ぼくとお母さんは似ていない

 ぼくとお母さんは似ていない。それもちょっとやそっとじゃない。全然似ていない。ぼくは学校ではいつも独りぼっちで、お昼休みは毎回図書室で本を読んでいる。しかも、ハリーポッターシリーズしか読んだことがない。読むたびに新しい発見があるから一向に飽きる気配はない。今はもう3週目だ。


 そんな一方で、お母さんはよくしゃべる。なんならずっと一人で話していることすらある。その上、ぼくとは違って友達も多い。隣町のなんとかさんが最近犬を飼い始めたとかそんなことまで知っている。

 だけどその分飽き性で何か新しいことを始めたと思うと次の日には止めていたりする。口癖は「あたしには合わんかった」だ。少なくとも、ぼくはお母さんが何かに合っていたところは見たことがない。


 そんな風に、ぼくとお母さんの間で共通していることを見つける方が難しい。本来ならここでお父さんとも比べるべきだけど、お父さんはぼくが小さい頃に死んでしまったらしい。あまり詳しいことはお母さんから教えられていないけど。

 とはいえ、実を言うとぼくとお母さんがまるで似ていないということはあの日までは特に気にしていなかった。授業参観の日までは。


 お母さんはこれまでほとんどの授業参観に参加していた。ぼくは恥ずかしいから教室の中でお母さんと話すことはない。そもそも、普段からクラスメイトとすらほとんど話さないのに、お母さんとだけぺちゃくちゃと話していたら格好が悪い。お母さんにはぼくは学校ではクール系で通っていると説明していた。


 さて、問題の授業参観だが、今年は5時間目の国語の授業が指定されていた.お母さんは5時間目が始まるより前に、つまりまだお昼休みの時間なのに教室の前に立っていた。その上、お母さんはなぜかクラスメイトと仲良くなっていた。

 今日に限ってちょうど今読んでいる途中の”ハリーポッターとアズカバンの囚人”が誰かに借りられていたので、ぼくは教室でその様子を横目に教科書を読むふりをしていた。5時間目の授業をそれなりにやり過ごし、それから6時間目の授業も終わり、ランドセルを背負って帰ろうとした時、沢田くんが話しかけてきた。

 沢田くんはここ最近ぼくにやたらと話しかけてくるクラスメイトだ。図書室についてきてはハリーポッターばかり読んでいることをからかってきたり、テストの点数を勝手に覗いてきたりする。


「お前のお母さんおもろいやん。お前と全然似てないし、ほんまのこどもと違うんちゃう?」


「んー?」


 ここで反応するのは相手の思うつぼだと思い、わざとそっけない返事をする。大体沢田くんにはこういう反応をすることが多い。


「ほら、昨日テレビでやってたやん。宇宙人に連れ去られて赤ちゃんできたってやつ。見た? それちゃう?」


「違うわ」


 ぼくは本当はそのテレビを見ていたが、見ていないし興味もないという風な態度をとった。半ば無視に近い形で彼をあしらうと、「おーい」という声を背後に聞きながら足早に教室を後にした。


 しかし、家に着いてから彼に言われたことを再度考え直してみた。確かに、沢田くんの言う通りぼくとお母さんは正反対だ。確か、昨日のテレビで放送されていた内容はこんな感じだった。


 とある女の人がUFOにキャトルなんとかされて、気が付いた時には家のベッドで寝ていた。その数日後に、体調が悪くなって病院に行くとお腹に赤ちゃんがいた。生まれた赤ちゃんはお母さんとまるで似ても似つかず、結局20歳の誕生日に行方不明になった。


 20歳の誕生日にいなくなったというところが気味が悪い。多分、宇宙人にもう一度連れ去られたのではないだろうか。実験台としてか、あるいは口封じのためか。


 そういえば、と思い棚に目を移すとUFOの置物がある。多分、ぼくが生まれたころからずっと置かれている。それに、家の本棚にも数冊オカルト関連の雑誌が挟まっていたことを思い出した。恐ろしい表紙にぞっとしてすぐに戻したが。

 特に理由を気にしたことはなかったけれど、もしかするとぼくのお母さんもキャトルなんとかされたのかもしれない。そんな大変な想像もつゆ知らず、お母さんは学校でぼくが話しかけなかったことを根に持っている様子だった。


「なあなあ、なんでずっと教科書読んだりしてたん?」


「いつもは図書室で本読んでるけど、今日はたまたま借りられてたから」


「そうじゃなくて、友達とかおらんの?」


「クール系やから」


「クール系って、だからなんやねんそれ」


 そう言っていつものように大雑把な笑い声をあげる。


「それより、あのUFOの置物っていつからあるん?」


 ぼくは平然を装って聞いてみた。内心は少し緊張していた。


「ああ、あれはな……」


 お母さんはほんの少しの間、考え込むような表情を見せた。いつもは、ぼくの言葉に被るくらいの勢いでしゃべるのに。


「忘れたわ」


 こんなに歯切れの悪いもの言いをするお母さんは初めてだった。これはきっと何か深刻な理由があるに違いない。



 そんな激動(少なくとも,ぼくの中では激動だった)の授業参観は先週の話で、今ぼくはおばあちゃんの家へと向かう車の中だ。1時間くらい高速道路を走って、それから田舎道を30分くらい走ると、おばあちゃんの家にたどり着く。


 大好きなおばあちゃんに会えるというのに、頭の中は宇宙人のことでいっぱいだった。あれから、図書室で宇宙人のことが書かれていそうな本を探していくつか読んでみたが、あのテレビ番組で言っていたようなことは書かれていなかった。ちなみに、図書室でハリーポッターシリーズ以外を呼んだのはその時が初めてだった。


 お母さんにこのことを聞いてみようかとも思ったが、怖くなって止めた。何が怖かったのかは自分でもよく分からなかった。

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