浮気した彼女に誰とでも寝る男と噂を流されたので開き直ったら学校一のヤリマンビッチと付き合う事になった。
斜偲泳(ななしの えい)
第1話 天国から地獄
「はっはー! 今日は人生で最高の日だぜ!」
見知らぬ街をママチャリで爆走するのは上機嫌の高校二年生、
今日は彼がドハマりしているVチューバーグループ、スリースターズの一番くじの発売日だった。
それで放課後、対象となるコンビニに片っ端から突撃していた。
スリースターズは登録者100万人超えのVがゴロゴロいる超人気グループである。
その一番くじとなれば、初日にして売り切れになっている店も少なくない。
それであっちこっち探し回りやってきたのは隣町。
奇跡的に見つけた穴場店でバイト代をつぎ込んだ所、見事推しのフィギュアをゲットしたというわけだった。
「刹那のフィギュア、どこに飾ろっかな~! 他にも色々ゲット出来たし、これを機に祭壇作っちまうか!」
白髪赤目に包帯を付けた中二病全開の暗殺者系男性V。
それが直樹の推しの刹那だった。
普段は炎上すれすれの毒舌ばかり吐いているが、意外に常識人で仲間思いな所もある熱い男。FPSやMOBAは勿論、流行りのビッグタイトルから意味不明な謎ゲーまで、なにをやっても面白くしてしまう実況の天才である。
その癖歌を歌わせてもプロ級で、男なのに思わず推してしまうカッコイイ奴なのだ。
勿論女にもモテまくりで、直樹は密かに俺も刹那みたいになりてぇ~! と憧れていた。
そんな推しのフィギュアが当たってしまったのだから、気分はまさに天国である。
あとは事故に遭わないように安全に帰宅するだけ。
そう思ってペダルを漕いでいたのだが。
「お?」
信号待ちをしていたら、向かいのマンションの前にタクシーが止まった。
降りてきたのは金持ちの大学生風のイケメンと直樹の彼女である
(……へ~。こんな偶然もあるもんなんだな)
呑気な事を考えながらも、何故か直樹は青信号になってもペダルを漕ぎ出す事が出来なかった。
「……いやあれ、千春じゃね?」
思わず溢れた声を、(いやいや、そんなわけないだろ)と頭の中で打ち消す。
だって千春は隣のマンションに住んでいて、小学生の頃からの付き合いなのだ。
いわゆる幼馴染という奴である。
それでなんとなくイイ感じになって、中一の頃から付き合いだした。
子供の頃は泣き虫で大人しい引っ込み思案な子だったが、年を追うごとに綺麗になって、今では誰もが羨む清楚系の美少女へと成長している。
中身も清楚かと言われると若干の疑問符がつくが、そこは付き合いの長い幼馴染である。
彼氏でもある事だし、直樹にだけ見せる素の一面だってあるだろう。
若干腹黒くてズルい所もあるが、そんなのはご愛敬だ。
人間だれしも、良い所があればクズな所もあるものなのだ。
By刹那。
なんにせよ、千春は直樹の恋人である。
セックスだってした仲だ。
口には出さないが、多分このまま結婚するんだろうと直樹は思っている。
去年隣のマンションから一戸建てに引っ越して家が遠くなってからは以前のように一緒に帰る事がなくなり、若干疎遠になりつつあるような気もするが、世の中には倦怠期という物があるらしいし、それまでがベタベタしすぎていただけで、多分これくらいの距離感が世の中的には普通なのだ。
ともかく、なんにせよ、あれが千春であるわけがない。
だって千春は俺の彼女だし、付き合ってて別の男と一緒に居るとか浮気だし、千春は浮気なんかするようなタイプじゃないから、つまりあれは他人の空似かドッペルゲンガーで――
「ブハァッ!?」
危うく窒息しかける。
いつの間にか、息をするのを忘れていたらしい。
それだけじゃない。
眩暈がした。
両足をしっかり地面につけていなければ、そのままバタンと倒れそうだ。
(違う、違う、違う違う違う違う! あれが千春なわけない! そんな風に疑う事自体間違ってるだろ!)
千春は幼馴染で親友で恋人なのだ。
姿形のよく似た女が男と一緒に居るのを見たくらいで疑ったら失礼だろう。
そう思うのに直樹の視線は二人に釘付けになり動かす事が出来なかった。
何故?
その理由に、直樹は唐突に気づいた。
「……あの服、千春の勝負服じゃん」
千春がその気の時は、いつも過剰に清楚な格好をしてくる。
白いシャツにシンプルなワンピースと白いソックス。
髪型だって同じだし、目の下にホクロがあるのも同じである。
そんな偶然、あり得るわけがない。
直樹の思考はそこで停止した。
それ以上は考えたくない。
考えてしまったら最悪の答えが出てしまうから。
千春によく似た美少女と大学生風の男は、高そうなマンションの前で親し気に話していた。千春によく似た女は大学生風の男の腕に抱きついて、「すご~い! こんな所に住んでるんだ!」と人差し指を上に向ける。
大学生風の男がなにかを言って、千春によく似た女の尻をペロンと撫でた。
千春によく似た女は直樹に見せた事のない蠱惑的な笑みを浮かべて、抱きつくようにキスをした。
男の後ろ姿が影になってよく視えなかったのは幸運だった。
そうでなければ、頭の血管が切れるか、心臓麻痺を起こしていたかもしれない。
貪るような長いキスを終えると二人は離れた。
直樹は茫然としてその姿を見つめていた。
男の肩越しに千春によく似た女と目が合った。
千春によく似た女の顔が一瞬引き攣って、千春によく似た女ではなくなった。
「どうかした?」
首を傾げる大学生風の男に、千春は一瞬で笑顔を取り戻し「なんでもない」と答えた。
そして直樹の事を見る事なく、二人で腕を組んで高そうなマンションに入っていった。
「………………そっか」
直樹が呟いた。
「………………なんでも、ないのか」
なにが?
さぁ?
でもまぁ、なんでもないらしい。
ふらつきながら自転車を漕ぎ出し、何度も事故を起こしそうになりながら家に帰った。
刹那のフィギュアを開封し、フィギュアケースの特等席に飾り終えると、いきなり涙が溢れてきた。
「なんでもないってなんなんだよ!?」
部屋がめちゃくちゃになるまで暴れられたら少しはスッキリしたかもしれない。
だが、悲しい事に直樹はオタクだった。
「……なんなんだよ……本当に……」
もう一度繰り返して、花が萎れるようにベッドに突っ伏す。
頭から布団を被って、泣き疲れて眠るまで泣きまくった。
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