第8話 知られた正体(後編)
放課後、第二校舎一階の一角。
生徒たちの憩いの場として設置されたソファに座り、私は御倉さんと向き合っていた。
「転生してきたのか、ねぇ……」
顎をさすりながら、私の言葉を―――厳密には草薙くんのセリフを、小声で反芻する御倉さん。
ただいま、転生者定例会の最中である。
定例会―――御倉さんとはクラスが異なり、昼間はなかなか話をするタイミングが無いため、放課後以降に特定の場所で落ち合い、近況報告をし合っているのだ。
そこで私は早速、今日の昼休みにあったことを話した。
普段通り八重垣くんと草薙くんと昼休みを過ごしていたこと。
その途中で、草薙くんに転生者だと勘付かれたこと。
そして……
「八重垣くんに誤解されちゃったかもしれないよおぉぉぉ………」
私と御倉さんを隔てるローテーブルに突っ伏し、声を上げる。
本題はこっちだった。
八重垣くんに、草薙くんとイイ感じだと勘違いされてしまったこと。それが最大の問題だ。
項垂れる私の頭を、御倉さんはぽんぽんと撫でつつ慰める。
「大丈夫大丈夫。恋愛モノってそういう展開よくあるから。最終的にくっつくカップルのムーブだからそういう勘違いイベントって」
「なんですかその慰め方……」
御倉さんの適当なフォローに、ますますふてくされる。
そんな私を捨て置き、御倉さんは自身の近況報告を始めた。
「こっちは今のところ異常はないけど~……まぁでも、あたしみたいなモブがここまで大暴れしてる時点で何ともなってないんから、あんまり難しく考えなくて良いかもね」
私の預かり知らぬところで、この世界への影響を懸念するほど大暴れしているのか、彼女は……。
まぁそこは今は置いておいて。
先日の草薙くんのセリフ……まるで、この世界に転生が当たり前にあるような口振りだった。
若干のファンタジー要素はありつつも、このゲームの主軸は学園モノであり、転生が当たり前にあるような世界観ではない。少なくとも、原作ゲームでは。
八重垣くんのことばかり取り沙汰しているけど、もちろん、転生者だと気付かれるのも大問題だ。
……最終的に、八重垣くんに会えなくなるかもしれないから……結局はそこだけど。
異世界の人間だとバレてしまったら、政府やらその手の組織に誘拐されてしまうかもしれない。
はたまた、この異世界の何かしらの秩序が乱され、世界の均衡が崩れてしまったり……
果たしてそんな展開や現象が起こるのかどうか、分からないけれど―――
突っ伏したまま思考を巡らせていると、ローテーブルの下に影が落ちる。
その後、誰かがローテーブルの側面に立ち塞がる気配があった。
「大姫」
その気配が私の名前を呼ぶ。
この声は。
「く、草薙くん……」
顔を上げると、その人影がやはり草薙くんであることが分かった。草薙くんはいつものようにイケメンキャラ然として、私を見下ろしている。
そしてその背後には―――やはり八重垣くんも居た。
「や、八重垣くん!」
目の前に居る草薙くんをよそに、思わず立ち上がって八重垣くんを呼ぶ私。
だが八重垣くんは、特に私にはこれといった反応はせず、何故か仏様のような微笑を浮かべていた。愛おしいものを見守るような、そんな顔。
「お二人の間を邪魔しちまったら悪いからな。そんじゃ」
「おう、また明日な」
それだけを草薙くんに告げると、八重垣くんはそそくさとその場を立ち去ってしまった。
角を曲がって彼の姿が視認できなくなった後、私は膝から崩れ落ちる。
「オイ、そんな露骨に落ち込むなよ……」
「誰の所為じゃい……」
気遣ってくる草薙くんに、つい悪態をついてしまう。
ていうか何でさっきの八重垣くんのコメントを否定してくれないんだ、草薙くんは……。
「それより、話があるんだけど……」
「それならあたしも同席させてもらいますよーっと」
「え、誰?」
いつものクールキャラはいずこへ。突然割って入ってきた御倉さんに困惑する草薙くん。
御倉さんはソファから立ち上がると、草薙くんの手を引いて空いた席に彼を無理矢理座らせた。
「それじゃ……洗い浚い吐いてもらおうか、草薙クン」
「ま、待て待て‼ 何だ? 俺が話があるの大姫なんだけど……」
「あたしとアカリんは運命共同体なのでー、聞いても大丈夫なの。てことで、話してもらおうかなー?」
しばらく御倉さんのペースに乱されていた草薙くんだったが、彼女のその言葉を聞くや否や冷静さを取り戻す。
そして私に、こう尋ねてきた。
「―――話しても大丈夫なんだな? この子
その声の威圧感に、私はおずおずと顔を上げる。
ただならぬ雰囲気に気圧され、流石の御倉さんも背後で息を飲んでいた。
意気消沈していた私も姿勢を正し、彼に向き直る。
「俺の話、聞いてくれるか?」
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