第七章 ④
別荘に来て数日が経った午後、桐秋と千鶴は
別荘に来てから、千鶴は目に見える仕事をしていない。
掃除、洗濯、食事など、千鶴が離れでしていた奥向きのことは、管理人夫妻と通いのシェフが行ってくれている。
よって、今の千鶴の役割は桐秋の話し相手だ。
しかし話し相手といっても、ほとんどを千鶴がしゃべっていて、桐秋はそれに
桐秋は、千鶴の何でもない話を聞きたがるのだ。
千鶴は仕事をしないことに若干後ろめたい思いを抱えつつも、桐秋と普段より多くの時を過ごせることに喜びを感じている。
千鶴は不意に、足元に感じた違和感に目をやった。
どうやら、窓から入ってきた風にスカートがゆれ、足にあたっていたようだ。
普段、着物を着ている時には感じない素肌の感覚に、身体がひっかかりを覚えたのだろう。
千鶴が今身にまとっているのは、ひざ丈のワンピーススカート。
桐秋は初日に友禅の振袖を贈って以来、千鶴が別荘でその日着る物を毎日用意してくれている。
今日は、
連日続く、桐秋からの贈り物に最初は遠慮していた千鶴であったが、
『これは、私が自分で稼いだお金を自分のために使っている。
完全なる私の趣味だ。君が私の選んだ服を着て、共に居てくれるだけで私はうれしい。
だからどうか受け取って欲しい』
そう桐秋に言われれば、千鶴は何も言い返せず、それからは
最近は、こうしたおねだりを桐秋にされることが多い。別荘の部屋を決めた時のこともそうだ。
そして、千鶴はそれに弱い。流されていることもわかっている。
桐秋が願う願いはささやかで、決して千鶴を傷つけるものではない。
むしろ桐秋より、千鶴が喜ぶものではないかとも思う。
それでも桐秋がこんな形でも自分に甘えてくれていること、なにより、たいしたことではなくても、千鶴が叶えることで桐秋が喜んでくれていることが、千鶴もうれしい。
ゆえに最後は千鶴もその願いを受け入れる。
そんな身の丈以上の幸福を得てしまった千鶴は、自分にできることで桐秋をもっと喜ばせようと努力する。
別荘では奥向きのことを使用人に
その時間を有意義に使って、
今日は、ワンピースに合うようなお団子の
左右に三つ編みにした髪をくるりと
その上をワンピースのレースと同じ素材のリボンで巻き付け、
全身を整え、
丁寧に身支度を整え、毎朝、朝食の席で桐秋と顔を合わせると、桐秋は必ず、整えた髪と身につけた服を、優しい表情で褒めてくれる。
そうして今日も千鶴は褒められた髪型と洋服をまといながら、午後の緩やかなひとときを桐秋と過ごす。
*
お茶を飲み終え、桐秋は読書、千鶴は刺繍を行う。
千鶴は桐秋に贈るハンカチーフに、イニシャル刺繍を入れている。
素晴らしいものを贈ってくれる桐秋へのせめてもの恩返し。
互いが集中しているそこに生まれるのは、色めき落ちた葉が、地面の鮮やかな絨毯に同化する音さえひろう、
半年ほど前までは静寂に寄る
しかし今は別々のことをして黙っていても、互いの息づかいを感じるだけで、相手の存在を憶え、安らぎを
また、桐秋が別荘に来てから
何もかもが優しいサンルーム。
そこで
見上げた先には庭の景色が映る。
色づいた木々は赤や黄色に
艶やかな色をまとっていればずっと美しいままなのに、次の季節に備え、それを一つずつ落としていく。
逸らすように庭の手前の方に目を向けると、そこも冬が近づいているためか、花が咲いている庭木は少ない。
しかしその中で、白とも薄紅ともいえない淡い桃色を差しながら、ひっそりと、それでもこの寒さの中で凛と美しく咲いている花に目が留まる。
――どこかで見たことがある。でもどこで。
頭には引っかかっていても、思い出すことの出来ない千鶴は、桐秋の方に顔を向けた。
桐秋もちょうど庭の同じ花を見ているようだった。
桐秋は千鶴が問う前に声を上げた。
「少し、庭を散歩しないか」
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