第22話『旅を終えた猫と、島猫たち』


 船の姿が完全に見えなくなったあとも、あたしたちは港に立ち尽くしていた。


 やがてどこからともなくトビの鳴き声がして、あたしとミナはほぼ同時に我に返る。


「……行っちゃったね」


「そーねー。それで、あんたはこれからどうするの? 簡易宿泊所、もう使えないわよ?」


「……サヨのところに居候させてもらっていい?」


「居候って、あんたねー。うちはもう定員オーバーよ」


「いいじゃない。たくさんいるんだし、一匹増えたところで変わらないでしょ」


 言いながら、頭を擦りつけてきた。心なしか、ゴロゴロと喉も鳴っている気がする。


「急に甘えだすんじゃないのー。時々遊びに来るくらいならいいけど、住むのは駄目」


 少し厳し目にそう伝え、ミナを地面へと下ろす。


「あ、こんなところにいたよー」


「よう。新入り」


 そこへ、ココアとネネがやってきた。


「お前にこの島のルールを教えてやるネ」


「……トリコさんから、ある程度のルールは聞いてるけど」


「あんなの序の口。島猫の新人研修は長いよー」


 ココアが口にした『新人研修』という単語に、あたしは吹き出してしまう。


「わ、笑わないでよ、一生懸命覚えたんだから」


 そう言うココアの背後には、スズとクロの姉妹猫や、テンメンジャンの姿があった。


 おそらく彼らも、同期として一緒に研修を受けるのだろう。


「シンジンケンシュー、楽しみだね! 鳥や魚を獲ったりするのかな!?」


「その逆で、むやみにやたらに獲らないように教え込まれるんだと思うけど……?」


 双子の黒猫がそんな会話をする様子を、少し離れたところから母猫のモカが見ていた。


 親離れさせるとは言っていたけど、なんだかんだで心配なのね。


「ほら、まずは全員で行進するネ。愛想を振りまくのを忘れずに!」


「はーい!」


 先輩風を吹かせるネネを先頭に、島猫たちが歩き出す。


 最初は困惑していたミナも、あたしがその背を押してあげると、おそるおそる列へと加わっていった。


 ……ミナは温かい仲間たちに囲まれて、青柳さんを、大好きな飼い主の帰りを待ち続ける。


 たとえ島猫になったとしても、それは変わらないだろう。


「よーし、ここでダッシュ!」


「え、ダッシュ!?」


「観光客がちょ~るを取り出した時、いち早く近づくために必要な動きネ!」


 そんなふうに、真っ白なコンクリートの上で研修に励む島猫たちを微笑ましく見てから、あたしは海へと視線を移す。


 カモメが水面近くを低く飛び、どこか涼しげな海風が流れてくる。


 まだ日中は暑いけれど、どことなく、秋の気配を感じる。


 季節も、島の住民たちも、色々なものが少しずつ移ろいながら。


 佐苗島さなえじまの夏は、過ぎ去っていく。



         しまねことサヨ・第二章『しまねこと、猫を連れた旅人』 完

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しまねことサヨ〜島と猫と、まったりスローライフ〜 川上 とむ @198601113

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