変わった牛河さん

 学校に行くと、不思議なことが起きていた。

 靴棚はちゃんと靴が入っていたし、机は何も汚されていなかった。

 放課後まで過ごしたけど、誰にも殴られなかった。


 これが当たり前なんだろう。

 けど、ボクからすれば、不信感が募ってしまう。

 みんなで何か企んでるんだろうか。


 周りを信用することができなくなっていたので、猜疑心さいぎしんを抱き、ずっと不安な気持ちで過ごした。


 放課後。

 教室に誰もいなくなると、ボクの横には牛河さんがやってきた。


「一緒に帰ろ」

「え、と」


 正直、昨日手を噛まれてから、ボクは牛河さんの事が怖かった。


「何か用事あるの?」


 ボクが言葉を濁していると、牛河さんはさらに近寄ってきた。

 距離があまりにも近くて、少しドギマギしてしまう。

 背中は宥めるように撫でられ、牛河さんからはフルーツのように甘い香りが漂ってきた。


「ないけど」


 間があった。

 気まずくて、つい顔を見上げてしまう。


「……」


 牛河さんは真顔でボクを見下ろしていた。

 ボクの場合は、日々周りから意地悪な事をされて、猜疑心が強い。

 でも、牛河さんが向けてくる疑惑の目は雰囲気が違った。


「昨日の事」


 いつもと、雰囲気が全く違う。

 耳たぶを摘ままれて、、爪でカリカリとなぞられる。


「ごめんね」

「……うん」

「わたし、仲良くなりたいだけなの。興奮し過ぎたみたいで」

「……う、うん」


 牛河さんは前かがみになって、目線を合わせてきた。


「明日、何か用事ある?」


 明日は休日だ。


「分からない。バイト、あるかもしれないし」

「それって、サボれないの?」

「サボるって」


 牛河さん、どうしたんだろう。

 前と全然違う。

 ここまでグイグイくる人じゃなかった。


 ボクが軽く引いていると、何を思ったのか。

 牛河さんが急に顔を近づけてきた。


「う、牛河さん」


 胸に顔を埋められた。

 体を引いて逃げようとするけど、肩を掴まれて、半分拘束の状態になってしまう。


「スン、スン」

「牛河さん。どうしたの。急に」

「……昨日も、この匂い」

「え?」

「バイトって何してるの?」

「家政婦だよ。まあ、掃除とか。そういうの」

「相手って、女の人だよね」


 口調にとげがあり、詰問きつもんされてる気分になった。

 胸の近くで顔を上げた牛河さんは、上目遣いでボクをじっと見つめてくる。その目がとても怖く、心を見透かされてるかのようで落ち着かない。


「バイト、やめたら?」

「どうした? 変だよ」

「変なのは、水野くんだよ。最近、ボーっとしてばかり。怪我だってしてるし。心配だもん」

「あれは……」

「お金が必要なんだよね。いくら?」

「や、牛河さん。あのね」

「わたし、出すよ」

「は、離れてよ!」


 牛河さんを突き飛ばす。

 すると、牛河さんは勢い余って尻餅を突いた。


「ご、ごめ……」


 普段は清楚で可憐な牛河さんなのに。

 今の牛河さんは、奥歯を噛んで、鋭い目つきを向けてきた。


「っ」


 怒らせてしまった。

 牛河さんは乱暴にカバンを取ると、さっさと教室を出て行ってしまう。


「でも、……あんなにズケズケ聞かなくてもいいのにな」


 袖の匂いを嗅いでみる。

 言うほど匂いなんてしない。

 おかしいな、と思いながら、ボクは首を傾げた。

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