婚約破棄されそうだったので、婚約破棄で応戦しました

アソビのココロ

第1話

 チャルマーズ王太子殿下御自身が主催した学生慰労のパーティーの会場、宴もたけなわです。

 殿下ったら得意げに子爵令嬢シェリーを左腕で抱きしめています。


 またシェリーもノリノリじゃないですか。

 殿下にべったりくっついて。

 あなた殿下みたいな頼りない人は好みのタイプじゃないでしょう?


 殿下の性格はわかっていますよ。

 目立ちたがりですから、このタイミングを逃すわけがありません。

 チャルマーズ殿下はわたくしルシンダを婚約破棄するつもりなのです。


 しかしそう簡単に問屋は卸しませんよ。

 殿下が右腕を高々と上げたところでミッションスタート!


「ルシンダ・ハルフォード侯爵令嬢! 私はそな……」

「婚約破棄いたしますわっ!」


 言った、言ってやった。

 わあ、案外気が晴れるものね。

 殿方の言葉どころか、チャルマーズ王太子殿下のお言葉を遮っての婚約破棄宣言ですから。


 ……もっともわたくしが口を噤んでいれば、殿下が婚約破棄を言い出しただけの違いでしかないのですが。

 どちらにしても終わりなのだわ。

 さようなら、わたくしの青春。


「こ、婚約破棄とは?」


 現実に引き戻されます。

 まあ、殿下ったら間抜けなことを仰るんですから。


「婚約破棄とは婚約を破棄するということです。この場合はわたくしと殿下の婚約を、わたくし側からお断りするという意味ですわ」

「な、何故……」

「何故とはどういうことですか! 御自身の左腕を御覧なさいませ! そんな端女に誑かされてっ!」


 アタフタする殿下ちょっと可愛いですね。

 そう、殿下は可愛げはあるのですが、頭脳の方はもう一つなのですわ。


「シェリー嬢を端女などと! そんな横柄な振る舞いが私の婚約者たるに相応しくないのだ!」

「端女を端女と言って何が悪いのです!」

「その傲慢さが板に付き過ぎるというのだ!」

「殿下こそ『端女』を辞書で調べて御覧なさいませ。召使いのことですよ?」

「え?」

「シェリーはわたくしの侍女ですから、端女で少なくとも大きな間違いはありません!」


 え、そうなのって顔をしてらっしゃいますね?

 そうなのです。

 これはわたくしとシェリーで企んだ茶番なのですから。


「で、ではルシンダが使用人扱いすると、シェリー嬢が言っていたのは……」

「使用人なのですから当然ではありませんか」

「……」


 唖然としているチャルマーズ殿下。

 シェリーとの打ち合わせ通りですわ。

 どうせシェリーから聞いたわたくしの言動だけを根拠に、わたくしを婚約破棄しようとしたのでしょう。

 そうはまいりませんわ。

 殿下に漏らしたのは全て、わたくしがこの公開婚約破棄劇を成功させるための、操作済みの情報なんですから。


「シェリー、あなた殿下にしなだれかかって。はしたないと思わないのですか!」

「思わなくもないですが、チャルマーズ殿下がそうせよと仰るのです。私が殿下に反対できるわけがないではありませんか」

「それもそうですね。殿下っ!」


 ビクッとする様は小動物のようです。

 追い詰め過ぎてもよろしくないです。

 この辺で勘弁して差し上げましょうかね。


「殿下、わたくしが殿下を婚約破棄したことに関して、不服はございませんのですね?」

「え? あ、ああ。ない」

「さようですか」


 殿下は予定とは違ったものの、わたくしとの婚約がなくなることを奇貨として乗ることにしたようです。

 何年も婚約者であったのに寂しいものですね。

 でもシェリーは殿下のものにはなりませんよ。

 シェリーには思い人がおりますし、大体王太子殿下とは身分が違い過ぎますから。


 チャルマーズ殿下はどちらかというと愛されキャラです。

 わたくしのような気の強い女とは合わないとは思いましたが、それなりに信頼関係を築けていると考えていました。

 全てわたくしの勘違いだったのですね。


「チャルマーズ殿下、そして会場の皆様。わたくしルシンダ・ハルフォードが殿下を婚約破棄したこと、ようく御記憶くださいませ!」

 

 こんなところでしょう。

 殿下がシェリーを見初めたのは完全に偶然でありましたが、おかげで先手を打つことができました。

 チャルマーズ殿下は運がおありになる。

 願わくば運を味方に付けられますよう。


「皆様、お騒がせして申し訳ありませんでした。わたくしはこれで退場させていただきますが、まだまだ夜は長うございます。皆様におかれましては存分に楽しまれますよう」


          ◇


 ――――――――――後日、ハルフォード侯爵家邸にて。


「お姉様の仰る通り、私にチャルマーズ殿下からの婚約の打診がまいりましたわ」


 御訪問くださった、マデリーン・ザインデラル侯爵令嬢が言います。

 二つ下のマデリーンとは昔から仲が良く、お姉様と慕ってくれるのです。


「計算通りですね。マデリーンは可愛らしいから、必ずそうなるだろうと思ったのです」

「まあ、お姉様ったら」


 ころころと笑うマデリーンは本当に可愛いのです。

 もっともそれは外見だけで、中身はわたくしの妹分だけあって、とてもしっかりしています。

 マデリーンならばチャルマーズ殿下に嫌われることはなく、将来の王妃としての務めを確実に果たすと思います。


「ごめんなさいね。手のかかる殿下を押し付ける形になってしまって」

「いえ、あらかじめそうなるだろうと、お姉様に言われておりましたから。既に覚悟はできておりました。家族も名誉なことだと喜んでおりますし」

「そう」

「年下の私が言うのは何ですけれども、殿下は可愛らしいと思いますよ」


 マデリーンの言う通りなのです。

 チャルマーズ殿下は見込みがないわけではない。

 愛嬌といいますか可愛げといいますか、愛されキャラがいい方に作用すれば、まずまず温厚で堅実な王となれるのではないかと思います。


「お姉様?」

「何でしょう」

「お姉様がチャルマーズ殿下を婚約破棄なさった件ですけれども。私には舞台裏がよくわからないのです」


 なるべく何でもない風を装って、マデリーンを見ます。

 意思を込めた強い顔ですね。

 わたくしのために怒ってくれなくともいいのですよ。


「マデリーンが想像している通りだと思いますよ?」

「……私の思っていることが当たっているならば、お姉様ばかりが泥を被る形になるではありませんか」

「わたくしだけではなくて、シェリーもですけれどもね」

「いえ、私は所詮脇役です。おまけに一番得しています。損を被っているのはルシンダ様です」


 我が国の状況というものがあります。

 陛下と正妃様との間に男児はチャルマーズ殿下のみです。

 王太子に立てられるのも当然で、甘やかされているからということもあるのでしょうが、殿下には隙が多いのです。


 殿下はわたくしを婚約破棄することで、ハルフォード侯爵家の後ろ盾を失うということをお考えだったでしょうか?

 そしてその程度の判断もできないのかと、有力貴族に見限られるかもしれないという想像力がおありだったでしょうか?

 王家の求心力が失われ、国が空中分解する危機なのですが。


 チャルマーズ殿下が言い寄ったのがシェリーだったというのは、本当に僥倖としか言いようがないです。

 おかげでわたくしの方から婚約破棄するという、口実とタイミングが生まれました。

 殿下はハルフォード侯爵家の娘たるわたくしを婚約破棄した大バカ者として糾弾されずにすんだのです。


 代わりに遊びが祟って婚約破棄された可哀そうな王子、と苦笑されることにはなりましたが、それくらいは御愛嬌でしょう。

 マデリーンと婚約することによりザインデラル侯爵家という新しい後ろ盾を得られさえすれば、チャルマーズ殿下の立場は安泰ですから。

 国を揺るがす事態にはならないです。

 ……もっとも殿下は陛下にこってり絞られたでしょうが。


「その代わり、お姉様の評価が最悪ではないですか!」


 マデリーンの言う通りです。

 こともあろうに王太子殿下を婚約破棄した悪女として、一躍わたくしは有名人になりました。

 いえ、チャルマーズ殿下の横暴を許さなかったよくやったと、女性には私の肩を持ってくれる方も多いのですが。


「よいのです。お国の安定のためには仕方ありません」

「ルシンダ様は陛下と正妃様から感謝の言葉もいただいたのですよ。もちろん非公式ではありますが」

「えっ? すごいですね」


 本当です。

 危ないところをわたくしの機転で救われたと。

 わたくしの一縷の望みも実はそこにあります。


「ところでシェリー様が一番得をしているというのはどういうことですの?」

「ああ、ちょっと愉快な話なのですよ……」


 これは説明しなければわからないことでしょう。


「実はシェリーはお兄様と両思いなのです」

「ええっ? 存じませんでした」

「本来ならハルフォード侯爵家を継ぐお兄様と子爵令嬢のシェリーでは、少々身分の開きが大きいのですけれどもね」

「あっ、お姉様の武勇伝で表向きハルフォード侯爵家は謹慎の姿勢を見せなくてはいけなくなったから、シェリー様がお相手でちょうどいい塩梅になった?」

「正解です。マデリーンは賢いですね」


 お兄様に婚約者がいないのはシェリーがいたからということがあります。

 もちろんお兄様の元には多くの縁談があったのですが、わたくしがやらかしたので、家格の近い相手からは敬遠気味になるでしょう。

 シェリーもまた、わたくしの腹心が務まるだけのしっかり者です。

 他家からの横槍が入ることなく、シェリーをハルフォード侯爵家に迎えることができるのは喜ばしいことなのです。


「やはりお姉様ばかりが損です。納得いきません」

「いえ、まだ損と決まったわけでは……」

「えっ? 何故です?」

「実はルシンダ様は昔からアンブローズ殿下のことを好いているのです」

「あっ、気付きませんでした!」

「も、もう、シェリーったら」

「よろしいではありませんか。もうルシンダ様はチャルマーズ殿下の婚約者ではないのですから」


 マデリーンが笑顔になって頷いています。

 アンブローズ殿下は側妃様の御子で、チャルマーズ王太子殿下からは異母兄に当たります。

 結婚していらっしゃいましたが、お妃様を亡くして現在は独り身なのです。


「お姉様はお妃教育も進んでいらっしゃいましたし、王家としては手放したくないでしょう?」

「きっと陛下がお礼の意味を込めて、アンブローズ殿下との間を取り持ってくださいますよ」

「そ、そうかしら?」


 チャルマーズ殿下が即位された後、兄のアンブローズ殿下と元婚約者のわたくしは新王の手綱を引く存在になり得るでしょう。

 調子に乗りやすいところのあるチャルマーズ殿下ですから、アンブローズ殿下とわたくしが結婚して殿下の押さえに回ることは望ましいと思いたいですが……。

 ……わたくしから言い出せる話ではありませんしね。


「お姉様、顔が赤いですよ」

「見かけによらず乙女なんですから」


 見かけによらずとは何ですか!

 ああもう、ニヤニヤしている二人が憎らしいですわ!


          ◇


 三日後、王家から待ち望んだ吉報がもたらされ、ルシンダは躍り上がって喜ぶのでした。

 めでたしめでたし。

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