第12話『ヒナの身元と、増えるキャベツ』
「
未だに村長さんと話し込むボランティアたちを遠くに見つつ、あたしはそう尋ねてみる。
「そうなのよー。昨日までは毎日引っ越しのバイトが入ってたんだけどね」
「あはは、春先は引っ越しとか多そうですもんねー」
「そう。日によっては猫の手も借りたいほどなの」
言いながら、雪絵さんはおどけた様子で手のひらを猫のように丸めた。
「でも、ゴールデンウィークに向けて図書館カフェの開店準備もできるし、ちょうどいいかなって。
続けて悪戯っぽい笑みを浮かべつつ、あたしを見てくる。
人手が足りないのはわかるけど、どうしてそこで裕二の名前が出てくるのだろう。
「手伝いたいのは山々ですけど、うちもゴールデンウィークは大変なことになりそうなので……準備だけ手伝いに行きますねー」
あたしは申し訳なさそうにそう口にする。
大型連休中は島に観光客が押し寄せるから、しまねこカフェも忙しく、さすがに雪絵さんのお店は手伝えない。
……そんな会話をしていると、村長さんの家の前にいた集団はいつの間にか消えていた。
「それじゃ、あたしはこれで」
「待って。小夜ちゃん、このキャベツあげる」
そろそろ頃合いと、挨拶をしてその場を離れようとしたとき、雪絵さんがスクーターのかごに入っていたキャベツを差し出してきた。
「加藤のおばあちゃんからたくさんもらったんだけど、裕二と二人じゃ食べきれなくて」
「あ、ありがとうございます」
とっさに受け取ってお礼を言うも、これで我が家のキャベツは四つに増えてしまった。
スクーターのエンジン音を響かせて颯爽と立ち去る雪絵さんを見送ってから、あたしはなんとも言えない気持ちで手元のキャベツに視線を落としたのだった。
◇
……それから魚の入った袋とキャベツを手に、村長さんの家の門をくぐる。
「村長さーん、こんにちはー!」
「サヨ、いらっしゃーい」
中庭まで入って声をかけると、出迎えてくれたのは猫のみゅーちゃんだった。
「あれ? 村長さんいないの?」
「畑を手伝ってくれた人たちを見送りに、港に行った。そのうち戻ってくるんじゃない?」
ペロペロと顔を洗いながら、彼はそう教えてくれる。
そういうことなら、ここで少し待たせてもらうことにしよう。
「あ、サヨです! 学校、終わったですか!?」
その時、あたしの姿を見つけたヒナが縁側から手を振る。あたしも右手を上げ、縁側へと近づいていく。
「ただいまー。いい子にしてた?」
「ハイ! おにーさんたちやソンチョーさんとゲームをしていました!」
ニコニコ顔で言う彼女の背後には、リバーシやトランプがあった。
大人たちの輪に入って一緒に遊ぶなんて、本当に物怖じしない子だった。
「おお、小夜ちゃんも学校終わったかぁ?」
そんなことを考えていると、背後から村長さんの声がした。
「はい! ヒナがお世話になりました! これ、お礼です!」
振り返りながら言って、まずはキャベツを手渡す。
「加藤さんの畑で採れたそうですよ!」
「ほー、この春もでっかいのができたなぁ」
受け取ったそれをしげしげと眺めながら、村長さんは嬉しそうに頷いていた。
続いてなっちゃんからもらった魚も忘れずに半分渡し、あたしはヒナを連れてしまねこカフェへと戻ったのだった。
◇
帰宅すると同時に、ココアが駆け寄ってきた。
「サヨ、ヒナ、おかえりー」
「ココア先輩、ただいまです!」
そんなココアの背中を撫でてあげるヒナを横目に、開け放たれた和室を見ると、おじーちゃんがほうきとちりとりを持って掃除をしていた。
猫が嫌がるため、しまねこカフェでは掃除機を使わない。
その大きな音に加えて、掃除機の形自体がまるで得体の知れない生き物に見える……と、以前ココアとネネが口を揃えていた。
「ヒナ、ココアと遊ぶのもいいけど、帰ったら手を洗いなさいよー」
「はいです!」
そう声をかけると、ヒナは元気に洗面所へと向かっていった。
「おかえり。小夜、その袋はどうしたんだい?」
「メバル。なっちゃんからもらったの。
「ほう。おいしそうだね。さすが哲朗さんだ」
説明しながらビニール袋を手渡すと、中身を確認したおじーちゃんは嬉しそうな笑みを浮かべた。
そして一瞬だけ洗面所を見たあと、小さな声で続ける。
「あの子について、役所でも色々調べてもらったんだけど……身元がわからないんだ」
あの子……とは、間違いなくヒナのことだろう。
「身元がわからないって、どういうこと?」
「そのままの意味だよ。
おじーちゃんは目を閉じながら、ため息をついた。
ヒナは日本人離れした容姿をしているし、そんな子が船から降りてくれば、士郎さんだって目につくはずだ。
「
「め、迷惑だなんて思ってないわよ。むしろ妹ができたみたいで、楽しいくらいだし」
「……それならいいのだけどね。さて、話は終わりだ。夕飯の準備をしようか」
あたしの言葉を聞いたおじーちゃんは安堵の笑みを浮かべると、台所へ向かっていく。
その背中を見送りながら、あたしは大きく息を吐いた。
「……なんか大変な感じ?」
「まったくこれっぽっちも。何の問題もないわよー」
背後のココアにそう声を返して、あたしはおじーちゃんのあとを追った。
……それこそ、なるようにしかならない、だ。
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