第2話

 「えっと、志賀ゆかりです……?」

 いやこの状況で、何普通に自己紹介してるの!この子がどんな子なのか分からないのに。

 あわててると、男の子は背負っていた袋から、何かを取り出した。

 あれは、尖った石のー包丁?

 と、思ったら男の子は包丁をこっちに向けてきた。

 え、え、また生命のピンチ?

 と思ったら、男の子は私の後ろに回り込み。

 ばさっ、と両手を縛っていた縄を切った。

 次に、足を縛っていた縄も切ってくれた。 

 楽になる体。縛られていた手首と足首がまだ痛い。

 「あ、ありがとう……」

 地面に擦った膝をさすりながら、ゆっくりと立ち上がる。ああ、明日は筋肉痛かなぁ。

 「って若葉!若葉どーなった!?どこーっ」

『ここ、こっちゆかり!』

 我に帰って若葉を呼ぶと、すぐに返事が返ってきた。

 左端の、女の人の手の中からこぼれ落ちたらしく、五メートルぐらい向こうにころんと転がっている。

 「若葉ぁ!」

 私は若葉のもとに駆け寄ろうとして。

 ずべっ、と転んだ。顔面から。足をもつれさせて。

 ……痛い……。

 『うわあ、ゆかり!だいじょうぶ?もう、いきなりはしるから!しばられてたのに……」

 「うん、だいじょ、」

 ぶ、と言い切らないうちに、私の体が軽くなった。男の子が、私の目の前にいる。手を、支えてくれていた。

 「えっと、二度もありがとう……」

 目があった男の子は、いきなり眉間にシワを寄せた。

 「いきなり動く馬鹿がいるか」

 ……ものすごく正論だった。

 「す、すみません。ご迷惑をおかけして……。あ、あの、若葉、いや、翡翠を」

 「これか?」

 男の子が差し出した握られていない方の手には、若草色の翡翠があった。

 「あーっ、若葉ぁーっ」

 私は目にも止まらないぐらいスピードで手を振りかざして、両手で若葉をにぎった。

 両手を開けると現れる、いつもと変わらない若葉の姿。

 「うわぁーん、若葉、怖かったよぉ!なんなのあの人たちぃ!いじめっ子より、叔母さんよりも怖かったよ……!ねえ、私なんでここにいるの?ここはどこなの?あの人たち誰ーっ!」

 私はずっと思っていたことを一気にぶちまけた。

 不安だった。怖かった。悲しかった。 

 それを根気良く、静かに若葉は聞いてくれた。

 いつもと変わらない若葉の姿に、私がようやく落ち着いてきた時だった。

 「あー、ちょっといいか?」

 戸惑とまどったように、でも少し怒ったように男の子が声をかけてきた。

 あ……この子いたんだった……。忘れてた……。そりゃ怒りますよね……。

 そして、気がついた。私、この子の前でずーっと若葉と話してた。

 見られた。宝石と、話してること。

 慌てて若葉を持った手を背中に当てて、数歩後ろに下がる。

 「あ、えっと、無視して、ごめん……。気、気にしないで!ひとりごと、言ってただけだから……」

 うう、ちゃんと誤魔化せてるかな?

 「いや、なんで誤魔化すんだ?お前ほどの神通力しんずうりきを持つものであれば、権力者につかえることも簡単だろう?」

 「は?」

 何言ってるんだ、この男の子?

 男の子の顔から怒りが抜け、戸惑いがさらにあらわになった。

 「神通力を、知らないのか?シガユカリ、と言ったか」

 「え、えっと、志賀が苗字でゆかりが名前なので、ゆかりって呼んでください?」

 今そこ追求する、私?! 

 「苗字、とはなんだ?」

 ……どうしよう!根本的に何かが食い違ってる!どうしよう!何もわからない!

 『ああもう、すすまないわね!そこのだんし、とりあえずなまえは?』

 え、いきなりどうしたの若葉?

 「……え、何故いきなり?」

 「ええぇーっ、若葉の言ってることが聞こえるのーーーっ?!?!」

 驚きすぎて叫んでしまった。

 「……ん……」

 うわぁ、周りの人起きかけてるーっ。

 「……何が何だかわからないが、とにかくここを離れよう。着いてこい。向こうに馬を止めてある。あと、俺の名前はシンガだ」

 へ?馬?

 シンガくんっていうの?

 いろいろ聞きたいことはあったけど、男の子ーシンガくんが広場を出ようとしているので、慌てて追いかけた。


 広場の周りは森になっていて、道はある程度整っていた。でも、少し奥に入るとだんだん荒れてきた。そんな道の中、木に紐をくくりつけた茶色い毛並みの馬がいた。競馬場で見た馬より、少し小さい。座るための鞍がきちんと置いてある。

 シンガくんは木から紐を素早く外すと、馬にまたがった。

 そして、きょとんとした。

 「どうした?馬、乗れないのか?」

  「の、乗れません……。……うわ?!」

 いきなり視界が高くなった。シンガくんの前に無理やり乗せられたからだ。

 シンガくんの顔が近くにある。首に下げられた黒曜石が、私の背中に当たった。

 わ、近くで見ると綺麗な黒曜石だなぁ。

 じゃなくて!

 「あの!どこに行くの?神通力ってなに?なんで宝石の声が聞こえるの?」

  「いっぺんに聞くなよ。……行くのは俺の寝床だ。お前が寝れる場所ぐらいはある。神通力というのは大自然に宿る神々の力のことだ。火をつけたり光を出したりと、自然の技を使うことができる。俺に石の声が聞こえたのは、神通力のおかげだ」

 「えーっと、行くのはシンガくんの家で、私も言っていいんだね?あの光も、シンガくんが神様の力で出したの?……あ、私が宝石と話せるのも、神通力のおかげってこと?」

 長年の謎が解けて、私は思わず声が大きくなっていく。

 「だからいっぺんに聞くなよ。全部そうだ」

 「……うぇーっ、私が宝石と話せるのって、神様の力を使ってたからなのか……」

 私は、しばし呆然とした。……あ、馬動いてる。当たり前か。馬なんだし。ゆれ少ない。

 『ちょっといい、ふたりとも?』

 若葉がおっとりと、会話に入ってきた。

 「うん、いーよー。どーしたのー?」

 『ふぬけてるなぁ、まあ、むりもないか。ずっときにしてたもんね。……でも、ごめん。これから、さらにおどろかせるね』

 「どうしたんだ?若葉、といったか?」

 引き続き、シンガくんに若葉の声は聞こえるらしい。

 『ねえ、ゆかり。……わたしたち、やよいじだいにきちゃったんじゃないかな?』

  一瞬の沈黙。のちに、

 「ええっーー」

 私の大声が響く。

 「うるさい。静かにしろゆかり。追っ手が来るかもしれないぞ?」

 「へ?追っ手?」

 「お前、殺されかけてただろ?」

 「あ、ああ確かに……」

 すごい衝撃が、またおそってくる。一日の情報量が多いよぉ。

 「と、とにかくっ!若葉、弥生時代ってどうゆうこと?」

 「弥生時代、とはなんだ?」

『おちついて、ゆかり。ひろばのまわりをみたよね?あのたてものは、げんだいにはない。しんがってこみたいなふくをきたひともいない。ぜんぶ、やよいじだいのものだよ。こんなもりはいえやがっこうのちかくにはないでしょ?このじだいのひとであるしんがは、みょうじってことばをしらないよね?むかしにはまだ、なかったから』

  「……うん」

 『ゆかりがねちゃってからしばらくしたらね、とつぜんまわりのけしきがかわったの。そしたら、あのふたりのおとこがやってきて、いけにえだのかみのつかいだの、かってにさわいでゆかりをしばったの』

 「そう、だったんだ……。じゃあ、ここは弥生時代で、私は、タイムスリップしちゃった……?!」

 『もしくは、異世界転生とかかなぁ〜』

 「なんで落ち着いてるの若葉……」

 私はげっそり。誰だって、タイムスリップして生贄や利用されそうになったり、長年謎だった力の正体が明らかになったら、こうなるんじゃないのかなぁ。

 「どういう事だ?」

 一人、話について来れていないシンガくん。

 『あのね、わたしたちはせんはっぴゃくねんほどさきのみらいからやってきたんだよ。まあ、いせかいからきたみたいなものかな』

 「は?未来?」

 あ、よかった。未来って言葉を通じた。

 「なんだそれ……。それも、神通力を用いた技なのか?」

 え、そうなの?

 『うーん、それはちょっとわからない。でもそのかのうせいがいちばんたかいよね』

 「なら、神々に向けて聞いてみるか?神通力は、神と会話することも可能なんだか」

 「聞かなくていいよ!」

 私はシンガくんの言葉をさえぎった。

 「……お前、帰りたくないのか?」

 「帰りたくない!あんなとこ嫌い!」

 「心配する人はいないのか?」

 「いない!心配してくれるのは若葉だけ!両親は死んじゃったし、引き取ってくれた叔母さんは私のこと嫌いだし!クラスメイトたちも、みんな意地悪で大嫌い!」

 みんないないことをいいことに、悪い言葉を連ねていく。

 『ゆかり……』

 若葉の声が心配してくれる。

 ただ、馬が歩く音や、葉っぱがうごめく音だけが聞こえる。

 後ろのシンガくんが息を吸ったのがわかった。

 「そういうことなら……俺と暮らすか?」

 「え、いいの?」

 まさかそんなこと言われると思っていなかったので、私はものすごくおどろいた。

 「ああ、ちゃんと働くならな。あと、その「くん」っていうのなんだ?いらないぞ?」

 くん付けという文化は、どうやら弥生時代にはないらしい。

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