第8話 【高校生の友達】

優陽ゆうと~、ゲーセン行こうぜ」

 

 そうして声を掛けてきたのは、かいだ。

 海は陸上部に所属しているがどうやら今日は部活が休みなので、遊びたい様子。


「いいぞ」とOKを出した時、和雲と美和の二人がやってくるのが見えた。


朝比奈あさひな全場ぜんば。僕たちも混ぜてよ」

「おー、いいね!行こう行こう〜。今日は和雲わくに負けないよ」

「僕も負けないからね」


 海と和雲は、ある格闘ゲームの実力が白昼してるらしく良く勝ったり負けたりしている。

 二人にとってはお決まりのパターンだ。

 

「あの二人またやり合う気だな」

「本当にね、あーなっちゃうと和雲くんも頑張っちゃうからね」


「いいの?」

「良いも悪いも和雲くんが頑張ってるのを見てるの好きだよ」

「そうか」


「優陽、美和みわさん。いくぞー!」


 海のいつもの勢いにお互いに苦笑しながら、急いで追いかけた。



「負けた負けたー!」


 お手上げといった様子で海が騒ぎ、和雲がニコニコと満足した様に近寄ってくる。

 美和も一緒にいて、和雲が勝ったからか同様にニコニコしている。


 どうやら決着が着いたみたいで、別コーナーにいる自分の所まで来てくれたみたいだ。

 

 自分は格闘ゲームは苦手で、海や和雲の相手はつとまらない。

 そこで何をやろうか迷い、手ごろで取れそうなクレーンゲームが無いか探している所だった。


「朝比奈君は、何か目当ての物あるの?」

「いや、特にこれと言ってはないけど、戦利品でも」


 合流し美和に聞かれれば、なんとなしに答えた。

 意識の片隅にあったのは最近交流のある少女。

 別に日頃の感謝をプレゼントするくらいなら良いだろう。

 お世話になってるのも確かだし。


 それを目ざとく海が聞きつけ、おもむろに携帯を構えてきた。


「優陽がぬいぐるみ取るのか?それ、俺も見てみたいから頑張って取れよ。写真に納めておいてあげるから!出来ればポーズ決めて良いよ!」

「一気に取る気なくなったわ」


「ははは、それは絵になって良いね。美和は何か欲しい物ある?」

「あそこにある馬のぬいぐるみが良いな」

「やってみようか」

 

 自身がぬいぐるみを抱えているという絵を思い浮かべてしまいげんなりしてしまう。


 そんな似つかわしくない想像を振り払っていると、二人が移動した。

 どれどれとついて行く。

 さっきのは冗談では無いと言わんばかりに海はシャッターチャンスを逃さぬよう、携帯を構えていた。


 これは海の恥ずかしい写真をいつかはこちらも撮らなければならないと心ひそかに決めた。


「これなら取れそうだね。美和、これで良いかい?」

「うん、お願いね」


 美和は両手を後ろに回し、嬉しそうに言う。

 他の人が同じ事をしていたら、見せつけている様に感じる会話もこの二人がしているととても楽しそうで、自分もつい楽しくなる。


 それだけ自然体で信頼しあっているからだろう。


「優陽ー、おれにもあれ取って~」

「きもい」

「和雲にボコボコにされた心を癒してくれよ~」

「しなを作るな」


 海め、三つ折りにしてのし付けて送り届けてやろうか。

 っと、時間が勿体ないな。

 海は放っておいて、俺も馬のぬいぐるみでも取ろうかな、喜ぶかな。

 ぬいぐるみが好きかは判らないが、もし喜んでくれ笑顔を向けてくれたら。


 そう思うと頬が緩むのを感じた。


 すぐ近くにちょうど良さそうなのがあったので、なにはともあれ挑戦してみよう。


 先に挑戦していた和雲が無事取れたようで、美和が喜んでいる。

 

「やったー。さすが和雲くんだね」

「たまたまだよ。

 でも取れて良かった」

「本当に、和雲は出来ない事ないよなー」 


「そんな事ないよ、これでも頑張ったんだよ?」

「うん、頑張ってくれてわたしは嬉しいよ」


 美和は満面の笑みを浮かべ、和雲に頭を撫でられている。

 そこだけ絵画から出てきたかのように錯覚すら覚え、それはもう幸せそうな雰囲気を振りまき、周囲から視線を集めるほどだった。

 

 そんな美和を満足させて、和雲が近くに寄ってきた。


「朝比奈は、取れた?」

「うーん、もうちょっとな気がするんだけど」

「そうだね、もうちょっと端を引っ掛けるようにすれば取れると思うよ」


「優陽ー、諦めるなよー」

「今度こそ」

「そうだそうだー」


 アームを動かし、狙った所を掠める。

 上手くいっても少し移動し、落ちてしまい軽快な音楽が何度も流れた。


 一度始めてしまったからには引くに引けなくなり、今日の夕食は冷蔵庫にある物で安く済ませよう。

 そう心に決めた頃。

 何度も挑戦し、財布が軽くなってきた。


「さすがに次最後だな」

「もう一息だと思うんだけどね」

「諦めるなー」


 海の相変わらず無責任な言葉に思わずしかめっ面をしてしまう。

 それでもこれを最後と決めた以上は、挑戦あるのみ。

 

「さっきの場所をまた引っ掛ければ今度こそ落ちるんじゃないかな」


 和雲がそう言って教えてくれた所を狙って、再度チャレンジ。

 上手い具合にアームを狙った位置に止められた。


 これで取れなかったらさすがに無理だろう。

 そんな会心の位置だ。


「いいじゃん、いいじゃーん」


 シャッターチャンスとばかりに、海がはやし立てる。


「朝比奈君もとれそうだね!」


 アームの移動と共にぬいぐるみが落ち、無事に取る事が出来た。


「和雲、サンキュー」


 それをどうするとも聞かず、軽く頷いた。

 ここで写真を撮る「カシャ」という音が無ければどれほど良かっただろうか。


 あ、やられたっ。


 すぐさま海を補足するべく動く。

 

 同時に海も身構えた。

 大事な物を守るように。


 いや実際、海の携帯だから大事な物には違いないけども。


「海、それ貸せ」

「え、やだー」

「寄越せっ」


 間に和雲達を挟んで対峙する。

 シュッシュッシュと右へ左へフェイントを交え、にじり寄る。

 海も警戒し隙を見せない。

 ジリッ、ジリッと焦れた自分は腕を伸ばした。

 届く。

 と思いきや、その手は後少しで服を掴めそうな所で空を切った。


 惜しくも逃げられてしまった。

 陸上部の海に初手で逃げられてしまったら、もう捕まりはしない。

 それでもなんとか出来ない物かとあがくが。


「まぁまぁ、そこまで。海は無断むだんで撮るのは良くないからね。

 朝比奈も無理やり取るのもね。海は写真をバラまかないように」

「へーい」

「おう。海は反省してなさそうだけど……」

「全場君は、そこはわきまえてるよ。あ、写真はわたしも頂戴ね」

「美和を止めろ彼氏」

「ここだけのメモリアルという事で手を打ってよ」

「美和が絡むと途端に甘いよな……」


 静かに溜息を一つ付くと、和雲が笑い美和と海も笑いだし、どうでもよさがまじり始めた自分もとうとう笑いだしてしまった。

 ひとしきり笑った後、海が聞こえてきた。


「それで優陽は、そのぬいぐるみ取って誰かにあげるの?」


 そう言った海の鋭い問いかけに自分はそのまま笑う事しかできなかった。

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