愛の世界に

藤間伊織

第1話

どんな動物も寝静まる真夜中。雲一つない濃紺の空に星と月の光だけが静かに輝き、優しい月光はとある豪邸の一部屋を包み込むように照らしていた。


パタン……と部屋の扉が閉じる音を聞き、ベッドに横たわっていた少女はぱちりと目を開けた。

ゆっくりと身を起こし、じっと扉を見つめる。気配も足音もすでにない。少女はベッドを降りて備え付けのクローゼットを開け、ぺたぺたとその真っ暗な空間の奥の方に歩いて行った。


部屋、と言っても差し支えない程に広いクローゼットの奥に、不自然に畳まれ、重ねられた衣服が置かれていた。少女は色の白い、細く短い腕でその衣服を全て抱え上げた。

再び部屋に戻り服を床に置くと、今度はベッドからシーツをはぎ取りブランケットと一緒に部屋の中央に集める。次に束ねられたカーテンに取り掛かり、全て外してしまうとまた部屋の中央に積み上げる。


少女はベッドの下から木箱を取り出した。音をたてないように蓋を外し、中から少女の手にはやや大きいばさみを取り出した。

シャキ、と小さい音をたて鋏の刃を開くと少女はためらいなくシーツやカーテンを切り裂いた。

仕事を終えた少女は、足元に散らばった材料を素早く、頑丈に結ぶ。最初に取ってきた衣服の袖は全て結ばれ、縫い付けられていた。それらとも手際よく繋げてしまうと少女はその長い布をベッドの足に結び付けた。


窓を開けると、ゆるりとした風が少女の金糸の髪を撫で去った。今しがた作り上げた手製のロープを慎重に窓の外に垂らしていく。そのまま下りて行こうとして、はっとしたように少女はクローゼットに取って返した。そして闇に紛れるマントを羽織ってフードを目深に下げた姿で現れると、窓枠に足をかけ、下りて行った。


その柔らかそうな白い足が芝生を踏みしめたとき、少女の心臓は破裂してしまいそうなくらいうるさかった。きょろきょろと小動物にも似た仕草で辺りを見回したが、少女の心配とは裏腹に、それを見ていたのは変わらず優しい光を放つ月と、夜空を彩る星々だけだった。

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