第17話 魔女



――あれ、ここ......




ふと目が覚める。


真っ白な部屋に、僕が一人立っている。



(ここ、どこだ?)



周囲を見回してみる。けれど、どこにも扉は無いし窓もない。けれど何故だろう、僕は多分......一度此処へ来たことがある。


――コッ


「いやはや、何年ぶりかねえ......またここに来てしまったのかい、不知火明」


「え?」


声がし、振り向くとそこには女性が立っていた。


腕を組み、ニイっと八重歯を見せる。紫の瞳と白く澄んだ陶器のような肌。床にまで落ち広がる髪は血液の様に紅く、その身にはベルトで作られた漆黒の外套を纏っていた。


更にはその外套の中、胸元があらわになっていてジヴェルにも負けず劣らずの大きさの胸に思わず目が行く。まるでメロンを詰め込んでるみたいで、すごい。


......って、そんな事考えてる場合じゃない。不知火明って言った?誰?......メイ?


「せっかく手を貸し助けてやったと言うのに。また......いや、またまたまたか?死にかけてるじゃないか。これで3度目の死に目になるなぁ。いくらなんでも命を粗末にしすぎなんじゃないか?こまるよ、キミィ」


やれやれ、と首をふる女性。言う割にどことなく嬉しそうな声のトーン。てか、ニコニコ笑ってるし。


「お姉さんは誰?どっかで会ったこと、ある?」


僕がそう聞くと彼女はきょとんとした表情になる。


「ああ、こいつは失礼」とぽん、と一つ手を打った。


「そうかそうか、以前ここへ来た時は一瞬だけだったものな。その前はお前が赤子に還る前だった時、か。記憶が無いのも無理はない......」


「赤子......?」


「おっと。別に気にしなくてもいいぜぃ。今のお前には理解出来ないことさ」


(......?)


何を言われてるのかわからない......けど、なんだろう。この人、初めて会った気がしない。それどころかずっと側に、一緒に過ごしていた気さえする。......そんなわけないのに。


「ところでシオン」


「......!」


「今回はどうして死にかけたんだ?前は壊した物を元通りにして魔力を枯渇させたんだったよな......確か、アスタさんの花瓶だったかな?また何か壊したのかい?」


「え!?なんで知ってるの!?」


「キミが以前この場所へ来たときに話してくれた事さ。ふむ、小さな子は成長と共に記憶が薄れるというが......もうあの時の事はあんまり覚えていないようだねぇ......悲しい、くすん」


「あわわ、ご、ごめんなさい!」


「いーよ!」


「軽っ!?」


あっはっは!と彼女は腹を抱え大笑いする。


「私には寂しいだとか悲しいだとかの感情は無くなってしまっているからね。問題はない。それに」


「?」


彼女はしゃがみ込み僕と視線を合わせる。近くで見るとホントに綺麗な人だと言うことがわかる。なんだか甘い匂いもしてくらくらしてくる。いや、これは熱があるのかもしれない......この人に見つめられると顔が熱くなってくる。


「な、なに?」


「ふふっ」


「え?」


彼女はにんまりとした直後、その大きな胸を僕の顔に押し付け抱きついてきた。


「――!?」


「いやあ、しっかし!おっきくなったねえ!身長もだいぶ伸びちゃってさあ!キミはどんどん可愛くなっていくなあ、もう!」


すりすりと頭に頬ずりしながらぎゅうぎゅうと抱きしめられる僕。息苦しさと柔らかい温もりで軽いパニックになる。


「おっと、苦しかったか。すまない......ここで死んだらもう取り返しがつかないからな。危ない危ない」


「ぷはあっ、はあはあ......」


なでなでと彼女はまだ僕の頭を撫でている。


「話が逸れてしまったね。すまない。それで、今度は何をしてここへ来たのかな?」


「......何をして」


うっすらと記憶が戻ってきた。そうだ、あのとき。僕はボニタを戻すのに命を削って......。


「僕は、そうだ。......ああしないと、メイが悲しむから」


「メイが悲しむ?」


「......メイは、家族を失うところだった。だから、死んだボニタの時間を巻き戻した」


「あーね。なるほど......つまり、そのボニタはメイの家族で、死んでしまったボニタを復活させる為に能力を使い、限界を超え、そしてお前が死んだのか」


うんうん、と頷く女性。


「自分の命と引き換えに他者を救う、ねえ。くくっ、良い。とても傲慢だ。私は好きだぞ、お前。私を宿すに足る傲慢さだ......良いよ、シオン」


何故か褒められている事に少しの違和感を覚える。けれど、それよりも気になる事があった。それはジヴェルの事だ。


「......でも、僕が死んでしまってお母さんが悲しんでるかもしれない......」


ジヴェルは感情を表に出さない。けれど、この十数年一緒に過ごした中で、確かに愛情を感じるときはあった。


風邪をひいた時には付きっきりで看病してくれたし、誕生日にはケーキを焼いてくれたりした。


(......お母さんが泣いているところはちょっと想像できないけど)


悲しんではいると思う。


今更になって辛くなってきた。


「へえ。お前、自分が死んで悲しむ人がいるって事は理解してるんだな」


「そりゃ.....まあ、僕も悲しいし」


「成る程。お前にとって他者の不幸は、自身の幸せを犠牲にしてでも消し去りたいものなのだな」


「そう、なのかな......わからない。でも」


「でも?」


「誰かが言うんだ......『助けろ』って」


「ふむ」


「僕も助けなきゃって。例え僕の命が尽きても、誰かを救えればそれで良い......幻聴の悲しくて辛そうな声を聞くと、そう思えるんだ」


「もはや呪いだな」


「呪い......」


「ああ。呪いと呼ばれる私が言うのだから間違いない。それはもう呪いだ。呪いからのお墨付きだよぅ?」


うんうんと頷き、彼女は僕の頬にすりすりと頬ずりする。


「呪い......だったら、僕はなんで呪われたのかな」


でも、確かに彼は言っていた......


『――おまえは、そんな幸せな夢を見ていいような奴じゃない』


僕は、一体なんなんだろう......ジヴェルは僕を拾ったと言っていた。つまり、僕は捨てられた子なんだ。


なぜ捨てられたんだろう。.......そこに僕が呪われた理由があるのかな。


「......辛いか?」


「まあ、それなりに」


「それなりなのか......え、それなりなの?」


にこにこしていた彼女が一瞬で真顔になる。


「だって、ボニタを救うのは僕にしか出来ない事だったから......この呪いが無ければ、多分死ぬのが怖くて出来なかった。メイが幸せになってくれれば良いよ、僕と浜辺の分まで」


「.......浜辺、ね」


「?、浜辺?」


また、浜辺......?


「ふふっ。良いよ......私はね、不知火明。君を気に入っているんだ。かつての後悔から自身にかけた強大な呪い......その縛りによって理想の凶人になろうとするイカれたお前をね。実に傲慢だ......くくく」


「?、さっきも言ってたけど......不知火明って誰のこと?」


「――お前を呪っている奴の名だよ」


「......え?」


――瞬間、彼女はまた僕を抱きしめた。


「さあ、頃合いだ。生者の世界へとお帰り......」


急激な睡魔に襲われ、意識が霞む。


耳元で彼女の声だけが響く。


「私はね、何度も言うが......お前が気に入っているんだ。だから死なせない......なんども死の淵から救い出してやる。なんども、なんどもな。だから――」



暗い水の底、落ちていく枯れ葉のように



「――いつか、私を殺してくれ」



意識が沈んだ――













あ、あ.....ごぽ、




り、かい、



す、るんだ......こぽ、こぽ







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