第4幕 呪いと祝い
狂った短編が終わった。
カップルは頭を脳みそごと切り取られ、切った部分をやすりで整えた。
その後、場所を風呂場に移し、女の方の血を頭から洗い流した。
そして男に白のスーツを着せ、女には血を染み込ませたドレスを着せた。
有刺鉄線で2人がまるでキスをしているように固定する。
壁は女がいる位置を血や赤いペンキで塗り潰した。
最後にキスをしている口に、白のテープと赤のテープで、バツ印の状態にして貼り付けた。
これが……。
第1幕、ノータリンの結婚式。
この狂った事件現場をこいつ1人で考えて作りだした。
そしてカメラマンは……。
俺の元相棒だ。
流石に何人かは口を抑えてる。
そこらへんで吐いてるやつもいる。
「皆様、いかがでしたか?」
「これが第1幕、ノータリンの結婚式です!」
ふざけたマスクを被った奴が、また出てきて喋りだした。
「素晴らしいでしょう?」
「異性を弄び、大麻にも手を出したカップル」「2度と人様に迷惑を掛けないようにして、祝福されるという最高の結婚式」
何が最高の結婚式だ。
頭を空っぽにしたキチガイな殺人じゃねぇか。
「本当は5幕までお見せしたいんですが、時間が押してしまいますので、またのご機会に2幕をお見せしようかと思います」
こいつは何がしてぇんだ?
こんな映像を見せて……。
何が映画監督だ!
「本題に入りますが、私はこの作品のような映画を撮りたい」
「より過激で、リアリティのある、素晴らしい映画を……」
素晴らしい映画?
ふざけてやがる。
「舞台はこの日本。キャストはもちろん………」
「あなた達です!」
このイカれマスクのバカデカい声が、周りを凍りつかせた。
周りだけじゃない。
俺らもだ。
白馬はまだ唖然としている。
俺もだ。
開いた口が塞がらない。
キャストはあなた達ということは。
まさか……。
「私はあの方の映画を知り、自分でも素晴らしい映画を撮りたいと常々思ってました。」
「そしてようやく決心がついたのです!」
「恐れながら私は、あの方を超える最高の映画を撮りたい!」
「そして思い付いたのが、全国民をキャストに映画を撮ることです!」
「タイトルはSplatter MuseumⅡ ~The story is set in this country~、舞台はこの国!」
「私がアスモデウス監督の後を継ぎ、あの方をも超える最高の続編を完成させます!」
「この作品も短編集です」
「しかも!」
「第1幕で最高のキャストが登場してくださいます!」
「ノータリンの結婚式に感銘を受け、多くの夫婦達を祝福してきた神父!」
「なんと私の1幕に出演することが決まりました!」
周りがざわめきだす。
結婚式襲撃犯の首謀者。
奴も協力者ってことか?
「私は神父に最高の結婚式を行っていただきたく、共同で脚本を考えました」
「タイトルは、呪いと祝い」
呪いと祝い?
意味がわからねぇ。
「まず今回のキャストなんですが……」
「去年の6月5日から今日までの1年間、離婚をされて独り身の方が対象です。」
「おめでとうございます!」
と、拍手しながら言った。
「嘘……」
「私最近、あのDV夫と別れたばかり……」
近くにいた30代ぐらいの女が、ぼそっと呟いた。
青ざめた顔をしている。
他にも何人か騒めきだした。
「何をしろっていうんだ……?」
「神父って、あの結婚式襲撃事件のやつじゃ……」
「なぜ今回は離婚した人なんだ?」
確かにそうだ。
結婚式を襲撃してた奴らの首謀者が、なんで離婚をした奴を対象にしたんだ。
「今回神父は趣向を変えて、離婚してしまった方々を再び結ばれるようにしたいとのことです」
「当初は愛し合って結婚したのに、何かしらの要因で離れてしまった」
耳が痛かった。
俺もバツイチだ。
あの頃から何もかも変わってしまった。
連絡も取れないし、娘に会えずにいた。
きっといい年頃だろう。
「そんな方々のために、神父が素晴らしい舞台を用意してくださるそうです」
この流れだと、いい舞台ではなさそうだが。
「この1年で離婚したのは23万組。多いですね。年々増えていく一方です」
「全員は流石に厳しいので、主演は1組までとさせていただきます」
「選ぶのは対象になった方々です」
「その1組を選ぶ方法をご説明いたします」
「使用するのは、皆様ご存知の丑の刻参りで使われる藁人形と五寸釘」
「そして婚姻届です」
「私の優秀なスタッフ達が調べ上げて、既に記入してある婚姻届を男性の方のご自宅に届けさせていただきました」
「この婚姻届には他にない、1つの欄を設けております。
「それは…………」
「夫が妻に捧げるものです!」
やはりそうか。
今までと同様に無理矢理体のどっかを花嫁に移す気だ。
「婚姻届を藁人形に入れて、ある場所に打ち付ける。その方が今回の主役に選ばれます」
「藁人形と五寸釘は、ご自身で持参してください」
「ちなみに藁人形、五寸釘はどなたが使用しても大丈夫です」
「婚姻届さえ入っていれば、打ち付ける人も自由です」
「自分で打ち付けるのもよし、他の方が頂戴し、捧げ物を書いて打ち付けるのもいいです」
「そして打ち付ける場所なんですが、簡単にわかってはつまらない!」
「あくまでヒントという形で皆様にお伝えしましょう」
「一度しか流さないので、メモをするなり、動画を撮るなりしてください」
ここいる全員が携帯を取り出す。
「では始めます」
画面が変わり、何か書かれた紙が映し出さられる。
あの時と同じだ。
12年前の事件もこんな紙が置いてあった。
トチ狂った内容。
当時の俺はそう思ってた。
だが、違った。
狂っていたことに間違いはない。
しかし、それが犯人に繋がるヒントだった。
俺はそれを見逃していたんだ。
画面に文字が書かれた紙が映し出されて、読み上げられていく。
呪いと祝い
呪いと祝いは紙一重
どちらも祈ることに変わりはない。
その祈りは離れ離れになった夫婦を再び繋ぐことができる。
教会の5要素に示されてるように、
主にある交わり、共同体となること。
祝うならその分だけ鐘を鳴らそう。
呪うなら釘の寸法分、鐘に藁人形を打ち付けよう。
花婿は花嫁に捧げ物をすることで、前より強い絆で結ばれる。
呪うが祝おうが、その鐘が夫婦を幸せにしてくれるのだ。
クソ……
今回のも全くわからん。
白馬はどうなのか?
「白馬、何かわかったっか?」
「すんません。さっぱり意味がわからないっす」
やはり白馬もわからんか……。
第一こんなのがわかるやつなんているのか?
それに参加したがる奴いるのか?
バックれれば済む話じゃねぇか。
「ちなみに、棄権はできないのでご容赦ください」
できない?
どういうことだ?
「先程もお伝えした通り、私には優秀なスタッフが各地に存在します」
「万が一棄権の意思を示す行為、差し上げた婚姻届を破棄してるところを見つけた場合……」
「強制的に結婚式を行わせていただきます」
「本当は1組に絞りたいんですが、そのようなことになってしまっては致し方ありません」
「それが二桁だろうが、三桁だろうが構いません」
本気で言ってるのか、こいつは?
「制限時間は今から5日間、6月10日の23時59分までです」
「もし打ち付けられなかった場合は、対象の方はもちろん、事実婚や男性18歳以上、女性16歳以上のカップルから1組選別し、結婚式を行いたいと思います」
そんなことしたら23万組どころじゃなくなる。
余計に誰が犠牲になるかわからない。
「あ、あと同性カップルもです」
「私は同性愛差別はしません」
「今、同性婚もこの日本では認められていない状態なので、それもまたいい機会かもしれません」
こいつ……。
何がいい機会だ!
ふざけやがって!
「最後にお願いがあるんですが、Splatter Museumに出演されたキャストの方や関係者の方も是非、私の映画に出演していただきたい」
「有名な俳優を起用する、スターシステムというものです」
「残念ながら存命されてる方のほとんどが刑務所に入られてるので、警察の方々には釈放をご検討いただきたいです。」
ふざけたことを言いやがって。
小田友和は行方不明。
実行犯の2人はまだ刑期を終えてない。
事件後におかしくなって人を殺した、被害者の母親もそうだ。
ちょっと待てよ。
関係者……。
当時捜査をしていた俺も当てはまるのか?
「私からは以上です。皆様の名演技に、期待しております」
マスクの奴が消えて、またいつも通りの映像に戻った。
そして、近くの若い男が隣の30ぐらいの女に掴みかかった。
「おい!さっき離婚したばかりって言ってたよな」
「ささっとこんなの終わらせろ!」
「は、はぁー?あんた何言ってんの?」
「それって私が死ぬってことじゃない」
女が反論する。
「そうだ!お前と元旦那が打ち付ければ解決だ」
「俺もかなちゃんも巻き込まれるのはごめんだ」
若い男の後ろに小さな女の子がいる。
きっとこいつの彼女かなんかだろう。
誰も打ち付けなければ、カップルからも選別される。
こいつらはそれが怖いんだろう。
「そうよ!あんたと元旦那がやれば解決じゃん!」
「ささっと終わらせてくんない?」
男も男なら、女も女だ。
似たものカップルだな。
30近くの女は歯を食いしばってる。
流石にもう見てられねぇな。
「おい!いい加減に……」
その時、少し離れたところから怒鳴り声と走り音が聞こえた。
「逃げんな!おっさん!」
若い茶髪の男がおっさんを追いかけてる。
きっと彼女持ちの男が離婚を口にしたおっさんを追いかけているようだ。
他にも次々と声が聞こえる。
「俺が死ぬなんてごめんだ」
「私やかっちゃんが死ぬなんて嫌!」
「あんたが死んでよ!」
「早く元旦那に連絡取れよ!」
「あんたが死ねば全部解決なんだ!」
恐慌状態だ。
何人か離婚してることを呟いてしまったんだろう。
近くの奴らに絡まれている。
そいつらも必死そうだ。
選ばれた奴が死ななければ、自分が死ぬかもしれないからだ。
「皆さん落ち着いてください。私は警察です」
流石に酔いが覚めたのか、白馬が警察手帳を取り出して、この場を収めようとする。
馬鹿野郎……。
そんなことしたら逆効果だ。
「はー?あんたら警察がさっさと神父を逮捕しないから、こうなってだろ?」
30近くの女に絡んでた男に白馬が絡まれた。
「お前らがなんとかしろよ!」
「いざって時にほんとに使えねーな!」
「税金から給料出てるんでしょ?だったらなんとかしなさいよ!」
次から次へと罵声を浴びせられる。
白馬は大勢から責められてたじろいだ。
俺は白馬に
「一旦退くぞ。今から応援を呼んでも間に合わん」
「は、はい!」
俺と白馬はその場から走って逃げた。
後ろからヤジが飛んでくる。
「逃げんのかよ!役立たず!」
「この税金泥棒!」
「あんたたちが神父を捕まえてたらこんなことならなかった!」
「あの映像だってお前らの責任だろ!」
俺らは構わず走る。
俺もいい歳だ。
走るのもしんどいな。
俺らは歌舞伎町のあまり目立たない路地で立ち止まった。
ここならまだ安全だろう。
「な、なんとか撒けたな。白馬、大丈夫か?」
「こ、小山さん、どこにそんな体力あるんすっか?」
「俺もうギブっす」
白馬がゼーゼー言いながら話す。
体力ねーな、最近の若いやつは……。
「それにしても、さっきのはいい判断とは言えねぇな」
「あんな恐慌状態で手帳なんか見せたら火に油を注ぐだけだろ」
「見てらんなかったんすよ」
「あんな歪み合って、死ぬことを強要するなんて……」
「納得できなかったっす」
まあ気持ちはわからなくもねぇが……。
「馬鹿野郎!何度も言っただろう?」
「デカが感情的になったら見えるものも見えなくなるんだよ!」
「常に冷静に考えながら行動しねぇと後悔するぞ」
そうだ。
俺はあの時冷静さを欠いてた。
そしてあのザマだった。
「すんません。小山さんの言う通りっす」
白馬が頭を下げる。
「ったく。いいから頭を上げろ」
「それにさっきから携帯が鳴ってんぞ」
「え……?あっ
白馬が電話に出る。
倉田か。
マル暴にいてもおかしくないぐらい、イカつい顔したガタイのいい刑事だ。
昔から柔道やってたみたいで力がとても強えが、いかんせん単純な捜査しかしない脳筋だったな。
悪いやつでは無いから、その点白馬の相棒としては安心だが。
「小山さん、すんません。緊急で署に戻るよう言われました」
「だろうな。さっきの件だろ?」
「そうっすね……。倉田警部補も上から呼び出されたみたいです」
「そうか……」
「まあ気をつけろよ。道中色々あるだろうが、さっきみたいに安易に動くなよ」
「署で対策を練ってからにしろ。わかったな」
俺は白馬の肩に手を乗せながら言った。
「わかりました……」
「小山さんも気をつけてくださいね」
「は!歳とろうが、俺はそんなやわじゃねぇよ」
「俺はこっちから帰るからな。まあ頑張れよ」
「ありがとうございます!お気をつけて」
白馬がお辞儀し、俺は軽く手を振ってその場を離れた。
俺が退職してからこんな事件か……。
俺もまだ現役なら……。
だが、俺も一応元デカだ。
白馬にアドバイスぐらいはできる。
あんま思い出したくねえが、前の事件と繋がりがないか考えてみるか。
俺は1人、過去を振り返りながら、家に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます