第2話 転生!大剣豪は五歳児



 どうやら、ワシは転生したらしい。

 創世神ミト様はちゃんと約束を守って下さったようじゃ。


 前世では百年酷使したオイボレの身体に慣れきっておったが、生まれ直したばかりの幼児の身体はそれはもう動かしやすい。だって新品じゃもの。


(腰も、膝も、首肩も! どっこも痛くないわい!)


 自分の足で歩けるようになると、ワシは来る日も来る日もダッシュして過ごした。ただ駆け回れることがこんなに嬉しくて楽しいというのが、自分でも不思議でならなかった。


 寝て、起きて、ご飯を食べて。

 用を足して、オムツを変えてもらって。

 いっぱい泣いて、いっぱい笑って。


 新しい人生では、前の人生でほとんど味わうことができなかった「幸せな幼少期」という時間をたっぷり経験することができた。返す返すも、創世神様には感謝を捧げたい。ありがたや、ありがたや。


 ワシはすくすくと育ち、五歳になった。

 

「おはようケイト、朝ご飯の時間よ。……あら、今日はもう起きてるのね? 早起きできて偉いわ」


 母上がワシの髪を優しく撫でてくれる。

 空色の髪と瞳をしたこの女性が、ワシの母上であるスピカ・レシュノルティアじゃ。

 まだ二十代前半の若者なのじゃが、立派に母としてワシのことを守ってくれておる。いつもとても優しくて、大好きな母上なのじゃ。


「おっ、早いなケイト。飯食ったら今日も剣の稽古をするぞ!」


 溌剌とした大声でワシのことを呼び、大きな手のひらでわしゃわしゃ頭を撫でてくれるのは、父上であるアーク・レシュノルティアじゃ。

 母上と同年代のはずなのじゃが、熊のような大柄な体躯のためにもうちょいと老けて見える。だが、笑うと少年のような顔になる愛嬌のある男で、ワシは父上のことも大好きじゃ。


「もう、あなた。この子はまだ五歳ですよ? あまり無茶をしないでくださいな」


「いーや、この子は俺なんか目じゃないほどの剣の才があるぞ。教えるのが早いってことはないはずさ。……なぁ、ケイト?」


「うむ! 早く行こうぞ、父上!」


「こーら。朝ご飯食べてからになさいね?」


 そして、生まれ変わったワシの新しい名前はケイト・レシュノルティア。


 母上から空色の髪と瞳を。

 父上から愛嬌のある顔立ちと頑健な体を。


 それぞれ受け継いで、ワシは新たな人生を歩み始めている。

 


 ▼


 朝食にはカリカリに焼かれたベーコン三枚と目玉焼き、野菜スープとパンが付いていた。


「おおおお! 母上、今朝も豪勢ごーせいじゃのう!」


「もうこの子ったら、また変な言葉遣いして。一体どこで覚えてくるのかしら。別に、普通の朝ご飯よ?」


(いやいや、母上よ。これが普通なんて言ったらバチが当たりますわい)


 朝からお腹いっぱいのご飯を食べられる。

 それだけで、ワシはこの時代が平和なのだと感じ取っていた。


(勇者や仲間たちが頑張ってくれたお陰じゃなぁ……。これもまた感謝感謝じゃ)


 ワシが転生したこの世界は、どうやらワシと勇者と仲間たちが戦った時代からおおよそ四百年後の世界のようじゃった。

 早くに物心がつき始めたワシは、すこし前から父と母の目を盗んでは今の世界の歴史や習俗をいろいろと調べていた。そこで、こんな記述を見つけたのじゃ。


「——でんせつのけんごう、らごう?」


 記述、というかぶっちゃけ普通の絵本なのじゃが。

 枕元に置かれた何冊かの絵本の中に、可愛くデフォルメされたお爺ちゃん剣士の絵が描かれた、伝説の剣豪ことラゴウワシのお話があった。


 ——

 でんせつのけんごうラゴウは、

 せかいでいちばんつよい剣士でした。


 ゆうしゃのなかまだったラゴウは、

 へいわのために たたかっていました。


 いまから、よんひゃくねんもまえの

 むかし、むかしの ものがたり

 ——


(おおおお、ワシ、伝説になっとる!!)


 これには流石のワシも大興奮。

 その日から毎晩寝る前に父上と母上に何度も絵本を読んでもらいながら、


(コレ、ワシ! ワシのこと!)


 と言いたくなるのをなんとか我慢した。

 やー、ワシ歴史に名前刻んどったかー。

 伝説の剣豪で、世界で一番強いじゃって!

 たはー。困っちゃったのうー。

 でも概ね事実じゃしー? 

 これはもー、仕方ないのう!(大満足)


 絵本を見つけてから丸三ヶ月間、両親に毎晩のように読み聞かせをおねだりしていたら、そのうち「もう全部覚えちゃったわよ……」とソラで暗唱してくれるようになり、流石に申し訳なくなってきて絵本は自主的に片付けた。

 

 絵本以外にも、家の中にはいろいろな書籍があった。このこと自体、前世とは随分様変わりしたものじゃと思わされたものじゃ。


(本など機密文書扱いで、個人所有するものではなかったからのう……。城塞や王城の図書室でしかお目にかかったことは無かったが、今は一般家庭にも沢山あるのじゃなぁ)


 母上が読書家であるらしく、我が家には至る所に書籍が散乱しておった。


 美麗なイラストで説明された「百科事典」。

 最新の服装や文化を掲載した「雑誌」。

 絵と台詞で場面を描く「漫画」というものもあった。


(どれも前世の世界では無かったものじゃなぁ。凄いものだのう……)


 いやー、文明進歩しとる。

 やっぱ戦争ばっかやってちゃダメじゃな。


 さらに、家中をひっくり返して家探やさがししていたら、面白いものを見つけた。


「——『白銀級探索者シーカースピカ・ウェスタリア、引退す!』、とな」


 それは、母上が迷宮探索者を引退するという記事が載った新聞じゃった。


 迷宮探索者ダンジョン・シーカー

 略して「探索者シーカー」と呼ばれるそうじゃ。

 迷宮ダンジョンに出現する魔物を倒し、その魔物から得られる素材を収集したり、迷宮奥深くでしか採掘されない希少鉱石や資源を採取することを生業にする職業、らしい。


(前世で戦争やってた時は迷宮ダンジョンなんてあんまり聞いたこと無かったのう……)


 正確に言うと、前世でも噂話程度に小耳に挟んだことは何度かあった。だがしかし、戦争真っ只中の時代に、わざわざ死亡するリスクを抱えてまで迷宮探索をする人間は皆無に等しかった。……これもまた、世界が平和になった一つの証なのかもしれぬなぁ。


 それが、今や「迷宮探索者ダンジョン・シーカー」といえば子供が憧れる職業ナンバーワンなのだという。

 危険リスク配当リターンを天秤にかけ、己の生命を賭け金に迷宮に挑む。……ううむ。これは確かに、冒険心がウズウズしてくるわい。


 しかも、今では迷宮探索中の探索者シーカーの様子を遠隔視魔術の応用で、ご家庭の魔晶モニターで同時進行リアルタイムで見ることができるのだという。これを「配信ハイシン」というそうじゃ。

 冒険中の様子を配信することで、探索者シーカーは一躍人気職業になったそうな。

 一攫千金を夢見て命を賭けて迷宮ダンジョンに挑む様子は、見ている者に興奮と感動を与えた。そしていつしか、自分の贔屓の探索者を「推す」文化が花開いていった——。


 ある探索者シーカーは、こんなことを言った。


『かつて剣と魔法は戦争のための道具だった。それが今、剣と魔法は迷宮ダンジョンという未知を切り開くための灯火となったのだ』


(くぅーっ! いいのう、いいのう、ワシも潜ってみたいのう迷宮ダンジョン!!)


 しかも、ワシの両親はどちらも有名な探索者シーカーだったらしい。


 白銀級探索者『熊戦士ベルセルク』アーク・レシュノルティア。

 同じく白銀級探索者『白聖女セイント』スピカ・ウェスタリア。


 二人はこの辺りでは最も有力な探索者パーティの一員として、何度も新聞の誌面に登場していた。ちょっとした有名人というヤツじゃな。


 特に、美人で凛々しく、苛酷な戦場の中で最後まで周囲を癒やし続ける母上スピカの人気はそれはそれは凄まじいものだった。……いや、ワシは当時を知らんが、手元の新聞の熱の入った書きっぷりが尋常ではなくてのう……。


 兎に角、そんな母上が結婚と同時に第一子を授かって、探索者を引退するというニュースは、当時世間を大いに賑わしたのだという。……後から聞いたのじゃが、父上は結婚から暫くの間、不審な人物に後をつけられたりしたらしい。怖い話じゃわ……。

 

「父上は果報者じゃなぁ……。ワシも父上のように、立派に恋をしてみたいものじゃ」


 今世こそ、ワシは一世一代の大恋愛をする。


 生まれてから片時も忘れることのない誓いを胸に、それが叶う日のことを夢見ながら、いつしかワシはソファーに横になって眠ってしまった。


 ——なお、あとで散らかりきった部屋を見て、家に強盗が入ったと勘違いした母上に激怒される。…‥母上、マジギレしたらめっちゃ怖いのじゃぁ……。

 



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