最悪なアタシ
宇田川 キャリー
第1話
アタシは多分、ごく普通の29歳の会社員だ。
それなりの見栄えと、それなりの学歴で、それなりの会社に入社し、それなりに仕事もでき、それなりに友人もいて、それなりに恋愛も楽しんでいる。
交際している彼は2歳年上で、同じ会社の違う部署にいる。それなりの男だ。
彼に告白されて交際を始めた。想像以上に気も合い相性もいい。しかし長い付き合いになるとは予想もしなかったから、別れた後会社にいずらくなってしまうことを懸念して交際を公にしないと決めた。
社内恋愛をして、後に別れて片方が辞めていく例を過去にいくつも見ていたからだ。そしてその辞めていく片方のたいていは女で、その姿を見るたびに疑問を抱いていた。
連休には一緒に旅行したり、会社帰りに飲みに行ったり、正月などは互いの家族に挨拶に行ったりと充実した関係を築いている。
具体的に話は進んでいないが、付き合いも3年がたち年齢的にも結婚が意識されていた。
しかしソレをあまり強く望んでいない。
もちろん彼への愛が薄いだとか、責任のある仕事ばかりで忙しいとかでもない。
特別に否定したい何かがあるわけではないが、結婚ということがあまり自分ごとに感じられない。
いや、アタシは少し恵まれているのかもしれない。
父は大手銀行の役員で、経済的にはなに不自由なく育ち少しの贅沢もさせてもらっている。
母は結婚以来専業主婦で父の出世を陰ながら支え、義理の母の介護に奮闘しながら娘2人を育て上げた。実際のところこの家を差配しているのは、あまり物言うタイプではない古風な母だろう。
近所では、できのいい姉妹などと呼ばれてもいるが、本当に出来がいいのは姉だ。弁護士になり実家から車で15分のところにマンションを買い自立している。仕事が忙しいときなどは実家で夕食をとりに頻繁に帰ってくるので未だ実家住まいで独立していないアタシとあまり変わらない。
アタシが実家から出ない理由はただ都心にあるから利便性がいいということと、両親が甘やかしてくれるから。
世間一般的によく見られる娘に甘い父親は、娘2人が実家を頼ることをとても歓迎していて、母は『困ったものね』という態度ではあるが家が賑やかなのはほほえましく思っているようだ。
アタシの家は代々この地に住んできたので近隣住人もみな知り合いだ。
就職や結婚を機に地元から離れる同級生も多いが、数人の友人が未だこの地に残っている。フラフラ散歩してたり、会社帰りの駅だったり、駅周辺にある飲食店に行たっりすると偶然誰かに会うこともある。
特に駅前の洒落た居酒屋は、幼馴染で親友の
暇で退屈を持て余してても、1人で寂しかったとしても、この地元にいる限り居場所はあった。
そんな状況がアタシを結婚までに駆り立てないかもしれない。
とある日の夕方、仕事を終えて家に帰るには少し早く、碧唯の店に軽く寄ることにした。この日はまだ早いせいか知らないお客が数名だけだったので、カウンターに座りビールとつまみを数点注文した。
碧唯はこの後忙しくなる時間帯に向けてせっせと仕込みをしていたので、邪魔しないように1人でスマートフォンを眺めながら飲んでいると、ビールが2杯目になったときにそれがブーと音を立てた瞬間に画面に表示が現れる。彼からのメッセージを受信した。
突然で申し訳ないけど、、、
別れてほしい
桜子はなにも悪くない。
本当に申し訳ない。
今までありがとう
何が何だかわからなくとにかく折り返し電話をしようと店を出たが、もう1度メールを読み直した後、動きが止まった。
この<、、、>がとにかくいやだ。たまに見かける<、、、>だ。
句読点のおかしくなった文章にアタシの血の気が引いた。血糖値が下がったときの様なあのエネルギーが脳天からゆっくりと下がっていき、指先、足先から流れ出ていく感覚。それを放置すると目の前が真っ暗になって気を失うあれ。対処法を覚えた大人のアタシはチョコレートなど甘いものを頬張る。でも今は口に入れられるものがない。だけど目の前は暗くならない。夕刻の駅前の喧騒が頭に響きアタシを現実に戻す。
血糖値というか恋愛感情が低下したのか。
スマートフォンをバッグにしまって、また店に戻ってビールを口に流し込み正気を保った。
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