三千キロのさがしもの

天鷲 翔

第1話 旅立ち(1)

 李静リーチン、それが私の名前だ。

中国吉林省の延吉市で生まれ育った十八歳の女子高生。

もちろん、中国人である。


 延吉市は、北朝鮮に隣接して朝鮮民族が多く住み、市全体の約四割はいる。

街の中もハングル語の看板だらけ。

食事は中華料理もあるけど、朝鮮料理の焼肉や辛めの味付けが多い。

テレビ番組も他の地域とちがい、ハングル語の番組を見ることができる。

韓国からの企業進出も多い。

ここに住む多くの人が、中国語と韓国語の両方を話せるために、ビジネスもやりやすいのだろう。

そのためか、中国ではめずらしく外国の情報もよくはいる。


 以前は高校を卒業すると、韓国企業に就職するのがステータスであったが、最近は中国企業も成長していて、韓国企業以上に人気になりつつある。

米国や欧州の企業は変わらず人気だけど、延吉のようなマイナーな都市にはほとんどない。そのような外資企業に就職したい人は、北京や大連のような大都市へでていく。

日本企業はどうかと言うと、延吉市のあたりは、以前満州に属し、日本の統治下だったため、日本への感情は良くない。

というより、年寄りのほとんどが嫌っている。


 それにもかかわらず、中学・高校と、第二外国語の授業では、日本語か英語を選ぶことができる。

私は、英語ではなく日本語を選んだ。

英語の方が人気があって選ぶ人も多いが、私は日本のアニメや歌が好き! 

だから、毎日のようにネットの動画を見ている。私のささやかな楽しみである。


 家族は四人。

私以外の三人は、父さんと母さん、それに八歳の弟が一人。

中国では、日本の満年齢とちがい、数え年である。

中国の八歳は、日本で言えば七歳にあたる。同じ年に生まれても一歳違いとなる。


 今の父さん李政友リーチョンヨウは、韓国人である。

本当のお父さんは、私が小さい頃に死んだらしい。

母さんに聞いても、あまり詳しいことは教えてくれない。

八年前に、母さんの李今姫リージンジは、今の父さんと再婚してすぐに男の子が産まれた。

それが弟の李賢友リーシエンヨウである。


 父さんは、韓国企業に勤めていて、工場長をしている。

中国進出に伴い、工場の設立及び事業立ち上げの責任者として、十年前に延吉へ来た。

その後、母さんと知り合い結婚した。

近いうち、韓国本社に戻るため、家族で韓国へ引っ越す話が出ている。  

 

 でも、私は、行きたくない。

高校を卒業して、早く延吉を出たい。

今の家族といると、正直、息が詰まる。

理由は後でわかるだろう。


 家族の苗字は、中国では珍しく全員が李と言う。

日本では家族全員が、父親の姓になると聞くが、中国と韓国は夫婦別姓のため、全員同じ苗字は少ない。

通常、子供は父親と同じ苗字になる。

李はよくある名字のせいか、父母とも同じ姓だったために、皆が李となった。

死んだお父さんも李だったそうだが、中国・韓国ともに比較的多い名前なので不思議はない。


 血のつながりがないせいか、今の父さんは弟の賢友に対するのとちがい、私には冷たいように感じる。

いや、絶対にそうだ! まちがいない。


 自分の子供ではないからなのか。

母さんも父さんに気を使ってか、弟ができてからは、私への距離を感じる。

私だって母さんの子供なのに、と思うこともある。

私の居場所はこの家にはない。

少し寂しいが仕方ないのだろう。


「静、いいかげんに日本の動画ばかり見るのはやめなさい」

「はーい」

 私は、父さんにしかられて、気のない返事をした。


 父さんは、日本のことが好きではない。

韓国人も中国人同様、若い人ほど戦争時代のことにこだわらないらしいけど、父さんの年代はわかれており、父さんは嫌い派になる。


 私が日本の動画を見ているか、いつも部屋までチェックしにくる。

はっきり言って、部屋にいる時までそんなこと言われたくない。

よほど私を嫌いなのだろうか、ほんと、ストレスになるのでやめてほしい。


「テレビでは韓国の番組もやってるじゃないか、そっちじゃいけないのか。日本番組の何がいいんだか」

「韓国のアイドルもいいけど、私は歌やアニメを含めた日本の文化全体に興味あるの。だから、いいでしょう。少しくらい見せてよ」

「延吉のような日本にひどい目にあった街に育ってるのに、どうしておまえは、そんな日本好きなんだか」

「私が何を好きになろうが構わないでしょ。今の世の中、ネットで情報はいくらでも手に入るのに、なんで七十年以上前のことに縛られないといけないのよ」

「減らず口ばっかり言ってんじゃない。もう好きにしなさい」

 そこへ、母さんが様子を見にきた。


「静は、日本のものが好きだとさ。きっとご祖先様も泣いてるな」

「先祖には、毎日、祈ってます」

「へらず口ばかり言って。子供の頃から何をしつけてたんだか、おまえは。こいつに日本のテレビばかり見せてたのか?」

 父さんは、いらだちをあらわにしながら、母さんにぶつけた。


「すみません。静、あんたもそんなもんばかり見るのやめなさい。小さい頃から、日本のものなんか一つも見せてないのに」

「だから、隠れて見てたの。中国の番組は、アニメないし」

「中学に入ってからは、良くないことばかり覚えるんだから。友達の悪影響ね」

「建華は、そんな子じゃないよ。いい子だもん。わかった。今日はもう寝るね」

 私は、しぶしぶタブレットを片付けた。


 母さんも日本が嫌いなのだ。

昔からテレビや書籍でも、日本に関するものは嫌がった。

まあ、この地域で生まれ育った大人だから仕方ない。二人に言われると、私はいつも居場所のなさを感じる。


 でも、親友の、建華ジエンホアのせいにされるのはがまんならない。

死んだお父さんが生きていたら、きっと私の味方をしてくれただろうに、と考えたら、いつも深い喪失そうしつ感が押しよせる。

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