第16話「ですが、信じられません」
年齢も、性別も関係ない。
それが現実の魔法少女。
「ですが、信じられません。こんな超人的なこと......」
「でも、お客様も体験したのでしょう?」
「それは......」
研也は店員に差し出されたコンパクトを見下ろす。
このコンパクトで、昨夜確かに自分の容姿はおじさんから少女に変身した。それは紛れもない事実だ。夢であれと願っていたが、今ここでこの話を聞いていることが、すべて現実であることを示している。頑なに頭はそれを認めたがらないが。
「最初は誰しもが驚きます。彼らの存在だって、世間の目を浴びるようになったのはここ数年のことなんです。それまでは、ただのコスプレ集団だと思われていましたからね」
それはそうだろう、と研也は頷く。いくら理解力がある人に話しても、現実味が無さ過ぎて理解に時間がかかることは容易に想像できる。
「彼らはずっと前からいたんですか?」
数年で注目されるようになったということは、その前から存在していたということになる。しかし、街中で彼女らを見かけるということは、今までなかった。
「ええ、いました。魔法少女の起源は正確にはわかっていません。彼女らは数年前まで、メディアからはかけ離れた場所で人々を助けていました。今ではアイドル同等の扱いを受ける存在ですがね」
「どうしてそんなに突然人気に......?」
研也の問いに、店員は目を伏せた。
「それは、敵の数の圧倒的な増加です。先ほどの動画で、黒い霧が彼女らに襲い掛かっていたでしょう。あれが敵です。もとは人間ですよ」
「え?」
研也は、さっき店員に見せてもらった動画を思い出す。黒い霧がたしかに映っていたが、あれが人とは結び付かない。人の原型すら留めていないのだ。
「この話でよく持ち出されるのが盃です。人の心には、一人一つ盃を持っています。大きさは人それぞれ。その盃に、負の感情がひとつひとつ溜まっていきます。負の感情は、これも人それぞれです。怒りや悲しみや、嫉妬や憎悪。この盃が満杯になった時、人はあの姿になります。自分で自分を制御できなくなってしまうのです」
店員はティーカップを手に持って、立っている湯気にふっと息を吹いた。
「魔法少女はそのような負の感情を浄化し、盃を空っぽの状態に戻すという役割を担います。彼女らにしかできないことです」
彼が紅茶を一口飲むのを、研也は黙って見つめていた。
「しかし、最近はストレス社会と言いますか、人々が我慢を強いられる場面が多くなりました。それは私生活においてもです。盃が満杯になっても尚降り注がれる負の感情_____皆、自分の心を押さえつけすぎているんです。そして、一人が耐え切れなくなって、ドミノ倒しのようにそれが広がります。満杯の状態にさらに負の感情を入れようとするわけですから、霧状になった時の威力もすさまじいんです。魔法少女一人で事足りていた場面が、到底一人では片付けられないほど大変なものになっています。すぐ終わっていた戦闘をずるずると引きずってしまい、人の目につく機会も多くなってしまったんです」
店員はカップを置いた。
「今、魔法少女の人手が圧倒的に足りていません。そこでお客様には声をかけさせていただいたわけです」
「......」
「お客様には才能がおありです。お世辞なんかではありません。何人もの魔法少女を見てきて、あなたに大きな可能性を感じるんです」
店員は真剣な目で見てくる。研也はどんな顔をしていいのか分からず、視線を下にずらした。魔法少女の才能があると言われて、こんなおじさんが喜んでいいものかすら分からない。これだけの非日常な体験があるだろうか。
「ひとつ、お聞きしてもよろしいですか?」
「はい、何でもお答えします」
研也には腑に落ちないことがあった。さっきの動画に出てきた魔法少女_____彼らは、どうして魔法少女になったのか。こうして突然のようにスカウトされて、二つ返事で決めたわけではないのだろう。何が彼らの心を動かしたのか。
「仮に魔法少女になったとして、そこに何を見出すんでしょう。魔法少女で居る理由とは、何なんですか?」
敵と戦うということは、自分自身が危険に追い込まれるリスクがあるということだ。そのリスクを追ってまで、魔法少女になりたいと思わせているものがあるのだろう。それは一体何なのだろう。
「理由は様々です。年齢が上がるにつれて動かなくなる体から、若くて美しい少女の体が欲しいですとか、子供のころのあこがれや好奇心ですとか。身近な人を守りたいという人も居ます」
「身近な人を_____」
研也の頭に二人の子供の顔が浮かぶ。
「家族や恋人の盃が満杯になったら、相手が苦しんで周りの人を傷つけているのを黙って見ていられますか? 魔法少女の到着を待つまで、自分たちは何もできません。もしかしたら、正気を失ったその人に殺されてしまうかもしれません」
研也は呼吸を忘れた。
「盃が溢れるタイミングは誰にもわかりません。その人が姿を変えてしまった時、魔法少女でない限り指をくわえて見ているしかできないのです」
研也は子供の顔を思い浮かべた。そして、その姿は崩れ、動画に出てきた黒い霧に姿を変えた。_____いや、馬鹿らしい。
魔法少女が存在するとしても、やはりこの話は最初から現実味が感じられない。何十年も生きてきた経験が邪魔をしているのだ。
研也はコンパクトを手に取る。
そして、それをそっと店員の方に押し返した。
「私は魔法少女にはなりません」
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