池田屋にて-1

 というわけで、わたしは池田屋に潜伏している桂さんに事態を知らせるために、いつもの女装(?)姿で乗り込んだのだけれど――。

 池田屋に到着すると同時に、いきなり失神させられて、目が覚めれば部屋の片隅の柱に縛り付けられてしまっていた。


「どうして、わたし、縄で柱に縛り付けられてるんですかあ~? 桂さん、いったいどういうことなんですか?」


「沖田くん、済まない! 私の一存ではいかんともしがたいことになってしまってね。高杉くんが、すっかり武装討幕派に宗旨替えして池田屋に舞い戻ってきてしまったのだ……」


「やあやあ沖田くん、お久しぶり! 僕は女性には優しい男なのだがねえ、古高くんを捨ててはおけない。血の気が多い同志たちはもう爆発寸前だ! だが、今はまだ幕府とやり合う準備はできていない。長州藩の軍勢が上洛するまではね! それまで僕は、時間を稼ぎたい! きみには、そのための交渉材料役を務めてもらおう! つまり人質さ!」


「桂さんが高杉さんにわたしの正体を教えたんですか? 女同士(?)の友情は~?」


「ち、違う。断じて私はそんな卑劣な真似はしない。きみの正体を見破って高杉くんに教えた者がいたんだ。手抜かりだった」


「ええ? 誰なんです?」


「既に長州藩では、過激派が軍勢を編成していつでも上洛できる状況だという。高杉くんはそれを止める役目だったのに、逆に自分が神輿に担がれてしまったのだ。私の悪い予感が当たった。もう、長州は終わりだ……」


「はっはっは。相変わらず陰気だなあ桂くん! 長州と幕府は緒戦決戦する他ない、どちらかが倒れるまで戦う以外に道はない。どのみち逃れられない運命だと知ったのさ、僕ぁ! 幕府とは遅かれ早かれ戦うんだ、だったらわざわざ負ける必要はない。勝ち戦をやろうじゃないか!」


 えーっ、いきなりどうしちゃったんですか高杉さん!?

 もともと過激な人だけれど、過激度がマシマシになってますよ?

 思いだそう、思いだそう。

 確か、この先、「侍死」ではこうなる――。



イベント1・「池田屋事件」

新選組が池田屋に討ち入って、長州志士に死傷者多数。近藤さんと永倉さんが無双して大活躍。沖田総司は喀血して倒れる。桂さんは命からがら池田屋から密かに逃げ仰せるも、同志を見捨てたことで鬱に。

イベント2・「禁門の変」

長州藩が激怒して、軍を率いて上洛。御所を砲撃して帝を奪おうと「禁門の変」(蛤御門の変、とも呼ぶ)を起こして京は火の海に。戦は一進一退だったが、薩摩藩が会津に加勢したことで長州軍は敗走し、朝敵認定。長州志士にさらに死者多数。指名手配された桂さんは、逃げに逃げて行方不明に。乞食にまで成り下がって、鬱になったらしい。

イベント3・「第一次長州征伐」

長州に無差別砲撃を喰らった連合国艦隊が、長州に逆襲して海上から砲撃。軍事装備に劣る長州は大敗北する。まさに泣きっ面に蜂。

幕府も「第一次長州征伐」戦争を開始、死に体の長州藩は幹部を切腹させて土下座謝罪。

しかし、高杉晋作が長州内で無謀なクーデターを起こして、討幕派政権を樹立。再び幕府との対決路線に。なお、ずっと田舎の商人に化けて隠れていた桂さんもこの頃、長州に呼び戻される。高杉さんは戦争屋気質で政治がまるでできないので、桂さんに政権を丸投げ。私はもう武士をやめていたはずなのにと桂さんは鬱に。

イベント4・「第二次長州征伐」

こんどこそ長州を潰そうと、幕府が「第二次長州征伐」戦争を開始。

ところが、幕府を見限った薩摩が坂本龍馬さんを仲介役に長州と秘密同盟。薩摩から長州に西洋の兵器が調達される。高杉さんは、九州小倉城を落とすなどして大活躍。幕府軍が大敗して、情勢は一挙に薩長有利となり、新選組と会津幕府は滅亡ルートへ。高杉さんは、労咳の身でありながら無理をして最前線で戦い続けた結果、衰弱して死ぬ。生き延びて長州を託された桂さんはショックで「もう終わりだ」と鬱に。

イベント5・「鳥羽伏見の戦いに敗北した幕府は消滅、新選組北走」

以後、燃え尽きた長州に代わり薩摩が討幕派の牽引役を務めて、明治維新を達成。天下分け目の決戦・鳥羽伏見の戦いに敗れた新選組は、旧幕府軍とともに北へ敗走するも、既に定まった戦局を変えることはできない。各地で敗戦を繰り返して内部崩壊し、近藤さん、土方さん、沖田総司が死亡……試衛館古参組の中でただ一人、最後まで戦い続けた土方さんを箱館の戦場で失った新選組は、箱館で官軍に降伏して解散する。



 つまり長州は、池田屋からひたすらボコボコに負け続けて人も死に続けるのだけれど、高杉さんが長州で蜂起して藩を再び討幕派に路線転換、というか完全な軍事クーデターで藩の政権を奪取。

 で、それを知った薩摩が急遽長州と手を結び、奇跡の薩長同盟成立によって討幕が成り、まさかの徳川幕府消滅・新選組破滅というルートを辿るはず。

 そのはずだったのに、事件当時は池田屋に不在だったはずの高杉晋作が来ていて、長州軍の上洛を間に合わせるために時間稼ぎ工作を開始しているって……どうなってるのー?


 もしかして高杉さん、「禁門の変」で帝を奪ってそのまま勝っちゃうつもり?

 確かに帝さえ奪っちゃえば、長州が一方的に有利になって、そのまま一挙に討幕は成るかもしれないけれど……実際、「侍死」で薩長が幕府に勝った理由って、帝を確保して「官軍」になれたからだしね。

 でも、武力最強の薩摩の力を借りないと、長州藩だけじゃ無理無理。絶対に無理ですって?


「というわけで沖田くん、新選組とじっくりと交渉してきみと古高くんを人質交換といこうじゃないか! ほらほら、飲んで飲んで。きみは三食昼寝付きで酒も飲み放題、高待遇だぞ?」


「のんきにお酒を飲んでる場合じゃないですよー! 高杉さんは長州藩で蟄居幽閉中のはずだったのに、どうして京にいるんですかー?」


 違うー! わたしが知っている「侍死」の展開とぜんぜん違うー!

 どうしてこうなってるのー?


「京で戦争になったら、長州は朝敵ですよ高杉さん!? やめましょうよう?」


「確かに、負ければ賊軍だねえ。しかし無問題だ。要は勝てばいいんだよ、沖田くん! この長州男児の高杉晋作が、『勝てば官軍』という言葉を日本中に流行らせてやろう!」


「まるで未来を知っているかのように生き急いでいますけれど……」


「そうだとも。僕は未来を知ってしまったのだ! だからこそ、討幕を急ぐことにした! 未来が規定通りに進んでも長州は勝つが、犠牲が多すぎるからねえ。いや、それよりもなによりも僕自身の命が討幕達成に間に合わないではないか! そいつは面白くない! だから幕軍が長州に攻め込んでくる前に、京でさっさと決着をつける! 古来日本では、帝さえ握ってしまえばそれで勝ちだからねえ。幕府には、足利尊氏のように朝廷を二つに割る度胸はないからねえ! はっはっは!」


 ええっ?

 未来を?

 知って?

 しまった?


 いったい、どういうこと~? わたし、長州の人にはなにも教えてないですよおおお?

 だって未来については、土方さんにしか教えていないのに? 長州との喧嘩に勝つことしか考えていない土方さんが、仇敵の長州藩にその情報を漏らすはずがないし?

 わからない。もしかして新選組の誰かに漏れた? でも、万が一に漏れたとしても、その情報をなぜ長州に流す必要が? あるわけないでしょー? まだ新選組は分裂騒動を起こしていないどころか、一致団結している時期だもの。

 じゃあ、誰が高杉さんに……?

 その人が、わたしの正体も見破って高杉さんに教えたんだろう。

 だだだ誰? わ、わからない……!


「教えてあげよう。実は長州でこの黒頭巾くんと出会って、すべてを知らされたんだ! 最初は半信半疑だったが、彼の言うことがズバズバ当たるものでねえ。古高くんが武田観柳斎に捕縛されるという予言が成就したのを見て、確信した! 彼はいかにもペテン師臭い信用ならん男だが、ほんものの未来人なんだとね! 僕の命が短いことも薄々わかっていた。労咳は治らない、僕は保ってあと数年だ! 沖田くん。悪いが僕ぁ、第一次長州征伐も第二次長州征伐もなかったことにする! 禁門の変で勝って、それで最速維新達成さ! この目で維新回天の瞬間を見てから死にたいのだよ、僕ぁ!」


 高杉さんも沖田総司と同様、労咳で早世するのだけれど、その未来を知っているのはこの世界ではわたしだけのはず!? 誰にもそんな話、伝えていないよー?


「ふ、ふ、ふ。お久しぶり、沖田くん。これが三度目の対面ですね? 私ですよ、黒頭巾です」


 え、ええええー?

 そうだ。この人だ。「侍死」にはいなかった筈の、新選組を目の敵にしている謎の遊軍刺客を率いる中ボスキャラ。

 高杉さんに未来を教えて、「侍死」のメインルートを逸らそうとしているってこと?

 それも幕府有利な方向ではなく、長州有利な方向に?


「もはやこれ以上、顔も名も隠していることはないでしょう。むしろ長州志士の諸君の信頼を得るべく、堂々と公表すべき時が来ました。私の正体を教えてあげましょう――私の名は、伊東甲子太郎! そうです。本来ならば、新選組で参謀を務める運命だったはずの男ですよ。驚きましたか? ふ、ふ、ふ」


 伊東甲子太郎!?

 あーっ? 頭巾を脱いだら、出て来た!

 目つきが鋭い美男子だけれど、どこか荒んだ空気を漂わせる男!

 そうだ、この人は「侍死」ゲームキャラの時と比べるとちょっと人相が荒んでいるけれど、伊東甲子太郎だ!

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