第19話『謎の女性と、衝撃シーン』


 あたしとヒナがしまねこカフェに戻ると、そこには一人の女性がいた。


「あ、いらっしゃいませー」


 反射的にそう声をかけると、女性はわずかに顔を上げた。今ようやく、あたしの存在に気づいたようだ。


「……あなた、このお店の人?」


「そうですけど……今はおじーちゃ……オーナーがいないんで、飲み物くらいしかお出しできないんです」


 近づいていきながら、ウッドデッキに置かれたホワイトボードに視線を送る。


 無人開放中と書かれているし、おじーちゃんは見回りにでも行っているのかもしれない。


「そのオーナーさんは、いつ頃お戻りかしら」


「ちょっとわからないですね……船の時間、大丈夫ですか?」


 あたしは言いながら、和室の壁にかけられた時計を見る。その針は17時近くを差していて、そろそろ最終便の時間が近い。


「宿は取ってあるから大丈夫よ」


 彼女はそう言うと、帽子に軽く手を触れながら立ち上がる。


 そして夕日に目を細めながら、ゆっくりと和室へと歩みを進めていく。

あたしたちは何をするでもなく、その様子を眺めていた。


「この写真、素敵よね」


 やがて和室へ上がった女性は、その壁に無数に貼られた猫の写真を眺めながらそう口にした。


「そうなんですよー。島に滞在している写真家さんが撮ったんです」


「……その写真家って、青柳圭介あおやぎ けいすけって人?」


「そうですけど……お知り合いなんですか?」


 思わずそう尋ねるも、彼女は答えることなく。うんうんと頷いていた。


「やっぱり、この島に来ていたのね。この時間まで、粘っていた甲斐があったわ」


 続けて女性はうっすらと微笑んだあと、あたしのほうへと向き直る。その視線は鋭かった。


「圭介さんがどこにいるか、知ってる?」


「あー、えっとですね……」


 ここまで話しておいて、知らないというわけにもいかなかった。あたしはヒナに留守番を頼むと、女性を青柳さんのいる簡易宿泊所まで案内することにした。



 青柳さんが利用している簡易宿泊所『しまねこ』は、うちのカフェから少し道を下り、見えてきた古民家カフェを目印に横道を進み、狭い階段を上った先にある。


「……げっ」


 女性を引き連れて宿泊所の敷地に足を踏み入れた時、開け放たれた玄関扉の脇に置かれた室外機の上で寝そべっていたミナが叫び声をあげた。


「ケ、ケイスケー!」


 不思議に思っていると、そのまま飼い主の名を叫びながら家の中へと飛び込んでいく。


 よくわからないけど、そんなに驚くようなことなのかしら。


「ミナ、どうしたんだい。何をそんなに怯えて……」


 わずかな間があって、青柳さんが玄関から姿を現す。


 そしてあたしと、その隣に立つ女性を視線に捉えた。


「……かおるさん?」


 そう名を呼ばれた女性は笑みを浮かべながら青柳さんへと近づいていく。


 一方の彼は大きく目を見開き、驚きを隠せないでいた。


「……圭介さん、ようやく見つけたわ」


 すると、薫と呼ばれた女性はあろうことか、あたしの目の前で青柳さんに抱きついた。


「うわぁお」


「ちょ、ちょっと薫さん、子どもが見ているよ……」


 彼女は困惑する青柳さんを気にするでもなく、そのまま唇を近づけ――。


「し、失礼しましたー!」


 その一瞬で二人が恋仲だと理解したあたしは、挨拶もそこそこにその場から逃げ出したのだった。


「ぜーはー、ぜーはー、まったくもー。なんなのよー」


 全速力でしまねこカフェの近くまで駆け戻り、必死に息を落ち着かせる。


 この胸のドキドキは、全力疾走しただけが理由ではないと思う。


 あたしだって思春期の真っ只中なんだから、あの人ももう少し考えてほしいわよ……。


「……小夜さよ、どうしたんだい、こんなところで」


 半分パニックになっていると、背後からおじーちゃんの声が聞こえ、振り返る。


 その手に猫缶やカリカリを持っているところからして、夕方の見回りに行っていたのだろう。


「おじーちゃん、ちょっと聞いてよ。さっき、しまねこカフェに女の人が来てたんだけど……」


 あたしは息を乱したまま、これまでの経緯をおじーちゃんに話して聞かせる。


「……それは本当かい?」


「本当よー。あたし、驚いちゃって」


「……小夜、悪いけど、これを片付けておいておくれ。それと遅くなるだろうから、夕食はヒナと二人で食べておくように。いいね」


 そう言うが早いか、おじーちゃんはあたしに猫のエサ一式を預けると、滅多に見せない険しい顔をしながら、簡易宿泊所へと歩いていった。


 ◇


 その後、言われた通りにヒナと二人で夕食を済ませるも、おじーちゃんが戻ってきたのは20時を過ぎた頃だった。


 出ていった時と同じ難しい顔をしたままで、あたしが何を聞いても、言葉を濁すばかり。何も教えてくれなかった。


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