第一章 ①
乙女は鏡台の前に座り、
一通り、髪に櫛をいれると、乙女は毛髪を左右、後部の三か所に分ける。
手慣れた様子で左右の髪を三つ編みに結うと、カチューシャのようになるよう頭頂部で交差させ、頭にくるりと
残った後ろ髪も、大きな三つ編みを作り、そっと背に垂らす。
明治期に
鏡に向き合う乙女もその一人だ。
乙女の髪は毛量が多く、
それでも短く切らないのは、この髪を褒めてくれた人がいるから。
最後に殺菌消毒した布の手袋と、着物の上に白衣を身に着け、
鏡台を見つめ、髪や服装に乱れがないことを確認する。
朝の
千鶴にとっての一日の始まりだ。
身支度を済ませ、自室から診療所に向かう外廊下に出れば、春をにおわせる庭の瑞々しい朝の風景が目に入る。
数日前まで緑一色だった固い
もう少しで存分にその美しさを
春は目を喜ばせる花が多い。
菜の花のまぶしく
さらに、色とりどりの花たちがほころぶ季節は、この国随一の美しさを持つ木も、その
地面に艶やかに咲き誇る花たちを、誰より高い場所から見下ろす高貴な花。
その
春待つ想いに心を寄せ、一層やる気がでた千鶴は足取り軽く、診療所の方へ歩みを進めた。
*
「病院はいつでも清潔に保たれていなければならない」
医師である千鶴の父がいつも口を酸っぱくして言っている言葉だ。
特に町の診療所は地域の住民にとって最初に駆け込む病院であり、患者はどんな病を抱えているかわからない。
したがって患者の病を悪化させる原因を作ってはいけないし、他の患者にもうつしてはならない。
事前に防ぐため、気をつけておくことは、病院を常に清潔に保っておくこと。
千鶴もそれを心に留め、重箱の隅を
千鶴は最後に靴箱の棚を拭き上げると、
そうして掃き終える頃になると、いつも最初に来る近所の
*
診療所での千鶴の仕事は多岐にわたる。
医師である父の補佐から、経理、はたまたご近所の献立相談まで。
多種多様な西洋の波が生活に浸透しつつある時代。
束髪もその一つであるが、食文化にも影響は及んでいる。
西洋料理が出先で食べられようになり、西洋野菜の栽培も行われるようになった現在。
西洋の食を身近に感じられるようになってきたが、それを日常生活に取り入れるとなると悩む人も多い。
そこで千鶴は、
料理はできるだけ手軽に作れるものをと意識しているため、近所の奥様方にも好評だ。
まだまだ看護婦としては新米の千鶴だが、少しずつ己になせることを考え、実践している。献立づくりもその一つだ。
朝の忙しい時間を過ぎると、父は往診に出向き、千鶴は待合室に場所を移す。
父は診療所に来る人を誰でも拒まない。そのせいで、待合室は老人の寄合所となっているが、父はそれも治療の一環だと言う。
診療所に来て、誰かと話すことは物忘れの防止になるし、安否確認にもなる。
千鶴もその父の考えに賛同しているし、千鶴自身、お年寄りと話すことは好きだ。
長く人生を歩んでいる人と話していると、若い千鶴は教わることが多い。
人生の先輩達は、昔ながらの薬草の使い方や、漬物の塩加減のコツなど、生きていく上で役に立つ、古くも新しい知識を毎度千鶴に優しく教えてくれる。
父と二人暮らしの千鶴にとって、自身を孫のように扱ってくれる老人たちのまなざしは温かく、その柔らかな
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