序章 誓約
「では小川様。あなたは異世界転生を希望されるとのことでしたが、こちらの誓約書によくお読みになられたうえでサインを頂けますでしょうか?」
無機質な、なんら温かみの感じられない声で事務的に処理を進める、いわゆる天使…のようなそれは、まばたたき一つすることもなく、男を眺めていた。いや訂正しよう、男を眺めているように見えた。頭上には天使の象徴ともいえるわっかを携え、髪は腰まで届く美しい銀色のストレート。しかして背中に生えた翼は、ふわふわした白い鳥の羽を連想させるアレではなく、むしろ悪魔だと説明を受けた方が納得できるような禍々しい形状で漆黒。その双眸は紅に陰り光はなく、一切の感情というものが読み取れない。
異質なのは天使の風貌に限らず、この空間も同様であった。どこまでも黒く広がり、それと同時に淡くぼんやりとした光を放ってるのだ。
「…どうして第七項は空白なんだ?」
そんな明らかな異形を前にしても、男は冷静に誓約書に目を通していた。いつかそうなればいいなと、半ば諦めながらもどこかで期待していた異世界転生という機会が恐れを上回ったのかもしれない。
「そちらの第七項は、小川様自身でおひとつ自由に誓約を決めていただく項目となっております。もちろん白紙のままでも問題はありません」
ゲームでいうところの縛りプレイみたいなものか…と、男、
「空白でいいならそのままにしよう。特に思いつくこともないし」
小川の決断を聞いた瞬間、天使の口角がほんのわずかに吊り上がったことに小川は気付かなかった。
「承りました。ではこちらの誓約書をもって、小川様を異世界へとお送りいたします」
天使がそう宣言するや否や、小川の体はさらさらと崩れ去るように細かな結晶となってどこかへ消え去った。
「…おっといけませんね、すっかり忘れておりました。小川様に付与されたチートスキルは悪食。と説明する前に送ってしまいました」
まぁ…、それは大した問題でもないのでいいですよね。
天使は小川が先ほどまでたっていた辺りまで移動すると、虚空に向かって深々とお辞儀をしてからどこかへと消えていった。
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