…見透かされましたか」


 彼の考えていることを見透かし、イアン=シドは先の移動方法を一言で済ませる。


「フニャ…純粋な魔法…ですか?」

「そう。いわゆる惑星管理局の管理の元、管理されている各惑星共通の技術、力として広まっている科学による魔法とは異なる。遥か彼方より存在する神秘の術にして、本物魔法だ」


 本物の魔法…。その言葉に、スコットは不思議な響きを感じた。


「にわかには信じられぬか? だが、お主が持っておるエスパー能力とて、同じく摩訶不思議な力であるぞ? 本質的には何も変わらぬさ」

「そういうものですか?」

「立ち話もなんだ、まあ座り寛ごうか、王子よ」

「ニャ、はい…」


 イアン=シドに促されるまま、大きな木材の机を挟み互いに向き合う形で木の椅子に座る。スコット側は簡易な作りと見た目だが、イアン=シドの方は背もたれが高く両腕を乗せる部位があり、若干豪華だ。


「さて、王子よ。貴殿は今、聖剣シュベルトシュルッセルを得る資格を有しておる状態。つまり、次は自らの聖剣を手に入れれば、お主は聖剣使いとなる」

「その聖剣は…どうすれば手に入れることができるのですか?」

「心を鍛えれば、お主の心と聖剣使いの資格に反応し、いつしか聖剣を翳した掌から、出すことが出来るのだ」


 漠然とした内容と言うべきか、具体的ではないとも言うべきか。スコットはいまいち理解できず、思わず表情を曇らせる。


「いつしかとは…?」

「確かな事は数日そこらでは出すことは出来んということ。一年か半年かもしれぬし、もしかすれば、数ヶ月で出るやもしれぬ。こればかりは難儀する」

「フニャ…簡単には手に入らないのは理解しました。しかし、心を鍛えるというのは…?」

「心を動かす出来事を経験し続けること、つまり心の成長だ」


 先程とは違い、明確な答えが返って来た。心なしかイアン=シドの口調もはっきりとしており、スコットに語る眼差しもわかりやすい。


「心を動かす出来事ですか…」

「そうだな。早い話が、数々の旅を重ね、出会いと分かれを繰り返すことだ」

「旅?」


 より鮮明な例が出されたので、スコットは思わず目を大きく見開いた。


「そう。他の惑星、つまりは異世界に赴き、そこに住まう者達と交流し、人助けや探索、調査を成し遂げること。これが一番実践的な修行だ。そして、ここで教えられることは、基本的な心構えと、世界の事柄についてだ」

「人助けに探索調査…確かに心を動かす行為ではありますね…それで、他の惑星に、か…」


 よもや、直ぐに他惑星の話しが出てくるとは思わず、スコットは若干尻込みしたが、確かに未知の世界での旅は、様々な成長を促してくれると、そう自分に言い聞かせ腑に落ちる。


「先ずは私が、シュベルトシュルッセル使いとしての基礎訓練と、心構え。そして、世界の事柄について教えよう」

「よろしくお願いします。イアン=シド様」


 スコットは師であるイアン=シドに向かい、改めて深々とお辞儀をする。傍から見れば仔猫が大きな人間のお爺さんにお辞儀をしているようで、微笑ましく可愛らしい光景であるが、スコットの声はド低音ボイスなので、案外そうでもない。


「そうだ。ここにおるのは私だけではないのだ。普段は別の世界におるのだが…」


 イアン=シドがそう言い終えると、突如部屋の中央に光の粒子が溢れだし、やがて輪となって弾けた。

 すると、そこにはスコットよりは身長が高いがそれでも低い、3人の女性が立っていた。一目見て目を惹かれたのは、それぞれ赤、青、緑の不思議な衣装を纏っている上に背から羽が生えていること。羽は鳥などの羽毛ではなく、どちらかと言えば昆虫のような繊維の羽だ。


「どうもイアン=シド様、そしてよろしくね猫ちゃん」

「お初にお目にかかります。ご婦人方…スコティッシュ・フォールドと申します。ビーストキングダムの第一王子です」


 真ん中に立っている、おそらくリーダー格と思われる赤い服の女性が、イアン=シドに挨拶をしつつ、スコットを見て明るい表情を見せ、スコットも姿勢を正し畏まってお辞儀をする。


「彼女達はトライフェアリーズ。希望と望みを捨てない者の味方で、お偉い妖精の方々だ」

「フニャに? よ、妖精…?」


 まさか妖精と言う単語が出てくるとは思わず、スコットは驚いて思わず彼女達を2度見する。確かに一般的なヒューマノイド系、もしくは人間という種族には見えなかった。彼女達の姿を改めて観察しつつ、世界は広いのだなと自己完結して無理矢理自分を納得させるしかなかった。


「初めまして、どうぞよろしくね」

「私達はイアン=シドのお手伝いをさせてもらってるの」


 緑の服と青い服の女性が続けてスコットに近づき、軽く会釈をして挨拶を交わし、スコットもこれまた深々と頭を下げる。そしてイアン=シドは彼女達に向き直り、紹介を始める。


「彼女達は特殊な力を持っていてな。時間、空間、反転を司っていて、これら三つを操る魔法の使い手なのだよ」

「時間と空間と反転…ですか…?」


 時間、空間、反転。

 これらを魔法で操るとは、どういうことか? スコットは自身の思考を活発に巡らせる。

 そもそも、そのような超常現象めいたことが可能なのか? 否、だからこそ魔法なのかもしれないが、空間を操るのは何となくは理解できる。しかし、反転とは一体何なのか? 文字通り反転させるのか。

 そして時間を操るのは、いくら考えてみても、流石にスコットの理解の範疇を超えていた。


「失礼、先程から色々と私には理解できないことが多すぎて…」

「ああ直ぐに理解しようとせんでよい。まだ、神秘の世界に踏み込んだに過ぎんのだからな」


 察したイアン=シドが、思考中のスコットをやんわりと制止する。要するに、理屈でわかるものではない。と、いうことである。


「時に急ぐ場合や集中する場合、時間、空間、反転といったこれは三つを彼女達に操ってもらい、特殊な修行の場を形成して修行をする時もあるのだ。その方が効率も良いからな」


 時間、空間、反転を操り修行の場を形成。言葉を改めて並べて見ても、一体どういうことか理解し難く、スコットは増々眉間に皺を寄せて考え込む。


「今は気にせずともよい。いずれ近いうちに体験してもらうゆえな」

「ニャフ、そうですか…」


 微笑を浮かべるイアン=シドの言葉に、スコットは正直に安堵の一息を吐く。先程から出てくる単語や話しについて理解しようと思考を巡らせていたが、もう少しで脳のキャパシティが超えそうなっていたからだ。

 否。スコットの存在自体が、例えば、地球に住む人類にとっては信じ難く理解し難い存在ではあるのだが、そこに言及するのは酷であるといえよう。


「さて、では始めようか。最初は、軽く我らの世界、つまりは宇宙のことについてだな」

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