人頭税

「この度、国民の皆様の期待に応え名誉国民制度を導入しました。


 こちらは全国の企業と連携し、給与の半分を口座から直接政府に納入することで、どなたでも名誉国民となることができます。名誉国民の方は、居住している都道府県の中に限った全てのサービスを受けることができます。毎日のお買い物も、友人とのカフェでのひとときも、仕事帰りの一杯も、全て無料で利用できます。お買い物はオンラインで行うことで、外出の手間さえ省くことができます。


 もちろん、納入に関わる手数料などは国営のため、一切かかりません。給料日と連携して、自動的に一定額が引き落とされるので払い忘れることもありません。また、セキュリティにも細心の注意を払っています。各国共同で開発した高精度の管理システムによって、その安全性は高く保証されています。このプロジェクトには各国首脳のサインもされており、信頼性は情報漏洩等の心配もありません。


 未成年の方でも、親権者による代替支払いが可能です。その際は所属する学校に申請を受託すれば、本人は簡単な書類を書くだけで加入できます。卒業して新社会人になった際は、自動的に支払口座がご本人に切り替わりますので、面倒な手続きも必要ありません。


 既に国民の八割は名誉国民制度を利用しており、高い評判を得ています。街行く人に声をかけてみましょう。


_______名誉国民制度についてどう感じますか?


_______ああ、あれね。もう最高ですよ!クレカの支払いなんて気にしなくていいし、なにせ外に居ればなんでも無料で手に入る!


_______あの制度はとても良い!もう飯屋に行っても値段を気にしながら飲む必要はないし、全然支払う額よりも多くのサービスを受けられるのが何よりも利点があるよね!


_______名誉国民制度?そんな名前だっけ。

_______うちらの間では「ねんパス」って言うんだ〜。良くない?



____では、なにか現状の生活に不満はありますか?


____ないね。これこそ人類が求めてきたユートピアだろう!


________強いて言えば、住んでる街にしか特権がないっていうのがなあ。遠くの友達と会う時は普段通りの金がかかるし、制度が導入されてからはそえんになっちゃったなあ。まあ、今の生活のほうが楽しいし、文句ってほどでもないけどね。


________毎日ホテル生活になっちゃってえ、アタシ高校生なのにもうずっと家にかえってないんですう。だって、家遠いから帰るとお金かかっちゃうし、もったいなくね?

________マジそれな。てか、もうホテルとか全部レンタルスペースみたいにしちゃってもよくね?

________ヤバッ、それ天才じゃん!もう総理大臣なっちゃう〜?ギャハハ!


 多くの人がこの制度に賛成しているようですね。

こちらの制度はいくつかの従来制度と異なり、書類での申し込みや審査が必要なく、毎日どの時間でもネットから申請が可能です。申込の際は以下のQRコードを読みとり、××省の〇〇課まで……」


 男はテレビを切った。

またいつ国の奴らが勧誘してくるかわからない。電波も国営管理になった今、長時間の使用をすると半強制的に加入させられる可能性があるのだ。大きくため息をついて、リモコンを床に放り投げた。


 もうほとんどの施設は従来の現金やカード決済に対応していない。制度が導入されてからわずか三ヶ月だが、あっという間に各店舗はそれに対応してしまった。現金を信じる人たちは、物の売り買いが出来なくなり高い金を払ってまだ法整備が整っていない地方へ移住したほどだ。男もいずれ、同じ運命を辿ることになる。


 家に買い込んでおいた保存食はほとんどなくなり、男は空腹を紛らわすために酒を飲むようになった。ぼんやりした頭で、それでも一点を見つめていた。ソファーにだれる男の視線の先には、仕事用のパソコンがあり、何度も何度もメッセージの通知音が鳴り響いていた。


 仕事をしなければ。そう思われたが、仕事をすれば給与の半分が自動的に引き落とされるのだ。男は今まで、ただでさえ家賃と税金で給与が奪われ手取りはほとんど無い生活を、それでも安い食物を見繕って生き抜いてきた。それが男にとって唯一とも言える生きる自信につながっていた。給与が半分も減るというのは外の世界で幾らでもサービスを受けられること以上に生きる意味を失わせた。男にとってこの暖かな家はもはや冷たいもぬけの殻であり、甘美なはずの酒は死を誘う毒の味がしたほどだった。


「別に遊んでるやつがどうとか、そういうことじゃない。俺は俺なりに、内と外に線を引いてきた。自分の金で食べる飯が一番美味かった。でもこれじゃあ、家にいても飯もろくに食えない。一体どこが家なのかわからないじゃないか。ちっとも気が休まらない」


 男にとって生活とは、自らを律するものだった。それが奪われ自分の生活を誰かに委ねることが何よりも嫌だった。


「まったく、人はなんて”おろか”なんだ。こんなものを始めたせいで、どいつもこいつも人のことなんて気にしなくなりやがった。利便性を求めるゆえに、人間はいつしか責任の所在すら忘れた。サービスの裏にどれだけの苦労があるのか、考えなくなった。そして帰る家が見つからなくなって、今度は金で居場所をサブスクするのか。なんて都合のいい生き物だ」


 この国がその後どうなったのかは、誰も知らない。

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