第14話

 そしてついに迎えた卒業式当日。


 ドレスアップしたイライザは覚悟完了したような表情で馬車に乗り込もうとした。その時、


「ちょっと待ってイライザ」


「えっ!? アンソニー様!? どうしてここに!?」


 なんと第一王子のアンソニーが正装をして待ち構えていたのだ。


「君をエスコートしようと思ってね。どうせヘンリーのヤツはそんなこともしないんだろうから。迷惑だったかな?」


「とんでもない! その...凄く嬉しいです...」


「では参りましょうか、お姫様」


 そう言ってアンソニーは優しくイライザの手を取った。イライザは頬をピンク色に染めながらアンソニーに手を委ねた。



◇◇◇



「なんだって!? 既に出ただって!?」


 その約30分後、イライザの屋敷を訪れたヘンリーは憤慨していた。珍しくエスコートしに来てやったというのにこれだ。


「左様でございます」


「ふざけんなよ! エスコートも無しに一人で行ったってのか!?」


 そんなヘンリーの剣幕にも、応対に出た執事はどこ吹く風といった様子で冷静にこう答えた。さすがは公爵家に仕える執事だけのことはある。


「いいえ、アンソニー様がエスコートされております」


「な、なんだって!? あ、兄上が!? ひ、人の婚約者に一体どういうつもりだ!?」


「さぁ、私共には分かりかねますな」


「クソッ! もういい!」


 あくまでも冷静な態度を崩さない執事に苛立ちながらも、ヘンリーは急いで踵を返して卒業式の会場へと向かった。


「それにしてもなんだって兄上が...」


 ヘンリーは腹違いの兄であるアンソニーが苦手だった。成績優秀で剣術の腕も立つ兄には常に劣等感を抱いていた。


 女遊びに逃避したのもそのためだ。どう頑張ったって追い付けない相手に、苦労してまで追い付こうとするのを放棄した結果がこうなった。


 ある意味環境の被害者であるとも言えるだろうが、努力するのを嫌い遊興に逃げたのはヘンリーの弱い心の表れでもある。誰も同情なんかしてくれないだろう。


「とにかくイライザを問い詰めないと...」


 あくまでもヘンリーの婚約者はイライザだ。その婚約者を放っておいて、兄とはいえ別の男にエスコートされるなんてどういうつもりだと。


 ヘンリーは馬車の中で悶々としながらそう思っていた。



◇◇◇



 一方その頃、エミリアは暗い表情のまま卒業式の会場に向かっていた。本当は来たくなかったのだが、卒業生は全員参加なので仕方ない。


 あの日別れたヘンリーは当然ながらエミリアをエスコートしてくれず、一人寂しく会場に向かっていたエミリアは、


「おい、エミリア」


 急に話し掛けられて驚いた。


「えっ!? ヘンリー様!?」


「お前一人か?」


「そりゃそうでしょうよ...ヘンリー様がエスコートしてくれないんだから...」


「そうか。ならちょうどいい。俺も一人なんだ。エスコートしてやるよ。お前でいいや」


「なんですか、その言い方...」

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