第13話『大型連休と、繁忙期』
ついにやってきた、ゴールデンウィーク。
島民にとって、一年で最も忙しい時期だ。
11時の船が、無数の乗客を吐き出しているのをしまねこカフェのデッキから眺めつつ、あたしは息巻く。
「ココア、ネネ、報告」
「港で隠密行動中のミミとハナによると、相当な数の人がやってきているみたい。すごいねぇ」
「港に近い食堂は早くも満席みたいだネ」
「さすがゴールデンウィーク……やばいわね。だからこそ、燃えるんだけど」
ちなみにおじーちゃんとヒナは港にお客さんを迎えに行っている。
なんでも、関西から島猫ツアー目的の団体さんがやってくるそうだ。
だから現在のしまねこカフェはあたしと猫たちだけ。お店を開けたばかりということもあって、他のお客さんの姿もない。まるで、嵐の前の静けさだ。
だからこそ、こうやって猫たちと話すことができるのだけど。
「……む、無数の人の気配を感じる。それじゃ、僕は隠れる」
島の狭い路地に流れ込むように入っていく人の波を見ていると、トリコさんがそう言って和室の窓から外へ出ていった。
その特徴的なかぎしっぽが見えなくなるまで視線を送っていると、次第に表が賑やかになってくる。
カフェの入口に視線を移すと、かけられたのれんのわずかな隙間から、前の道をたくさんの人が行き交っているのが見えた。
つばの大きな白い帽子を被った女性に、若い学生さん、元気な子どもを連れた家族……その顔ぶれは多種多様だ。
「へー、しまねこカフェだってさ。飲み物もあるみたいだし、ちょっと休んでいこうか」
「そうね……この坂道はなかなかにきついわ」
その時、のれんをくぐって一組のカップルがやってきた。
「いらっしゃいませー。こちらに見やすいメニューがございますよー」
あたしはできる限りの営業スマイルを浮かべてメニュー表を指し示す。二人はしばし悩んでから、オレンジジュースを二つ注文した。
「かしこまりましたー。少々お待ちくださーい」
台所へ向かいながら、飲み物が提供できるまでお客さんの相手をするよう、ココアとネネに目で合図を送る。二匹は顔を見合わせたあと、愛嬌を振りまきながらカップルの元へ歩いていった。
……そのカップルを皮切りに、一気にお客さんが増えてきて、ウッドデッキにあるテラス席と和室の座卓はあっという間に満席になってしまった。
「アイスコーヒーを二つください。どちらも砂糖はなしで。この子にはオレンジジュースを」
「はいはーい! 少々お待ちください!」
「ここに島名物のタコ飯があるって訊いたんだけど、テイクアウトお願いできる? 二人前」
「はいー! お持ち帰りですね? ひとつ500円になります!」
大混雑の中、お客さんから矢継ぎ早に飛んでくる注文を、あたしは必死にさばいていた。
……おじーちゃんたち、まだ戻ってこないのかしら。
あらかじめパックに詰めておいたタコ飯はとうに売り切れてしまったので、炊飯器に保温しておいたタコ飯をパックへ詰めていく。
このタコ飯はさくら荘の
「やー、サヨ、大変そうだねー」
一人で鼻高々になっていると、背後から猫の声がした。
一瞬だけ後ろを見ると、いつの間にか神社三兄弟の末っ子がやってきていた。
「見ての通り、猫の手も借りたいほど忙しいの。よかったら、お客さんの相手してくれない?」
「いいよー。ココアとネネだけじゃ力不足だろうしねー。その代わり、あとでおいしいやつ食べさせてね」
その子はしっぽを軽く振りながら交換条件を出すと、和室へと向かっていく。
ちょ~る一本でお客さんの気を紛らわせてくれるなら、安いものだった。
「タコ飯二人前、おまたせしましたー」
「……すみません、このちょ~るって売り物ですか?」
袋に入れたタコ飯をお客さんに手渡していると、新しくやってきた女性からそう尋ねられた。
「そうですよー。代金はその貯金箱にお願いします!」
そう伝えると、彼女は頷きながら硬貨を投入してくれた。
このカフェでちょ~るを売っているのは、ちゃんとした理由がある。
以前は猫用のカリカリを持参する観光客が多く、大量の餌やりが問題になった。
島猫たちにたくさん食べてもらおうという気持ちはありがたいのだけど、食べ残されたカリカリはやがて雨に打たれ、見るも無惨な姿になってしまうのだ。
そうなると猫たちは食べないし、夏場は虫や匂いも気になってくる。
その点、ちょ~るなら大量に放置されることはまずないし、猫たちも残すことは少ない。カリカリと違って水分も多めと、いい事ずくめなのだ。
「あのー、アイスコーヒー二つもらえますか?」
「はーい! お砂糖とミルクはどうしますかー?」
そんなことを考えていると、新たに二人の女性客がやってきた。
彼女たちから注文を受けると、あたしはそれを脳内で
夏や秋にも観光客の多い時期はあるけど、ゴールデンウィークは別格……島で飲食店をしている人たちの口から、そんな言葉を聞いたことがある。
あたしは今、全身でそれを体験していたのだった。
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