第19話「なってみても、いいかもしれないな」

「さっきの黒い敵はガーデナーと言います。元は人間で、感情を抑えきれなくなってしまうとああなってしまうんです」


 二人は暗い道を歩いていた。砂埃が付いたスーツを着た男性と、制服を着た中学生の後ろ姿は、道行く人が見たら親子に見えるかもしれない。


「ガーデナーは特殊な結界を張ります。それが、ガーデン。ガーデナーとなった人間が、思い入れのある場所に景色をすり替えて、みんなを迷い込ませるんです」

「それで......」


 自分が降りたバス停が神平ではなく、卯之木岬だったのはそういう理由だったようだ。あれは、既に敵のガーデンの中だったのである。


「あんな男の子が、あんな姿になるまで心に鬱憤を溜めていたってことなの?」


 研也は隣の少年に問う。少年の名前は巣鴨すがも 月尋つきひろと言った。彼の家は研也の家から近いようで、二人は同じ方向に歩いて帰っていた。


「そうみたいですね。でも、心の器が満たされる早さは人に寄ります」


 心の器。そういえば、みらくるの店員がそんな話をしていた。人間の負の感情を溜めておく容れ物。彼は、たしか「盃」と表現していたか。


「僕なんかはすぐ溜まってしまいそうですけれどね」


 月尋はぺろりと舌を出した。どこか、仕草が少女らしい。


「魔法少女があの状態になってしまったら......たしかに大変だね」


 研也はさっきの化け物を想像する。ただの人間である自分では太刀打ちできなかった。呆気なく吹き飛ばされた挙句、二人の魔法少女に助けられたのだ。その一人が、今隣にいる少年である。本当に誰でも魔法少女になれるのだ。性別など関係はないのである。


「魔法少女はガーデナーにはなりませんよ。魔法少女ではない、一般人だけがガーデナーになるんです」

「そうなの?」


 研也は目を丸くして彼を見る。


「はい。魔法少女は浄化の力そのものと考えてください。ストレスは溜まりますが、それが器からはみ出ることはありません。その条件を知っていて魔法少女になる人も居ます」


 そうなんだ、と研也は呟いて、前を向いた。自分もあの状態になってしまう可能性がある。知らないうちに誰かを傷つけてしまう可能性。それは、きっと子供にも。もし、魔法少女になったら?


 近しい人がガーデナーになったら、助けてあげることができるのだ。


「僕は、そういう条件は知らずに魔法少女になりました」


 月尋の声に影が差したのを、研也は感じた。


「僕、可愛いものが好きなんです。男の子だからって、そういうものからは遠ざけられてきて......だから、魔法少女になることを決めました。強いかどうかは置いておいて、とにかくなりたかったんです。可愛い女の子になる気分を、味わいたかったんです」


 彼の声が震える。横を見ると、月尋は目に涙を溜めていた。


「でも、やっぱり強さっていうのはそれなりに必要みたいで。いつも誰かに迷惑をかけてしまって、魔法少女としての仕事がきちんと果たせなかったんです。もう、辞めようと思っていました。さっきの人に言われた時も、もう辞めるんだ、って思ったんです」


 彼は足を止めた。そこはとある一軒家だった。緑の屋根で白い壁の、メルヘンな家だった。鉄製のフェンスに、彼は手をかける。


「でも......研也さんが僕に、ありがとう、って言ってくれました。心強かったって。弱くないよって。僕、初めて言われたんです。魔法少女になって、初めて人に感謝されました。嬉しくて、泣いちゃいます」


 月尋が笑った。彼の目から大粒の涙が溢れた。


「僕、もっと強くなります。魔法少女になって良かったって、常に思えるようになります」


 彼はフェンスをゆっくりと開いた。


「今日はありがとうございました。またお会いしたいです」

「うん。俺も。ありがとう、月尋君」

「はいっ」


 月尋は最後に顔をくしゃくしゃにして笑って見せた。その年の少年が浮かべる笑顔としては、眩しいくらいだと研也は思った。


 *****


「魔法少女、か」


 研也は歩きながら、小さく呟いてみる。


 大切な人がガーデナーになる可能性。ガーデナーになってしまった人を助けなければならない使命。そして、あの輝くような、楽しそうに語る少年の笑顔。


「なってみても、いいかもしれないな」


 簡単な仕事ではなくても、それが誰かの役に立つのなら。

 誰かを守ることができるのなら。


 悪くはない選択だ。


 研也は鞄の底にあるコンパクトミラーを取り出した。手のひらにおいて、優しく指で包み込んでみる。手のひらに吸い付くような感覚がある。しっくりくるのだ。思い込みだろうか。


 研也は、ははっと小さく笑った。


 明日もまた、帰りが遅くなりそうだ。

 あの雑貨屋に寄る予定が、また出来てしまったのである。

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