第5話 滅したい記憶と鬼ごっこ

 モニターの中では、十六人の生徒がいる教室でゼンゼンマンは次なるゲーム……生徒達の記憶の中では初めてのゲームだが、とにかくその説明を始めていた。

「ゲームの名前は「ひみつおに」。ワタシの世界で流行っている遊びだよー! まずみんなをランダムに校舎内のどこかに転送します。……これ、早く使えばよかったけど機能に気付いたの今だからねー……というのはこっちの話。そこから先、校内放送でアナウンスされた人は指定された場所まで誰にも捕まらずにたどり着いてください。無事たどり着ければクリア。他の人たちはそれを妨害する鬼役。アナウンスされた人が誰なのかを推理して、そいつの身体を十秒間タッチすればタッチした人の勝ち。これの繰り返しだよ。簡単でしょ?」

 つまり一対多数の鬼ごっこである。ここだけ聞くとただの変則的な鬼ごっこだが、こんな怪しいピエロの提案する鬼ごっこが生ぬるいルールで終わるはずがない。

「ただしアナウンスではその人の名前は直接言わない代わりに、秘密や苦い思い出といった黒歴史を放送しまーす。誰の事を言っているのか推理して動く事がクリアのコツなるよ!」

 生徒達から「はああああ!?」という驚きと抗議の声が上がる。

 だが、そんなものは通るはずがない。相手はデスゲームの主催者なのだから。

 したがって当然のように次に言われるのは生存と死亡の条件である。

「逃げ切れた人、捕まえる事に成功できた人先着八名が生き残り確定。クリア出来なかった残り八人はその場で爆・散! 逃げ切りに失敗しても鬼側のターンで挽回のチャンスはあるから頑張ってねー」

 そして今度は有無を言わさず生徒達は転送させられた。モニターの画像が十六分割される。

 ある者は教室、ある者は階段の踊り場、運が悪いとトイレの個室や掃除用ロッカーの中に飛ばされる者もいた。

「あ、言い忘れたけどアナウンスされた人以外が指定した場所に行っても当然にクリアにはならないし、間違えたターゲットを捕まえたら次のターンは一回休みだよ。それじゃいくよー」

 かくして、ゲーム「ひみつおに」は始まった。

 一対どんな秘密が暴露されるのかと全員がそれぞれの場所で身構えていたら、ピンポンパンポーンと間抜けな音と共に校内放送が流れた。


「はーい、これから誰かの秘密を暴露しまーす。暴露された人は二階渡り廊下を経由して音楽室前にあるゴールポイントまで来てください。では読み上げまーす」


 あれは高校一年の秋。

 同じクラスの姫星ひめぼしルナさんが好きで好きで仕方なくて、でも告白する勇気も勝算もないから遠くから眺めるだけにした。

 恋人でなくてもいい。唯一無二の女神として崇拝し続ける事を心に決めた。

 いつも心に姫星ルナ。いや、ルナ様と呼ぶべきだ。


 参加者全員が皆ゲームそっちのけで「うわあ」とドン引きしたまま固まった。なるほど、これは確かに黒歴史レベルに封印しておきたい秘密である。

(ここでモニターを見ていた現在のミツグが「どうやって全員分の黒歴史を知ったのか」とゼンゼンマンに問いかけると、「そりゃあ脳内データをスキャンして~」と説明が返ってきたので、聞くんじゃなかったと早々に話題を切り上げた)

 そして放送で皆が困惑しているなか、十六分割されている画面の一つが動き出した。顔を真っ赤にして猛ダッシュしている長身の男子生徒がいる。

 そのまま彼は二階の渡り廊下へ向かう。その間放送はルナ様ルナ様と、本来ならば普通の女子高生を無駄に崇高にたたえるポエムが流れていた。


 渡り廊下を通過した辺りから何人かの人物が集まってきた。

 そもそもこのルール、暴露された人物が向かう場所を発表しているのだからどこかで待ち伏せしていればターゲットは必ず来るのである。

 だが問題は誰がターゲットなのかが分からない。鬼役の生徒の中には他の参加者を見かけるたびに「お前が黒歴史の持ち主だろ!?」と言いがかりを付けて口論を始める単細胞な奴もいる。

 そんな間抜けな奴から目を付けられないよう、そっと渡り廊下を通過して長身の男子生徒は音楽室を目指す。渡り廊下の先の校舎の四階突き当たりがゴールだ。

 ところが階段を上ろうとした途端、放送の内容が切り替わった。


 幸せは突然終わった。

 うっかりルナ様は今日も崇高、世界中の誰よりも崇高で高潔な女神様だと呟いていたのを本人に聞かれてしまった。

 彼女はゴミ虫を見るかのような目で俺を見る。

 他の誰にも知られなかったのは幸いかも知れないが、それ以来、彼女は俺の視界には極力入らない。それほどまでに避けられた。

 彼女に恋してその恋が消えるまでの三ヶ月。想う事すら罪と見なされてしまった。

 それが、渡辺わたなべはじめの黒歴史だった。


「実名言うんかい!」

 参加者全員が思った。

 ここから先は長身の男子生徒・渡辺を他の参加者が追い回す事になる。

 ゴール近くにはすでに数人の生徒が待ち構え、その中にはミツグの姿もいた。

 もはや捕まるのも時間の問題。

 ……と思えたが、実際はそうではなかった。

 鬼の勝利条件は十秒間相手の身体にタッチしないと捕まえた事にならないのと、どれだけ束になろうともクリア出来る鬼は一回のゲームに一人だけ。

 鬼同士の妨害合戦が始まり、しかもターゲットはタッチされても十秒以内にふりほどけばなんら問題はないのである。体格のいい渡辺には造作もなかった。

 そしてそのままゴールらしきキラキラした床を踏み、ゲームセット。

 負けた鬼達はその光景を呆然と見る羽目になり、全員何とも言えないが強いて言うならげんなりした表情をしている。

「はい、勝者の渡辺君はおめでとう。……しかしちょっと簡単すぎたかなー。よし、ちょっと調整入れようか」

 ゼンゼンマンの放送が何やら不穏である。

「じゃ、ルール変更。鬼役は十秒タッチなのを五秒にするよ! これでもダメだったら他にもルールを増減するからね。それじゃあ次のゲームいくよー」

 行き当たりばったり感に突っ込む間もなく、生徒達は再びランダムに転送されて次のゲームが始まった。

「該当者は自分のロッカーの中にある「鍵」を使ってゴールを目指してくださーい」




 中学二年の夏、三年の先輩が引退したのでそのまま繰り上がりでレギュラーになると思ってたのに、後輩にレギュラーの座を取られた。

 二年の中で、オレ一人だけ。オレ一人だけがレギュラーになれなかった。

 悔しがるとカッコ悪いから、平気なフリをしてた。


 先ほどの迷走した恋愛話と比べるとまともな内容に聞こえるが、聞いた本人は顔から火が出るほどの恥ずかしさしか感じない。ましとか比較の問題ではない。

 その思い出の持ち主は、相岡あいおかミツグだった。

 モニターに映るその姿を見ると、誰かに知られる心配よりも、嫌な思い出を掘り起こされる事に苦痛を感じているようだった。


 足の速さには自信があった。

 体力もある方だと思ってた。

 なのに、たまたまちょっと強い奴がいただけで、オレはそこから弾かれた。

 みんながオレを笑ってる。見下してる。哀れんでる。

 お前は弱いんだ、お前は要らないんだって。


 二回目のアナウンスに、一瞬めまいと吐き気に襲われるミツグだったが、気を取り直して自分のロッカーに向かう。幸いスタート地点が近かったため、周囲には誰もいなかった。

 ロッカーの中を開けると、鍵が一つだけ置かれていた。キーホルダーには「屋上」と書かれてある。

 そのまま鍵をポケットにしまうと、屋上へ向かう。

 鬼側を有利にするために調整したはずなのにまだまだターゲットの方がヌルゲーじゃないのかという疑問はなくはなかったが、ミツグはかまわず校舎の階段を上りきる。

 そして屋上への扉に付いている鍵穴に鍵を差し込んだところで次のアナウンスが流れた。


 中三、七月初め。

 夏の大会間近に奇跡的にレギュラーを取り返した。

 祝ってくれる奴もいれば、お情けだろうと言う奴もいた。

 まあ外野の言葉なんてどうでもいい。それくらい浮かれていたからだ。

 だけど、オレは試合に出る事は出来なかった。


 そこでいったん放送が切れ、ゼンゼンマンの陽気な声が聞こえてきた。

「さて、彼は何故試合に出られなかったでしょーか? 正解は屋上にいる相岡ミツグ君に聞いてみましょう!」


「クイズ形式にするな!」

 ドアを開け、屋上に出るミツグ。だが、見回してもゴールポイントのキラキラは見当たらない。

 程なくして階下から足音が聞こえてくる。まずい、早くゴールしないと。

 ミツグは屋上をうろうろしながら必死でゴールポイントを探す。

「いたぞ! 覚悟しろ!」

 数人の生徒がミツグの姿を見つけてこちらに向かってくる。まずい、このままでは捕まる。

 ミツグはとっさに三メートルほどの高さのある落下防止用のフェンスを登り始める。高いところはあまり得意ではないが、なりふり構っていられなかった。

「……まじかよ」

 フェンスを登ってから気付いた。ゴールポイントはフェンスの外側に設置されていた。

 だが鬼達もこちらに迫っており、その中の一人がフェンスに体当たりをかましてくる。

 その衝撃でミツグは体勢を崩し、フェンスの向こう側に落下したと思ったら、そのまま校舎の下まで真っ逆さまになり……


 そこで画面が暗転した。




 ミツグは真っ暗になった画面を冷めた目で眺めていた。もう驚く気力もない。

「まあ階段から落ちて死ぬ奴が屋上から落ちて生きてるわけないよね」

 ゼンゼンマンが、当然と言わんばかりに答える。

「最初のゲームでも思ったけど、ゲーム中に死ぬ事を想定してないゲームでなんでキミすぐ死んでしまうん?」

「だからお前のせいじゃねーか! 墓に埋めるぞ! 大体なんでゴールポイントがあんな危険なところに置いてあるんだよ」

「え、調整するっていったでしょ。そもそも屋上に行った時に鍵をかけてみんなが入ってこれないようにしなかったキミのミスじゃん。追っ手のいない状態だったら安全に探索できたでしょ?」

 ミツグは黙るしかなかった。記憶はないが多分あのゲームをやってるミツグにはそこまで頭が回らなかったというのは容易に想像できる。

「……オレはいつまでこんなのに付き合わなければならないんだ」

「まあまあ。ここまで来たらゲームはあとちょっとだから」

 こっそり「キミの失態もね」とミツグに聞こえないようにつぶやくゼンゼンマン。

 案の定、ミツグは気付いていないようだった。

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