亡国の姫君リネットは偽りの生活を送る

茜カナコ

第1話 襲撃

深夜、私は突然起こされた。




「リネット、この服に着替えなさい!」


「どうしたの、お母様? これはメイドのリディの服? こんな夜中に……」


「リネット様、どうかご無事で……」


 メイドのリディが目に涙をためて、私を見つめている。


「リディ? どうしたのみんな? 外が騒がしいけれど、何が起こってるの?」


 私は寝室に入ってきたお母様とお父様、メイドのリディに尋ねた。




「リネット、私たちのペアデ王国は、同盟を組んでいたフォルツァ王国に裏切られたようだ。いいか、よく聞くんだ、リネット。何が起きても、フォルツァ王国を恨んではいけない。お前は一人でも、生きて幸せになるんだ。これは王として最初で最後の命令だ、リネット」


「お父様?」


「リネット、早く着替えて物置部屋に隠れなさい!」


「……お母様!?」




 私は訳が分からないまま、お母様の言うとおりにリディと服を交換し、メイド服に着替えてから物置小屋に隠れた。扉を閉めて、真っ暗闇に一人きりになって数分後、ドタドタと何人もの人の足音が聞こえた。


「リネット、私たちはいつまでもあなたを愛してるわ。いままでお父様とお母様が教えてきたことを忘れないでね……」


 お母様は扉の外側で、最後にそう言った。




「何故このようなことを! フォルツァ王!!」


「お前が愚かだっただけのことだ、ペアデ国王、ガルスよ!」


 お父様の声が途切れ、何かが切られたような鈍い音がした。


「あなた!」


「悲しむことはない、レミ王妃。すぐに後を追わせてやる!」


「……ああっ!!!」


 お母様の悲鳴とザク、という何かに剣を刺したような音がした後、ドサリ、と重いものが倒れたような音も聞こえた。




「……お父様? ……お母様? …リディ?」


 私はわずかに開けた扉の隙間から、様子をうかがった。扉の外からただよってくる血のにおいで私は気分が悪くなった。静かに、私は物置部屋の中で座り込んだ。


 カツカツ……と足音が近づいてくる。


 私は息をのんだ。


 バン、とドアが開けられた。




「なんだ? メイドが一匹隠れていたぞ!?」




 私は言葉が出なかった。


 血まみれの兵士の手には、お父様の首が抱えられていた。


「……っ!!」


 全身から血の気が引いていく。


「お嬢ちゃん、残念だがこの国は終わりだ。さあ、最後に祈る時間くらいはあたえてやろう。俺は優しいからな……」


 私は震えることしかできなかった。




「まて、その子は殺す必要がないだろう?」


「……! ウォルター王子!?」


 兵士は私に突き付けた剣を収め、ウォルター王子を見つめている。


「王と王妃、王女を殺したのだから……この国は終わりだ。これ以上無益な殺生をする必要はないだろう……」


 私は目を見開いたまま、ウォルター王子を見上げた。




「どうした? 何かあったのか?」


「王様! メイドを始末しようとしたのですが、ウォルター王子に止められました」


 フォルツァ王は、私を一目見てから、にやりと笑った。


「ウォルター、このメイドが気に入ったのか?」


「……はい、父上」


 ウォルター王子は私から目をそらし、フォルツァ王に返事をした。


「それなら、連れて帰っても良い。戦利品だ」


「……ありがとうございます」




 ウォルター王子の指示で、私は兵士に連れられてペアデ王国の王宮を後にした。


「ペアデ国は農業で栄えた国だ。我が国もより豊かにしてくれるだろう!」


 フォルツァ王は王宮を出ると、満足そうに大声で言った。


 私は、死体になったペアデ国の兵士たちを横目に見ながら、うつむくことしかできなかった。




ウォルター王子は私にだけ聞こえるような小さな声で、ぽつりとつぶやいた。




「……すまない、僕には止めることができなかった……」

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