訪問者

 家のインターホンが鳴ったのは、時計の長針が10を刺した頃だった。


 ピンポン。ピン、ポン。


 ミサキさんが本から顔を上げた。

 その瞬間の顔は、冷静ではあったけど、ゾッとする冷たさが表れていた。半分閉じた瞼の奥で、ジロっと目だけが動いて、玄関の方角に向く。


「水野くん。出てくれる?」

「ボクが、ですか?」

「……あたし、トイレにいるから」

「分かりました」


 そうして、ミサキさんは立ち上がると、トイレとは別の方に歩いていく。向かった先は裏口のドアがある方だけど、ボクは訪問者を待たせるわけにはいかず、「はーい」と返事だけをして、玄関に向かった。


 玄関に向かう際、途切れることなくインターホンの音が鳴り続ける。


 玄関の扉の両脇は、磨りガラスになっているのだが、そこに誰かが立っている影だけは見えた。


「はい」


 鍵を外して、扉を開く。

 本当はパネルで操作すれば、いちいち錠を下ろさなくても開くのだが、いまいち使い方の分からないボクは、手動で外す。


 そして、扉を開くと、ボクは唖然とした。


「連絡したのに。出てくれないんだね」


 玄関の向こうにいたのは、牛河さんだった。

 よく見れば、手には包丁を持っている。

 瞳孔の開いた目はボクの後ろに向けられていた。


「一人? 違うよね?」

「う、牛河さん。なんで……」

「あはっ。ごめん。今は邪魔かな」


 ドン、と突き飛ばされたボクは、その場に尻餅を突いた。

 扉が閉まる前に足を差し込んだ牛河さんは、勝手に中へ入ってきて、周りに目を向ける。


「すごい豪邸」

「え、ちょ、牛河さん?」


 あろうことか、土足で中に入ったのだ。

 革靴の小気味良い音と床の軋む音が重なり、まるで強盗でも入ってきたかのような慌ただしさがあった。


 というか、怖かった。


 包丁を脇に構えた牛河さんは、「ふーっ、ふーっ」と鼻息を荒くして、首を忙しなく動かしていたし、立ち止まったかと思いきや耳を澄ませている。


 放っておいたら、とんでもない事になるんじゃないか、という予感があった。


 ボクは慌てて牛河さんを追いかけ、「ねえ。危ないから」と、包丁を置いてもらうように説得を試みる。


「牛河さん。それ、置いてよ」

「しーっ。静かにして」

「何で包丁持ってるの?」

「泥棒猫は、殺さないと……」


 包丁をしっかりと握り締め、吹き抜けの真下を歩く牛河さん。

 リビングが見える位置に来ると、中へ入ってキッチンやダイニングに目を向けた。


「上かなぁ。あはっ」

「牛河さん……っ!」


 上階に続く階段がダイニングにあるので、牛河さんは土足でリビングの中を歩き回り、階段に近づいていく。


 ボクは怖くて震えていたが、勇気を出して、引き留めようと腰に手を伸ばした。――ふと、ボクの脇を誰かが通り過ぎ、牛河さんの背後に近づいた。


 別の場所へ移動したミサキさんだった。


「怖いわねぇ」


 バチン、と炸裂音が鳴ると、牛河さんは一気に脱力し、その場で倒れる。ミサキさんは手にスタンガンを持っていた。


 特に怖がる様子はなく、むしろ楽しげに牛河さんを見下ろした。


「防犯カメラが中にあるって、気づかないのかしら。くすくすっ。バカねぇ。きゃ、ははは!」


 いつの間にか、ミサキさんは手袋をしていた。

 包丁を指でつまむと、キッチンに向かい、ビニール袋を取り出す。


「水野くん。その子、服を脱がしておいて」

「ええ!」

「早くして。目が覚めたら、また面倒なことになるわよ」


 ボクは現時点で、ミサキさんに逆らえなくなっている。

 躊躇いはあったが、言われるがままにブラウスへ手を掛け、ボタンを外していく。


 包丁の保管を終えたミサキさんは、手袋を投げ捨て、ボクの所に寄ってきた。


「どんくさいわねぇ」


 割り込むように牛河さんへ馬乗りになると、ミサキさんはブラウスを両手で掴み、一気に両側へ開いた。


 露わになった大きな乳房が左右に揺れて、取れたボタンが床を転がっていく。


「わあ、大きい」


 ペチペチと胸を叩くと、「触ってみる?」とイタズラっぽく笑い、ミサキさんがボクの手を掴んできた。半ば無理やり、手を胸に持っていかれると、こねくり回すようにして、胸肉に指が沈められる。


「90はあるかもね」


 具体的な数字は分からないけど、大きいのは見ての通りだ。

 初めて、女の人の胸に触ったボクは、変な気分になってしまう。

 こんなこと、おかしいって頭では分かってるのに。

 ブラウスを開放した途端、甘ったるい匂いが牛河さんから漂ってくるのだ。


「ほら。手伝って」

「は、はい」


 ボクはなるべく見ないようにして、スカートに手を掛けた。

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