第11話『島の祭りと、花火大会 その2』
夕方になり、着々と花火大会の準備が進められる港を抜け、あたしとヒナはさくら荘へやってきた。
「あら、いらっしゃい。待ってたわよー」
「お待ちしてたっす」
あたしたちを出迎えてくれたのは、なっちゃんのお母さんである
「晩御飯の仕込み、もうすぐ終わらせちゃうから、少し
笑顔を絶やさない栄子さんにそう言われ、あたしたちはハナグロさんと一緒になっちゃんの部屋へと向かう。
「ナツミお嬢、サヨお嬢たちをお連れしたっすよ」
「なっちゃん、来たわよー」
扉の前でハナグロさんが言うも、なっちゃんに伝わるはずもないので、あたしは控えめに扉をノックする。
「あ、いらっしゃい。ごめんね。ちょっと準備してて」
ややあって扉が開き、なっちゃんが顔を覗かせる。
続いて招き入れられた彼女の部屋は、扇風機やテーブルが壁際に寄せられていた。
「三人分の着付けをするんだし、少しでも部屋が広いほうがいいかなって。髪もセットするから、姿見だけ置いてるんだけど」
どこか申し訳なさそうになっちゃんは言う。
彼女の部屋には久しぶりに入ったけど、相変わらず必要最低限のものしかない。シンプルな部屋だった。
そんな中、ベッドの上にあたしがプレゼントした猫クッションが置かれているのを見つけ、少し嬉しくなる。
「お母さん、もう少し準備に時間かかると思うから。麦茶でも飲んで待ってよう。あ、ヒナちゃんはジュースがよかったかな?」
「おかまいなく! 麦茶は好きです!」
おぼんの上に置かれたピッチャーから麦茶を注いでくれながら、なっちゃんが苦笑する。ヒナは満面の笑みで、それを受け取っていた。
続いてあたしが麦茶を受け取った時、建物のどこからか話し声が聞こえた。
「今日もお客さん来てるのね。お祭りの日なのに大変ねー」
「大変だけど、楽しいよー。色々な場所の話聞けるし」
ニコニコ顔でなっちゃんは言う。
彼女いわく、関東や関西といった国内はもとより、遠くは中国や韓国、台湾といった外国からも宿泊客がやってくるらしい。
「外国人のお客さん、最近増えたわよねー。やっぱり、猫目当て?」
「そう。猫好きに国境はないって感じ」
「言われてみれば、島猫ツアーを希望する観光客の中にも、外国の人いたわねー。アイラブキャットって言われた」
「え、もしかして
「サヨ、すごいです!」
「そこまではできないわよー。なんだかんだで日本語が話せたり、日本の友だちと一緒に来てるパターン多いから」
「そうなんだ……小夜ちゃん、猫と話せるから英語もペラペラなのかと思った」
「それ、どういう理屈よ……英語のテスト、イマイチなの知ってるでしょーが」
「おまたせー。着付け、始めちゃいましょうか」
そんな話をしていると、歪なノックの音とともに栄子さんの声が聞こえた。
「ちょっと扉開けてくれないー? 両手、塞がっててー」
言われてすぐに扉を開くと、栄子さんは両手に大きな箱を抱えていた。
「お母さん、夕飯の仕込み、もう終わったの?」
「ううん。間に合いそうになかったから、お父さんに丸投げしちゃった」
その荷物を引き受けながらなっちゃんが尋ねると、栄子さんはいたずらっぽくウインクをする。それを見たなっちゃんは明らかに苦笑していた。
料理の仕込みがどれだけ大変なのか、あたしには想像できないけど……
「それじゃ、まずは髪のセットからねー。ヒナちゃん、おいで」
「はい!」
いの一番に呼ばれ、ヒナは栄子さんの前にちょこんと座った。
「ふわふわのウェーブヘアねー。編み込みはしやすそうだし、ここはアップスタイルにしちゃいましょ」
言うが早いか、栄子さんはヒナの髪を整えていく。
彼女はかつて本土の美容室で働いていた経験もあるらしく、なっちゃんの髪も、普段は栄子さんがカットしているそうだ。
「はい、完成。どうかしら?」
そんなことを考えているうちに、栄子さんはヒナの髪をセットし終えてしまう。見事な手際だった。
「おおー」
姿見の前に立ったヒナを見て、あたしたちは思わず歓声を上げる。
その銀色の髪はきれいに編み込まれ、普段とは全く印象が違う。
これはかわいい。ますますお人形さんのようだ。
「次は小夜ちゃんねー。ほい、いらっしゃい」
ヒナのかわいさの前だと、さすがに自信ないなぁ……なんて思いつつ、ポニーテールを解いて栄子さんの前に座る。
「小夜ちゃんの黒髪も素敵よねー。これくらいの長さだと、耳の上くらいで逆毛ポニーテールにしちゃう?」
「お、おまかせします」
島にいると髪型を気にすることはあまりないので、口頭で言われてもイマイチイメージが湧かない。
「簡単だから、そんな身構えなくても大丈夫よー。まずは毛束を少なめにしてゴムで髪を止めて、そのゴムを隠すように一巻き。それをアメピンで止めちゃって、こうして、こう」
そうこうしているうちに、栄子さんは目にも留まらぬ早さであたしの髪を整えていく。
「完成ー。見てみて。どうかしら」
「わ……」
言われるがまま、姿見の前に立つ。普段よりかなり高い位置にポニーテールが結われていた。
同じ髪型のはずなのに、位置を少し変えるだけで、こうも違うとは。
まるで自分じゃないみたいで、あたしは言葉を失う。
「気に入ってくれたみたいねー。じゃあ、最後は夏海ね」
その沈黙を肯定と捉えたのか、栄子さんは満足げになっちゃんを呼ぶ。
「うん。二人は髪長くていいなぁ」
「あら、夏海の髪だって、やりようによってはいくらでもかわいくできるわよ。まずは前髪いじりましょ」
嬉々として言いながら、栄子さんはなっちゃんの髪を弄っていく。
はたから見ていると、本当に手慣れている。さすが元美容師さんだった。
……髪型のセットが終わると、浴衣の着付けに移る。
先程までと違って、浴衣はある程度自分で着れる部分もあるので、そこまで栄子さんの手を取らせることはなかった。
「うんうん。三人とも、すごく似合ってるわよー」
あたしたちの着付けを終えた栄子さんは、胸の前で両手を合わせながら満足顔で頷く。
「ヒナちゃんもサイズがぴったりで良かったわ」
「ありがとです!」
元気にお礼を言うヒナの浴衣は、薄紅色の生地に朝顔がついた、かわいらしいもの。あたしは藍色の生地に月の模様が描かれた浴衣で、なっちゃんは水色の生地に菖蒲の花の模様が入っていた。
どれも立派な浴衣で、用意してくれた栄子さんには感謝しかなかった。
「そろそろ良い時間ね。それじゃ、楽しんでらっしゃい」
最後に人数分の下駄を用意してくれ、栄子さんはあたしたちを送り出してくれる。
「ナツミお嬢! 似合ってますぜ! まさに高嶺の花! これならシンヤ坊っちゃんもイチコロっす!」
さくら荘の門前まで出てきた時、ハナグロさんがなっちゃんの浴衣姿を絶賛していた。
「……ハナグロさん、やけに興奮してるけど、なんて言ってるの?」
「似合ってるってさー」
「端折らないで、そのままを伝えてほしいっす!」
地面を転がりながら抗議の意を示すハナグロさんをスルーして、あたしたちは港へと向かった。
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