第8話 真実を知る者
「昨日の夜、私をどこで見つけたんですか?」
青金石の瞳で、僕の嘘を見破るかのように彼女は言ってのけた。
声は凛としていて、どこか確信めいたものも感じる。
きっと、この少女は気づいたのだろう。
真実に繋がる些細な謎に。
ここで嘘をつき通してもいいが、あの瞳は真実を語るまで、僕の
そう思ったら自然と話していた。
僕が知っている真実を。
昨日の昼間、僕の友人であり、この村の村長でもあるジョンに連れられて、初めて森に入った。
足跡や痕跡から、人害を出すほど大きな動物はいないと思われる森に、なぜ僕が呼ばれたのか不思議だったよ。
僕は、大型の害獣を専門として狩りをしているからね。
途中でジョンに頼まれて、熊を一頭、仕留めたのだけれど、回収する為に近づこうとしたら「待て、あれは餌だ」って言われたんだ。
「餌…?」とここまで静かにダニーの話を聞いていたエンジェルは、訝しげに眉を潜めた。
彼を信じて話を聞き続けたい自分と、真実に近づいて戻れなくなっていく感覚に、エンジェルの心は揺れていた。
それから、熊を仕留めてから5分もたたないうちに、別の気配がしたんだ。
普通、銃声が聞こえれば獣は人を恐れて去って行くはずだろう?
それなのに、その気配は明らかに銃声に連れ出されたものだったんだ。
きっと、ジョンもそれに気づいたんだろうな。
というか、初めからそれを待っているようだったよ。
そう、君のよく知っているウルだ。
来たか…。
ジョンは静かに茂みから立ち上がると突然、声を張り上げた。
「そこにいるんだろう!出てこい!!」
「ちょ、ジョン!やめろよ!もし危険な…」
ダニーはジョンを連れ戻そうと茂みから身体を乗り出すと、突然現れたウルに目を奪われた。
獣でも人でもない彼に…。
「やっと会えたなウル。だが、なぜここに来た?」
状況が飲み込めていないダニーを横目に、ジョンはウルに話しかけた。
名前を呼ばれたウルは、ジョンが自分を知っているのに驚いていたが、「どうして…」と口にしてから「普段は聞こえない銃声が聞こえたから」と答えた。
ジョンはフンッと鼻を鳴らして意地の悪い笑みでウルに語りかける。
「違うだろ、エンジェルの匂いがしたからだ」
「…っ!」
ウルは何か言いかけた口を閉じて、かわりにジョンを睨みつけた。
「その顔…、エンジェルに見せてやりたいな。まぁ、お前のせいでしばらくは家から出れてないがな」
「お前がエンジェルを閉じ込めているのか…!」
「閉じ込めているとは失礼だな。躾だよ」
ウルの熱のこもった声とは対照的にジョンは冷ややかに答える。
「もっとも、世間知らずな娘は、誰かに誑かされていたみたいだからな」
ジョンは言いながらウルとの距離をぐっと縮める。
そして、そっと耳打ちをした。
「エンジェルからは手を引け。そうすれば、あの子は自由だ…」
「エンジェルの自由はエンジェルが決める事だ!閉じ込めるなんて卑怯だぞ!!」
ウルの熱さを増す声にジョンは声を漏らして笑った。
「クッククッッ、アーッハッハッ!」
「何がおかしいんだ!!」
「私はエンジェルの親だ。あの子の決定権は私にあるんだよ」
「このっっ!!」
ウルは反射的にジョン掴みかかった。
と、同時に後頭部に衝撃を受け、ウルは倒れた。
側でずっと様子を伺っていたダニーが、猟銃で殴ったのだ。
ダニーはしばらく肩で息をしていたが、次にウルに向けた目は、戸惑いを隠した覚悟の目だった。
そして、その目を持つ主はそっと、倒れているウルに猟銃を向けた。
これ以上の反撃はどうやら難しそうだ。
「ウル…、お前みたいなオオカミにも人間にもきれない半端者は、地面に這いつくばっている姿がお似合いだなぁ」
ジョンはニタリと顔を引き攣らせるとダニーに退却を命じた。
「ま、待て…!あの獲物はどうする気なんだ…!」
先ほど狩った熊を放って、その場を離れようとする2人をウルは呼び止めた。
その呼びかけにジョンはくるりと踵を返した。
「では君に聞くが。狩りをする人間は、他の命を奪う残酷な生き物だと思うかね?」
少しの間を置いてウルは静かに答えた。
「いや…、誰かが生きる為には、誰かが犠牲にならなきゃならない。だから、狩りをする人間に限らず、生きる為には仕方が無い時もあると思うんだ…。だけど、奪った命には責任を持つべきだ」
ジョンは「そうか…」と満足そうに薄笑いしている。
そして「だからお前は、生きる為に人を喰うのだな」と耳の良いウルにしか聞こえない声で呟いた。
「違う、俺は人間を食べたりなんかしない」
ウルの否定の声にジョンは大きく頭を振った。
そしてまた、くるりと踵を返すと帰路についていった。
「人を喰う悪魔よ…、その熊は手土産に置いて行こう。ただ、エンジェルにはもう近づくな。また外に出られなくなってしまうだろう?」
頭を殴られたウルは身体を起こすのに精一杯でとても追いかけられる状態ではない。
「待て!」と声を張り上げるがその声も木々にこだまして、彼らが足を止める事はなかった。
それから彼の事が気になってね。
僕はもう一度、彼に会いに行ったんだ、今度は1人で。
雲行きの怪しい話の中、エンジェルは光を求めるように顔を上げた。
でも、そこには僕が仕留めた熊の死骸と花があるだけで、彼は居なかったんだ。
死骸は少し荒らされた形跡があったけど、綺麗な状態に保たれていたし、きっと花は彼が供えたものなんだろうね。
君を連れてきた時の彼を見て確信したけど、死骸が少し荒らされていたのは、服に血を付ける為だったんだと思うよ。
ああ、驚かせてしまったね。
そうだよ、君が考えていた通り、僕は君を森の中で見つけてなんかいない。
ウルが君を抱いて、森の入り口にいた僕のところまで運んでくれたんだよ。
それからメアリーの事だけど、彼女は無事だ。
ジョンがメアリー一家の借金を肩代わりする約束で口裏を合わせてもらって、しばらくの間メアリーを外に出さない事を条件に、この事件は成り立っているんだ。
メアリーのお母さんはきっとお芝居だったんじゃないかな…?
君を危険な目に合わせてしまってごめんよ。
こんな事言える立場じゃないかもしれないけど、泣き疲れて眠っていたみたいだから、とても心配していたんだ。
安心して欲しい。
彼の服の血は人を食べたから付いたわけじゃない。
もしかしたら、酷い事を言われたかもしれないけど、それも全部嘘だ。
彼は賢いから、君の自由を守る為についた嘘だったんだと、僕は思うよ。
君に危害が及ぶのを恐れて、だから自分から遠ざけた。
僕にはそんな風にしか見えなかったな。
きっと、彼は自分から遠ざけてでも君を守りたかったんだ。
ダニーは全ての真実をエンジェルに伝えた。
話が終わった頃には外はもう夕暮れで、帰り時が近づいていた。
普段ならもう帰路についていなければ行けない時間。
それでも、エンジェルはその場から動くことができなかった。
その青金石の瞳から、とめどなく溢れ出る涙のせいで。
ウルの優しい嘘に、胸が張り裂けそうな程の温かさが込み上げる。
同時に、ウルを拒絶してしまった自分を悔いた。
どうして、信じてあげられなかったんだと。
エンジェルが涙を拭いきり、帰路につく頃には日はもう沈みかけていた。
去り際、ダニーに「ありがとうございました」と言ったエンジェルの顔にもう迷いはない。
父を問いただす時が来たのだ。
エンジェルは胸の鼓動を速め、家へ向かった。
正確には向かおうとしたのだ。
だが、それは叶わなかった。
エンジェルはダニーの泊まっている宿を出た後、背後から突然、殴られた。
遠のく意識の中で思いを巡らせる。
ああ、ここに来るように言ったのも父だったと。
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