第十章 ④

「すべてを知った私は後悔しました。


 それから贖罪しょくざいの気持ちもあり、北川にすがりついていた彼の娘を連れ帰って西野千鶴と名乗らせたのです。


 その頃には怪しげな薬を売っている元締めとして北川に警察が目を付けはじめていましたから、娘にまで危害が及ばないよう千鶴の元の名前に感づかれるものはみな捨て去りました」

 

 名前を変え、美しい薄金の髪も長い時間をかけて黒に染めた。


 そこで西野は今までの険しい顔から一転、懐かしむような、切ないような、それでもことさら優しさが滲む表情を見せる。


「千鶴はじつにいい娘に育ってくれました」


――最初、千鶴を引き取ったのは、己がしたことに対する罪悪感が大きかった。


――亡き娘の名前をつけたのは、旧友への少しの憎しみもあった。だがしかし・・・


「千鶴は成長していく中で、すべてを失った私の支えとなり、やがてかけがえのない娘になりました」


 西野自身も、妻を失い一人になった。


 孤独だったのだ。


「あの子の存在に私は救われたのです」


 大学を辞め、診療所を開き、穏やかな生活を過ごす中で数年が経った。


「千鶴が初潮しょちょうを迎えた頃、あの子の体に変化がありました。


 身体にあった斑点が消え、幼児期の桜病の症状がなくなっていたのです。


 私が直接身体にれても桜病が発症することはなかった。


 私は千鶴が遺伝由来の桜病を克服したのだと思い、これを機にあの子には桜病とは関係のない世界で生きて欲しいと思いました」


――何の憂いもなく自由に生きて、幸せになって欲しかった。


「けれど、千鶴は看護婦になりたいといった。


 普通に生きている人間よりも、ずっと病に近い危険な世界です。


 医者をしている自分の影響かもしれないと思い、千鶴に看護婦になりたい理由を尋ねましたが、頑なに言いませんでした」


 西野は反対したが、それでも千鶴は看護婦になった。


「看護学校を卒業した後、千鶴は派出看護婦になることを希望し、看護婦を派遣する看護婦会に入会しました。


 入会してから当面は、あの子も派出看護婦として何人かの患者の元に出向いていました。


 しかし、千鶴が看護婦になると言った時から表れはじめた、私の中の漠然ばくぜんとした不安はいつまで経っても消えてくれなかった。


 そこで私は看護婦会の理事で妻の同僚だった知人に頼み、千鶴への看護依頼を断ってもらうことで、あの子が診療所にいるようにしました。


 何かあったらと、自分が見えないところに娘をやることができなかったのです。


 そして、私が裏で手を回していることに千鶴が勘づきはじめ、抗議する回数が増えてきた頃、貴方が来られたんです」


 西野は南山を睨みつける。


「私は絶対に関わらせたくありませんでした。


 南山教授、そして桜病を患っているご子息に。


 ですがその時になってやっと分かったのですよ。


 あの子が看護婦になった理由が。・・・」


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